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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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107/336

10:5d

 先頭の隻腕選手がゴールラインを越えて、大歓声が上がる。

 次々とゴールしていく選手達。中にはフラフラになっている者達もいたが、そんな彼らに誰もが声援を送っていた。


 義足の選手達や視覚障害の選手達もゴールし始めると、ますます歓声が高まっていく。

 ある義足の選手が競技場へ戻ってきた時に足をもつれさせ、転倒した。義足の接続部が壊れてしまい、思うように走れない。

 と、そこへ差し掛かった視覚障害の選手が伴走者にそのことを教えられると、伴走者と共にその転倒選手へ肩を貸し、共にゴールを目指す。

「あ、ありがとう……っ!」「気にするなよ、戦友。さ、行こうぜ」

 聖王教の大主教が涙ぐみながら、指が折れそうなほど強い拍手を送っていた。


 ハーフマラソンのプログラムが進み、ついに奴らの出番である。

 七台のマラソン用車椅子がスタートラインに並ぶ。手漕ぎ式三輪型ロードバイクと言っても良い代物を目にし、これまた観客が驚きの声を上げた。


 この日のためにトレーニングを重ねてきた選手(ライダー)達は皆、丸太のように腕が太く胸筋腹筋背筋もムッキムキだった。加えて、競技時間の関係上、彼らには身体強化魔導術が施される旨がアナウンスされた。


 選手達は転倒時に備え、硬皮革製の御椀型兜を被っていた。これはクェザリン郡の技師がテストランした時、転倒で大怪我をして「こりゃ頭守らんと死ぬわ」となったからだ。つまり、このマラソン用車椅子+ムキマッチョ選手+身体強化魔導術は、それほどの速度が出る。ちょっと意味不明ですよ、これは。


 観客席の子供達や一部の連中が『なんだアレ。かっけぇッ!』と目を輝かせる中、少数の者達が顕微鏡を覗くような目でマラソン用車椅子を凝視していた。

 彼らは職人や技術者や学者や研究者達だ。


 さて、技術者とは自身の持つ技術や知識を通して世界を見る。

 小街区の秘密工場で動力機関を研究している技術者達は、マラソン用車椅子を目にした際、当然のように考えた。人間の代わりに動力機関を積んでも同じ事が出来るのでは?


 まあ、それはともかく、エキシビション・マッチが始まった。

 弾かれたように飛び出す7台のマラソン用車椅子。その飛び出しが思いのほか速く、観客達が再びどよめく。彼らの持つ車椅子という道具に対する先入観が蹴飛ばされた瞬間だった。


 小街区内を駆ける7台のマラソン用車椅子に、道沿いの観客達も驚いた。誰もが「なんじゃありゃーっ!?」と素っ頓狂な吃驚を挙げる。


 選手達は凄まじい勢いで小街区内を駆けていく。高速で開かれた道路を突っ走るスリルと快感。肉体を思う存分酷使する昂奮と解放感。彼らは脳内を満たすアドレナリンとエンドルフィンでバッチバチにキマっている。足を失って以来、多くの苦痛と苦難と屈辱と失望と絶望を味わってきたが、今、彼らにあるのは多幸感だけだった。


 7台は抜きつ抜かれつを繰り返して小街区内を突っ走る。7人の選手達に実力差は乏しいらしく、差がほとんど生じない。


 そうして、競技場に戻ってきた彼らは、ゴール目前の百メートルでまさしくデッドヒートを繰り広げる。団子状態のため、互いの車輪や腕ががっつんがっつんぶつかるが、誰一人として決して譲らない。自身を奮起させるべく雄叫びを上げながら、腕がちぎれんばかりにハンドリムを漕ぐ。


 その激しく熱い激闘に、観客達は貴賤も老若男女も問わず、立ち上がって大声援を送る。ヴィルミーナですら仕事を忘れて勝敗の行方に見入った。


 リチャードなど貴賓席最前列の仕切りまで行き、ちびっ子達と共に手を振りながら応援する始末。もうスポーツ観戦に夢中のおっさんにしか見えない。


 そして――――決着。

 この日一番の大歓声が療養センターの運動場を満たし、その歓声は王都の端まで届いた、と言われている。

 こうして、2日間の王太子記念・身体障碍者競技大会は無事に終わった。


            〇

 

 イストリア人達は頭を抱えていた。

 まずベルネシアの提案した自国工業製品の普及を目的とした大輸出計画に悩まされ、『待った』を掛けると、すかさず協働商業経済圏構想を聞かされた。これにはイストリア人達も絶句。


 基本的にこの時代の資本主義的経済は自国支配領域を基調とし、対外貿易はその範疇で行われていた。それを多国間の支配領域を半ば共有化するという発想は、都市国家レベルならともかく、列強間ではまずありえない。


 なぜあり得ないかと言えば、昨日の敵が今日の友になり、明日に敵となる時代だから。

 つまり、国際関係に信用も信頼もへったくれもないのだ。そんな他国と支配領域を共有して大商いをする、なんてとてもできない。


 たとえば、現代地球ではメートル法とヤード法に分かれている。

 これ、平たく言えば、イギリスとフランスの“支配領域”に普及した規格である。平和裏に普及した地域もあるにはあるが、基本的には武力闘争で敗北させた敵国に採用を強要し、獲得した征服地や植民地に普及させた結果である。


 ベルネシアは、いや、ヴィルミーナはこれを金の力で実現しようと目論んでいる。

 これが五年前に提案されていたなら、イストリア人は生暖かい苦笑いで、イストリア流の皮肉たっぷりなユーモアと共にお断りしただろう。


 しかし、今は違う。

 ベルネシアはクレテアとの戦争に勝ち、クレテア市場を開放させている。イストリアは南小大陸植民地――大市場の一つを失うかもしれない。協働商業経済圏という大市場構想を笑い飛ばせる状況になかった。


 もちろん、自由競争を基本とする市場は、全てが上手く転がるわけではない。

 日本で言えば、自動車やハイテク工作機械、基礎技術関係の高品質素材の輸出でガンガン儲けているが、食料品関係や繊維関係は価格競争に負けて国内生産が減少している。


 協働商業経済圏を実現すれば、各国も当然そうなる。得意分野では儲かり、不得意分野では損をする。得意分野の連中は喜び、不得意分野の奴らは怒る。後者の勢力が多数を占めれば、政府批判が生じて鬱陶しいことになるだろう。


 とはいえ、魅力は大きい。

 産業革命で生産能力が過大になったイストリアにとって、輸出先の確保は喫緊の問題だった。ベルネシアやクレテアの市場に食い込める、これは非常に大きい。一方、ベルネシアの素材加工技術や飛空船技術、クレテアの農産物などが流れ込んできたら、イストリアも大きな打撃を被る。


 甘みと苦み。

 どちらに重きを取るか。本国に持ち帰って入念に検討しなくてはならない。


 そして――

「南小大陸入植地の部分的自治独立を容認、か」

 大会後の夜会から戻った王太子御一行のお偉いさん達は、二次会代わりに酒とツマミを口に運びながら、あれこれと話し合う。


「沿岸部とその周辺主要地域の確保。これなら、たしかに現派派遣戦力とベルネシア現地軍の協力で実現できます。協働商業経済圏を盾にすれば、クレテア植民地軍の協力も得られるかもしれません」

「それだけの戦力を確保できるなら、そもそも叛徒共を屈服させられるのでは?」


「だが、時間が掛かる。時間が掛かれば、それだけ金も掛かる。クレテア人は金が無いから、この“貸し”に高値を付けるぞ。ベルネシアも同盟関係上の付き合い以上の深入りは認めんだろ」

「となると、この“次善策”の戦略的要諦は叛徒共を内陸に押し込めることだな」

「ですね。奴らが独立に成功したとしても、内陸国化できれば、我々が奴らの経済に弁を付けられます」


「奴らは死に物狂いで海を目指すだろうな」

「大冥洋側は我々が押さえますから、大天洋側、西を目指すでしょうね。あの辺りは現地人達の独立勢力が粘っているから、叛徒共と現地人の戦が起きますね」


「ベルネシアはその現地蛮族を支援し、叛徒共と抗争させて戦争市場の構築を目論んでいます」

「なんだと? マジか?」

「もちろん明言はありません。ですが、その可能性は高いかと」

「我らが同胞の血肉を食らう気か。悪辣な」


「しかし、我々にも利得はあるぞ。その戦争で叛徒共を弱体化できれば、手放した内陸部を再併呑できるだろう。それに、上手く転がせば、ベルネシアの南小大陸領土か大冥洋群島帯を毟り取ることも出来るかもしれない」


「同盟国ですよ、ベルネシアは。いい加減、その全方位に喧嘩を売る姿勢を止めて欲しいですね」

「何を弱腰な。我々は北洋、大冥洋、南洋を征した大国だぞ」

「ええ。我々は入植者の叛乱も鎮圧できない大国です」


 やいのやいのと議論を白熱させていくお偉いさん達を余所に、イストリア王太子リチャードはカレル三世と二人で、エンテルハースト宮の中庭テラスから月見酒としゃれこんでいた。


 大会話でひとしきり盛り上がった後、

「死んだ爺様が言っていた。この世で最も難しいことは、民を幸せにすることだと。その難事に比べれば、宮廷闘争も戦も大したことはない、とな」

 リチャードはワイングラスを傾け、義弟であるカレル三世に言った。

「君はその一端を成し遂げている。頭が下がるよ」


「どうですかね。本当に極限られた一部だけ、だと思います。それも、私の治世と言えるかどうか怪しいものですが」

 カレル三世は脳裏に重装騎兵みたいな姪を思い浮かべつつ、顔を引き締めて言った。

「リチャード。協働圏と南小大陸の件、実際のところ受け入れられると思いますか?」


「俺個人で言えば、どちらも厳しいと思う。我が国の商人共は強欲だ。利益を得る話には敏感だが、わずかな損も我慢できない」

 ふん、とリチャードは鼻を鳴らした。

「南小大陸の件も同様だ。植民地の田舎者に敗北するくらいなら国家破綻を迎えた方がマシ、と考えている連中が山ほどいる。まあ、俺もそのクチだが」


「では、どちらも御流れですか。残念ですね。双方に利得のある話だと思うのですが」

 しょんぼり顔を浮かべるカレル三世。


 リチャードはツマミを嚥下してから、しょんぼり顔の義弟を励ますように言った。

「いや、完全には流れないだろう。君の言うように双方に利得のある話だ。賛成する奴もそれなりに出てくる。特に統一規格は技官達が強く賛同しているしな。もっとも、実現するまでには相応の時間を必要とすると思うが」


「戦後不況を抱えているこちらとしては、出来る限り早い方が良いのですがね。統一規格だけでも、一、二年で決められませんか?」

「可能不可能で言えば可能だが、確約は出来ない。水面下の交渉は約束する。それ以上は無理だな。なんせウチは議会制国家だ。王室の発言力はまあ、それなりだが、あくまでそれなりの域を出ない」


 イストリア連合王国は議会制国家であり、その歴史的経緯から王権が制限されている。

 とはいえ、諸邦連合の象徴たる王室の存在感と発言権は決して弱くない。ただ、その権能を専制的に振舞おうとすれば、議会は即座に王室へ牙を剥くだろう。


「分かりました。しかし、こちらも我慢できる時間は一、二年だとご理解いただきたい。その後はイストリアの賛同がなくとも、輸出計画を始めます。我が国も食っていかねばなりませんからね」

「分かっているとも」

 リチャードは夜空を見上げた。

「北方で見る月も、ここで見る月も姿は同じだな」

 カレル三世も釣られて月を見上げる。

 大きな月が二人を見下ろしていた。


      〇


 大会翌日。

 ちょっとした遊興として、イストリア御一行の女衆がメルフィナの経営する美容サロンを訪れた。


 なお、遊興という題目の下、この訪問にはイストリア王太子妃メアリーに公認愛妾モーリス男爵夫人の他イストリア人女衆に加え、ホスト役の王太子妃グウェンドリンだけでなく、王太后マリア・ローザ、王妃エリザベス、幾人かの大貴族夫人も同道した。


 粗相があれば物理的に首が飛ぶレベルの客がぞろぞろと訪れたことを知らされ、メルフィナは血相を変えてサロンに赴いた。

 そして、錚々たる顔ぶれを前にし、メルフィナはスタッフ達と同様に慄いた。当然なんだよなあ。


 で。


 グウェンドリンが「一緒にサービスを受けて、皆さんに説明して」とメルフィナへ頼むも、

「後生だから勘弁して」

 メルフィナは泣きを入れて謝辞。戦々恐々としてるスタッフ達を励まし、鼓舞し、口が酸っぱくなるほど粗相のないよう指揮監督に奔走した。当然なんだよなあ。


 そんな裏事情を知らぬ淑女方は、スパで温められ、たっぷりと揉みしだかれ、美容パックされ、再びスパで温められ――約120分の至福を体験した。

 施術後の喫茶室で美味しいお茶と上品な茶請けで、整備された小庭園を眺めながらまったりと時間過ごす。


「ここは楽園ね……」

「天国はベルネシアにあったんですねえ……」

 王太子妃メアリーと公認愛妾モーリス男爵夫人はうっとりと呟く。二人ともお肌がツヤツヤピカピカしている。


 いや、ツヤツヤピカピカはお二方に限らない。王太后マリア・ローザや王妃エリザベス、他の御淑女方も同様だった。グウェンドリンなんて若さも手伝って、どこか神々しい。


「話には聞いていたけれど、ここまでとはね……でも、頻繁に通うわけにもいかないし、かといって王宮内にこの施設を持ち込むのも難しい……どうしたものかしら」

「ロートヴェルヒ公爵夫人と相談しましょう。なにかしら解決策があるはずです」

 どことなく若返った感すらある王太后と王妃が本気顔で相談を始める。


「そういうことなら」メアリーが口を挟む「イストリアにも導入したいです。是非ともに」

「素晴らしいお考えです、メアリー様っ!」

 公認愛妾モーリス男爵夫人がメアリーの提案に大賛成した。


 で、彼女達は揃ってグウェンドリンに顔を向けた。その完璧なシンクロ振りにグウェンドリンが思わずビクッと身を震わせる。

「な、なんですか」


「聞けば、グウェンドリン殿下はこのサロンを商う御令嬢と親友の間柄とか」とメアリー。

「そうそう。グウェンはメルフィナと仲良しだったわよね?」とエリザベス。


「え、とまあ、はい。同い年の幼馴染ですし、友誼を結んでおります」

 気圧され気味のグウェンドリンが首を縦に振る、と。


「それは大変よろしい。この件はグウェンドリンに任せましょう。きっと良きようにしてくれるはずですもの」

 王太后マリア・ローザが言った。


「!? !? !?」

 グウェンドリンは目を真ん丸にして声なく吃驚した。

 国母にしてベルネシア貴族女性のビッグマムから直々の命令である。グウェンドリンに拒否権などあろうはずもなく、抵抗できるはずもない。

「メルフィナに相談してみます……」


 さしものグウェンドリンも明言を避けたぼやかしで応じるしかなかった。えらい面倒事を押し付けられてしまい、せっかくのリフレッシュ気分がすっ飛んだ。もう台無しである。


 がっくりと肩を落としたグウェンドリンを余所に、淑女達は奇麗になった姿を鏡で確認したり、互いにチェックし合ったり、を続ける。


「メアリー様。今宵はリチャード様に御褥を申しつけられるかもしれませんよ」

「まさか」

 モーリス男爵夫人の指摘に、メアリーは思わず苦笑い。


「いえいえ。メアリー義姉様。十分にあり得ますよ」と判を押すエリザベス。

「それを言うなら、貴女もですよ、エリザベス」


 話の流れに王太后も乗っかり、

「もちろん、グウェンドリンもね」

 くすくすと優雅に喉を鳴らした。

「ひょっとしたら、来年の今頃は孫と曾孫に恵まれているかもしれないわねえ」


 あはははうふふふおほほほと淑女達が笑う。

 その中で、グウェンドリンだけがげんなり顔だった。


       〇


 後日。

 グウェンドリンから話を持ち込まれ、メルフィナは悲鳴を上げた。

「無茶言わないでくださいっ!」

「そこをなんとか」と食い下がるグウェンドリン。

「無理無理。無理ですっ! 新店舗を出すならともかく、王宮に派遣するとか、イストリア支店を出すとか、話が大きすぎます。無理です!」

「王太后陛下とイストリア王太子妃殿下の御願いなのよっ!?」

「そういう無茶はヴィーナ様に言ってくださいよぉ!」


「ふがふっふっ!!」

 奇怪なくしゃみをしたヴィルミーナはぶるりと身を震わせた。

「何かしら。悪寒が走ったわ」

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オペラグラスとか無いのかしら
[一言] メルフィに売り渡していて正解だったなw
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