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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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106/336

10:5c



 大会二日目。小街区内の道路を用いたハーフマラソン。

 四肢切断者に加え、視覚障害者も伴走者付きで参加していた。中には両手足を失った者を担いで走る者や手押し車を押して参加する者もいた。


 ただ、大会の運営や進行の都合上、障害の度合いや種類でクラス分けして、レースが行われている。こればっかりは差別云々ではなく実務的問題だから、しゃーない。

 道路沿いの歩道には大勢の観戦者が並び、選手達へ声援を送っている。


 スタート/ゴール地点である会場では、選手達の出発後、魔導通信による実況中継と大きな掲示板を用いてのレース展開説明が行われていた。


 現代地球みたいに映像中継が出来ないから、こういうアナクロなやり方で臨むしかない。それでも、観客はレース状況を聞きながら、選手達のゴールを楽しみに待っている。


 会場の一角。富裕平民用の席で、

「思っていた以上に面白いな。ギイも来ればよかったのに」

 売り子から購入した麦酒を啜りながら、カイが呟く。


「宮廷魔導士の仕事が忙しいんじゃないか? 僕は運よく休みが取れたけど、ここ数日は残業地獄だったよ」

 ツマミを齧りつつ、マルクがぼやいた。


「ハニーは殿下の側近衆なのに、なんで私達が貴賓席に入れないの……っ!」

「し、仕方ないだろう。希望者が多すぎて抽選に漏れちゃったんだから」

 やっとこさ式を挙げて正式に夫婦となったユルゲンとリザンヌは、やいのやいのと言い合っている。いや、正確には、ユルゲンが姉さん女房のリザンヌに噛みつかれていた。


 マラソンコースに接している白獅子の小街区オフィスでは、職員達が窓からマラソンを見物している。その中には、会場に行けなかった側近衆達に混じり、アリシアとコレット(+婚約者殿)もいた。

「良いなあ。大観衆の中を走るのってすっごく楽しそう」

 アリシアが羨ましそうに吐露した。

「私もそれ思った。絶対に楽しいよ」とエリンが頷き「計画……練るか?」

 側近衆の皆が顔を見合わせ、悪戯でも考えるように微笑む。

 そういうことになった。


          〇


 王太子記念・身体障碍者競技大会に対し、ヴィルミーナは二つの立ち位置を持っていた。


 ヴィルミーナは人間の良心と善性と高貴さを否定しない。

 だから、マリサ達が発案して始めた身体障碍者競技大会を『感動ポルノ』とは思わない。偽善とも思わない。立派な社会貢献であり、先の戦争で獲得した莫大な利益の社会還元と考えている。

 私人としては、この時代にこのような大会を催せたことが素直に嬉しい。


 一方で、ヴィルミーナは人間の邪悪さと悪性と下劣さも否定しない。

 今回の大会が偽善でも独善でも『感動ポルノ』でもよろしい。利得と利益を得られるなら、何の問題もない。世間の評判が良くなるなら、喜ばしいくらいだ。後々生じるであろう、反企業的、反資本主義的思想の到来時に、この評判は命綱になる。

 公人としては、この大会を十二分に利用する気だった。


 ただ……良心だの悪性だの高貴だの愚劣など鬱陶しいことを抜きに言えば、ヴィルミーナは素直にこの大会を楽しみたかった。

 もっとも、彼女がそう望んだからと言って、周りがその思いを斟酌するとは限らない。


 大会が盛り上がる中、ヴィルミーナは貴賓席に居なかった。

 療養センターの一室で、イストリア王太子御一行の随行員と内緒話をしていた。


 楽しい時間を邪魔しよってからに、と不快感を隠さないヴィルミーナに対し、随行員――イストリア外務省参事官グローター子爵バンカーハイド卿はナメクジのような笑みを湛えている。


 年の頃は50過ぎ。外見は――端的に申し上げて、チビでデブでハゲでございます。

 醜男の典型例みたいなバンカーハイド卿だが、能力は別だ。イストリアの熾烈な政官界で能力無き者が要職に就くことなどありえない。


「怖い顔をなさらないでください。なに、話はすぐに片付きますヨ」

 バンカーハイド卿は見事なバリトンで告げた。見た目は酷いが声は美しい。

「そう願いたいものですね、バンカーハイド卿」


 この場にはバンカーハイド卿とヴィルミーナの他に、それぞれの護衛が控えている。ヴィルミーナは未婚女性であるから、密談といえど、二人きりにはならない。


「昨夜、ベルネシア側から内々に面白い話を伺いましてネ。いや、本当に」

 バンカーハイド卿はたるんだ顎の肉を弄りながら続ける。

「工業部品の統一規格を軸とした協働商業経済圏の提案は中々に興味深かった。何よりも、南小大陸の提案には、我々も少々考えさせられましたヨ」


 ふふん、と鼻で笑うバンカーハイド卿。しかし、目は笑っていない。年老いた豚みたいなツラだが、双眸は魔狼より鋭い。

「あの提案の発案者は貴女でしょう? ヴィルミーナ様」


「なんのことだか。協働商業経済圏とやらも、南小大陸の提案とやらも、初耳です。どなたかと誤解されているのでは?」

 ヴィルミーナは困惑顔で応じた。

 困惑は演技ではない。ただベクトルが違うだけだ。イストリア人がネタの出所を特定できたことに困惑したのだ。


 ま、“水漏れ”の穴は想像がつく。

 王国府だ。


 無能有能は別として、官僚になるような人間は頭の巡りが良い。大方、ヴィルミーナが王国府でペターゼンと接触したことと、その後に協働商業経済圏と南小大陸の案件が出たことをすり合わせ、“本当の発案者”を導き出したのだろう。

 問題はその情報を垂れ流していることだ。


 御上が信用ならんのは今に始まったことではないけれど。イストリア人め。思った以上に耳目がええ。それに手も長い。


「そう警戒なさらなくても結構。今のところは面白い提案、それ以上でも以下でもないですからネ」

「“仮に”、私がその提案者だったとして」

 あくまで認める気がないことを前置きしたうえで、ヴィルミーナは問う。

「私にどういう御用なのかしら?」


「どこまで本気か、という話ですヨ」

 バンカーハイド卿は軽薄な態度と鋭い眼差しを保ったまま続けた。

「協働商業経済圏を実現した場合、現状、貴国が独占状態である東方貿易に我々が噛むことを認めるので?」


「それは私ではなく、国王陛下や宰相閣下に問うべきことです。しいて私個人の見解を挙げるなら、貴国が東方貿易に参入を希望するなら、我々も貴国の南方亜大陸に噛ませていただきたい。それと、仮に貴国が東方貿易に参入したとして、先方がそれを容認し、受け入れるかまでは責任を負えません」


 タダで利権を開放するバカはいない。それに、参入するとしても、そのケツ持ちをしてやる義理もない。


「ふむ……それはいささか厳しい条件ですな」

「ですが、門戸を開く用意はある。あとはそちらの覚悟の問題です。独占権益に我々を咬ませるのか。そして、東方貿易で失敗する可能性を容認できるのか」


 選択権の嫌な与えられ方に、バンカーハイド卿は年寄り猪頭鬼猿みたいな顔をしかめる。同時に、ベルネシアが東方貿易に関してイストリアをアシストする気はないことも、理解する。それどころか、足を引っ張る気満々だと。


「あまり条件が厳しいですと、現行の関係で充分、という意見が勝りますヨ」

「現行の関係で充分ならば、我が国の規格普及も我が国の自由裁量ですね」

 ヴィルミーナの切り返しに、バンカーハイド卿は思わず苦笑いした。どうやら自分はまだこのお嬢さんを甘く見ていたようだ。

「南小大陸の件。沿岸部と主要地域以外を切り捨てよ、というのは本気ですか?」


「その議論をするなら、まず貴国がその提案を実施可能かどうかが先です」

「まず飲めませんな」

 バンカーハイド卿は言った。


 理由は二つ。

 一つは経済的理由。

 南小大陸植民地の市場と収益、資源。これらを失えば、イストリア経済は大打撃を被る。産業革命の推進で生産能力が過剰気味なため、市場と資源の喪失は非常に不味い。


 もう一つは政治的理由。

 イストリアは“連合”王国。同君連合国家であり、立憲君主制議会制国家だ。王権を制限していながら、王制を保ち続けているのは、王という神輿を皆で担ぎ上げることで国と民を結び付けているからだった。

 もしも、叛徒達が独立に成功した場合。壁のシミ程度まで弱らせた分離独立派が息を吹き返しかねない。


 もっとも、此度の叛乱/独立戦争はその分離独立派を追放同然に植民地へ放り込んだ結果でもある。という笑えない事情があるのだが。


「呑めないなら呑めないで構いませんよ。我が国はあくまで同盟国として出来る範疇で支援するだけです」

 意訳――お前らと一緒に破滅する気はないぞ。

「貴国の危惧もわかります。鎮圧戦は雲行きが怪しいですからネ」


 バンカーハイド卿は嘆息をこぼし、「私も仮の話ですが」と前置きしてから言った。

「貴国の提案を丸呑みして、叛徒共に一定の支配地域を認めた場合、貴国がこの支配地域を狙わない、という保証、いや、確約はできますか?」


「それも国王陛下と王国府の御判断すべきこと。ですが、私に言わせれば、ベルネシアの国力から言って、これ以上の海外領土は所有しても維持できません。むしろ、酷い負債になるだけです。まして母国に抗って独立を企むような連中が、異国人の支配を唯諾々と甘受することはない。叛徒共の支配地を領するなど愚行以外の何ものでもありません」


「ふむ……では、叛徒共を相手に商売をして肥え太らせることは?」

 お茶で喉を潤しから、ヴィルミーナはバンカーハイド卿へ答える。

「ありえる、と申し上げます。叛徒達が独立した場合、建前上は貴国と無関係になるのですから、条件が折り合えば、商取引ができるでしょう」


「我が国と歩調を合わせる気はない、と?」

「バンカーハイド卿。仮に両国政府が叛徒の支配地との商いを禁じても、民間の密貿易が横行するだけですよ。貴国でもロージナとの密貿易が絶えないでしょう?」

「認め難いですが、否定できませんな」


「ならば、大っぴらにやる方が能率的でしょう。税収も確保できますしね」

 ヴィルミーナは頬杖を突き、どこか冷淡に続けた。

「加えて申し上げるなら、南小大陸西部や大天洋沿岸部はまだ手つかず。私個人としては叛徒共の地を制圧するより、現地人を支援して活用すべき、と愚考しますが」


 優秀な頭脳を持つバンカーハイド卿は、ヴィルミーナの言葉の奥にある“企図”を読み解き、その猪頭鬼猿面を赤くし大きく歪めた。

「――貴女は我が同胞の血肉を貪るおつもりか」


「叛徒共を同胞と見做すこと。それが君達の誤りだ。バンカーハイド卿」

 冷厳な態度になったヴィルミーナに対し、バンカーハイド卿は無自覚に居住まいを正した。


「どういう意味です。確かに彼らは本国に叛きましたが、我が国の民、我が同胞であることに変わりはない」


 ヴィルミーナは鼻で笑った。そして、紺碧色の瞳に酷薄さを湛える。

「そもそも。その同胞から搾り取ろうとした結果がこの事態だろう。現地の入植者達は貴方達本国を見限り、袂を分かつと決めて、同胞である貴国の将兵や王党派住民を殺している。いうなれば、彼らは既に叛徒ではない。祖国を捨てた裏切り者だ。そんな裏切り者達に配慮して、忠良なる将兵と民の犠牲を招くなど、愚行以外の何ものでもないだろう?」


 ふ、と息を吐いてヴィルミーナは威容をほぐし、

「貴方達の南小大陸統治は失敗した。もう元には戻せない。もう以前のようには戻らない。まずはこの現実を直視なさってくださいな。そうすれば、」

 口端を柔らかく緩めて微笑む。生き血を啜る化生のように。

「もっと本気になって解決策を検討できるでしょう?」


 バンカーハイド卿は顔色を赤く青く変えつつ、口元を太い手で押さえて考え込む。

 次いで、眉目を吊り上げ、ヴィルミーナを見据えた。

「もしも、貴女がその企図を実現するとしたならば、我が国は貴国と現地蛮族を敵とすることで、叛徒共と和解できるかもしれませんな」


「叛徒共が我が国より多くの利得をもたらすとお考えならば、両国の信義と利益を海に捨てればよろしい」


 ヴィルミーナは縋ってきた負傷者を蹴り飛ばすように告げた。

 涼しい面持ちで御茶を口に運び、空にしたカップをテーブルに置く。悠然と腰を上げ、険しい顔つきのバンカーハイド卿へ言った。


「なんであれ、これは仮の話です。協働圏に関しても南小大陸の件にしても、もっと良き考えや案が出るかもしれません。それに、私はあくまで王族の一人に過ぎませんし、一企業財閥の代表でしかない。重要国家政策に口出しできる立場ではありませんよ」


 年相応の乙女らしい邪気のない笑みを浮かべ、ヴィルミーナは完璧な一礼をして部屋を出ていった。護衛達が隙を見せることなくヴィルミーナに続いて去っていく。


 残されたバンカーハイド卿は大きく息を吐いた。ど、と顔中から冷や汗が吹く。

 イストリア人護衛が忌々しげに毒づいた。

「小娘風情がなんたる増上慢。列強とはいえ、ベルネシア程度の中堅国が我らイストリアを軽んじおって」


「だが、納得いく意見もあった。南小大陸の奴らに対する姿勢は――」

「あの小娘が何を言おうと入植民は同胞だ。本国には連中の親族が居ることを忘れるな」

 護衛達が議論を始めたことに、バンカーハイド卿は臍を噛む。ヴィルミーナの言説に議論を生じさせるだけの価値があると証明されたからだ。


 しかし、それ以上にバンカーハイド卿を心胆寒からしめたのは、ヴィルミーナがイストリアの南小大陸利権を延命させつつ、叛徒達と現地人の命を費やした戦争市場を企図していたことだ。いうなれば、イストリアの面目を立てながら、イストリア人の命を食い物にしようとしている。二十歳そこらの娘がこんな薄ら恐ろしいことを思いつけるのか。


 ハンカチを取り出して顔の汗を拭い、バンカーハイド卿は本国への報告に注意書きを記すことを決めた。

 ――ベルネシアに魔女あり。



 バンカーハイド卿が冷や汗を拭っていた頃、貴賓席へ向かうヴィルミーナは猛烈に不機嫌だった。つまらん話で楽しい時間を潰しよってからに。儲け話の一つも用意しとけボケが。

「あの、ヴィルミーナ様。よろしいでしょうか」

 若い護衛の一人が声を掛けてきた。


「なに?」

 ヴィルミーナは不機嫌さを隠さずに眉をひそめる。


「先ほどの御話……ひょっとして、その、死の商人紛いなことをお考えなのですか?」

「弁えろっ!」

 護衛頭が鋭い叱責を飛ばす。護衛の仕事はヴィルミーナや白獅子の人間を守ること。白獅子の事業はもちろん、ヴィルミーナの事業計画や施策にあれこれと意見する立場ではないし、そんなことは許されない。


「良いわ。教えてあげる」

 ヴィルミーナは足を止めずに若い護衛へ目線すら向けずに言った。

「現段階では、南小大陸で武器商人ごっこをする気はない。あくまで可能性の一つとして提示しただけよ。イストリアの動向次第ではそんな機会自体が訪れないかもしれないし。ただし、可能な状況になれば、バンカーハイド卿へ言った通りのことをする」


「無辜の民が大勢犠牲になります。それに、戦争を食い物にするなんて」

 さらに言い募る若い護衛に対し、護衛頭が後で鉄拳制裁を科すか解雇宣言するか検討し始めるが、ヴィルミーナはむしろ盲点を指摘されたような面持ちを浮かべた。


 ああ。この件は事が事だけにレヴ君くらいにしか話してなかったわ。側近衆の娘らからも反対意見が出るかもしれへんな。あかんなあ。皆がいつでも私に賛同してくれるぅ思いこんどったわ。うん。危ない危ない。あの娘らの忠誠心に胡坐掻いとった。


 ヴィルミーナは小さく首肯し、

「善良で心優しい君に教えて差し上げよう。有史以前から人類は常にどこかで誰かと誰かが殺し合ってきた。当然、その殺し合いを利用して儲けてきた人間が腐るほどいて、その恩恵をより大勢の人間が享受してきた」


 たとえば、と続ける。

「君は戦争を利用して儲けた我が社から給与を貰っている。つまり、君もまた戦争を食い物にした一人だ。他に言いたいことは?」


「ありません……」若い護衛は項垂れ気味に応じた。

 ふ、と小さく息を吐き、ヴィルミーナは最後に付け加えた。

「君の抱いた感情と感覚は真っ当だよ。だが、それだけだ。如何に真っ当であれ、その意見に建設性や生産性が伴わなければ、ただの小うるさい批判止まりだ。私に翻意を促したいなら、対案を用意しなさい。採用するかどうかは別にして、耳は傾けて上げる」


 と、競技場の方から大歓声が上がった。

 ヴィルミーナは、は、となった。護衛頭に強張った顔を向ける。察した護衛頭が懐から懐中時計を取り出し、眉を大きく下げていった。


「時間的に、その、選手達がゴールした頃かと」

「うっそでしょっ!? 世界初の障碍者マラソン大会の決定的場面を見逃したっ!?」

 表情筋が最大限の憤懣顔を作り、ヴィルミーナは地団太を踏んで悔しがった。


 


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