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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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105/336

10:5b

 初夏の快い陽光が降り注ぐこの日、王都小街区の療養センターの運動場に、大勢の人間が集まっていた。


「選手諸君。今日この日、君達は歴史を作る。存分に励め。観客諸君。今日この日、君達は歴史を目にする。子々孫々まで語り継げ。ベルネシア王太子エドワードの御名を以て、第一回身体障碍者競技大会の開催をここに宣言する」


 エドワードの短いながらもドラスティックな開会宣言が行われた後、デルフィネと子供達によるベルネシア国歌斉唱(有志音楽家達の伴奏付きだ)。観客達は自然と国歌を口ずさむ。


 次いで、デルフィネは大会応援歌を熱唱した。シンプルなメロディーと耳残るフレーズのリフレイン。このフレーズの『立ち上がれ、勇者達よ』は障碍者競技大会の代表的キャッチフレーズとして歴史に刻まれた。

 そして、デルフィネの名も歴史に記された。麗しい声を持つ歌姫として。


『王太子記念・身体障碍者競技大会』が始まった。


      〇


 療養センターの運動場はさほど広くない。それこそ現代日本の小学校運動場くらいの規模しかない。


 その運動場の各所に白獅子や大商会の看板が並び、名前を売っていた。大会の主催は『白獅子』であったが、国内有力大商会もこぞって出資し、協賛企業として名を連ねている。この時代の大商会ともなれば、宣伝広告の価値を十分に理解していた。


 その運動場に設けられた大雑把な観客席には、選手の家族や小街区の住民だけでなく、王都や近隣都市からも数多くの観客が訪れていて、明らかに収容能力を超えていた。


 事前申請者リストにない貴顕が飛び入りで観戦を希望し、警備上の問題から観戦できない旨を告げられ、ひと悶着起きる、といったトラブルも生じている。

 娯楽が限られた時代ゆえの出来事だろう。


 選手の大半は陸軍の傷痍退役軍人達だったが、少数の海軍傷痍退役軍人や四肢欠損で引退した冒険者、それに、イストリア義勇兵の傷痍軍人も参加していた。

 つまり、この競技大会は第一回からして台覧試合かつ国際大会だったのだ。


 選手には男性だけでなく女性も目立つ。ただし、現代の露出過多なスポーツユニフォームと違い、肌の露出を避けるこの時代はジャージっぽい運動着だった。


 まあ、出自も民族も性別も大した問題ではない。選手は誰も彼も意気軒昂にして士気旺盛。勝者として歴史に名を残してやるぜ、と鼻息が荒かった。


 車椅子利用者達がアーチェリーの腕前を披露し、義足利用者や腕部切断者達が短距離走や幅跳びなどで勝敗を競う。


 健闘する選手達へ観客達が熱心に声援を上げ、勝敗を問わず拍手を送っている。

 彼ら彼女らの雄々しい活躍に、彼らの誇らしい面持ちに、観客の一般健常者達は驚愕と吃驚を隠さない。また、観戦に訪れた障碍者達は疾走し、跳躍する競技者達の姿に涙を流して感動していた。参加者達の家族や知人友人達は、喉が張り裂けんばかりの声援を送り続けている。


 なお、元軍人が多い関係からか、彼らを応援する声も野太く激しいものが多い。

「いけーっ! 冒険者なんぞに負けんなっ!」「陸軍(オカ)のモンが海軍(サカナ)野郎に負けてんじゃねーぞバカヤローッ!」「冒険者魂だっ! 兵隊連中の度肝抜いたれっ!」「すげーぞっ! 軍曹より速いじゃねーかっ! 部隊に復帰しろっ!」「イストリア人の力を見せてやれっ!」「はははっ! ちきしょうっ! がんばれぇっ!」


 中には競技中に義足が外れたり、壊れたりする者もいた。しかし、そうした者達もたとえ這ってでもゴールを目指す。決してその場で諦めたりしない。彼ら彼女らは既に心が折れて絶望と失意のどん底を体験し、それでもなお這い上がった人間だった。その勇気と根性は義足が壊れたくらいで萎れたりしない。


 そうした選手達の姿に観客は一層激しく応援し、声援を送り、『立ち上がれ、勇者達よ』と耳にしたばかりの応援歌を歌う。


 それは選手の家族や平民達だけではない。

 退役軍人達へ同胞意識を持つ軍人貴族達はもちろん、他の貴族達もはしたないほどに大声で応援し続ける。

 中でも――


「良いぞっ! 頑張れっ! 頑張れっ! あと少しだっ! 行けっ! 頑張れっ!」


 イストリア連合王国王太子リチャードが衆目を気にせず大声を張り、手を振り上げて応援していた。楽しみスギィッ!


 王太子妃メアリーと愛人のモーリス男爵夫人も熱心に競技を観戦していた。もちろん、エドワードとグウェンドリンも食い入るように競技を見守っている。

 王妹大公ユーフェリアも手に汗握って観戦していて、とても楽しそうだ。


 あ、王弟大公フランツはなぜか貴賓席ではなく一般観客席で、愛妻と村の子供達と共に観戦していて、冒険者章の紋様を描いた旗を振って応援していた。どういうことなの……


 皆、楽しんでるなあ。ええ光景や。周囲の様子を眺めながらヴィルミーナは思う。レヴ君も休みが取れていればなあ。


 今日、婚約者のレーヴレヒトはいない。将校課程の出張で王国西部へ赴いている。

 出発前にイチャコラした時に、レーヴレヒトはヴィルミーナから大会の話を聞き、「凄く見たい」と言っていただけに、出張で観戦できないと判明した際はかなり落胆していた。仕事サボっちゃおうかなぁ、とぼやくほどだった。


 レヴ君にもあんな一面があったんやなあ。元々アウトドア派な人間だし、スポーツ好きなのかもしれへん。なんか考えよかな。愛しい婚約者のために。

 ムフフフと人知れず百面相するヴィルミーナ。


          〇


 昼休みを迎え、一般客達は観客席でお弁当を広げたり、屋台で購入した軽食を食べたりしながら、選手達の活躍を語り合う。


 流石に貴賓御一行は療養センター内の食堂に案内されての食事となった。が、そんな貴賓達も一般客達同様に選手達の活躍を話題に盛り上がっていた。

 ちなみに、ヴィルミーナとデルフィネは関係者として会議室の方へ赴いており、この場にいない。


「正直に申し上げて、侮っておりました。不具の者達の競技大会なれば、それこそ憐れみを覚えるようなものだとばかり。いや、不見識の極みでしたな」

 イストリアの高官がリチャードへ言うと、


「胸の熱くなる光景だった。思わず彼らと共に走りたくなったぞ」

 王太子リチャードは冷たい飲み物で応援疲れした喉を潤し、エドワードへ笑顔を向けた。

「エドワード君、素晴らしい大会を催したな」


「私はただ名義貸ししただけですよ、伯父上」

 エドワードはリチャードの“親しみ”に応じて返す。

「真の立役者は我がいとこ、王妹大公令嬢ヴィルミーナです。先日の小街区で案内役を担いました」


「ああ。彼女か。美麗であるだけでなく才気煥発。まさに逸材だな」

 うんうん、とリチャードは首を幾度か縦に振り、ニッと白い歯を見せた。

「ただ、御婦人はビジネスなどせず御家を守るべきと考えてしまうのは、私が古い人間だからかな?」


 試すように笑いかけるリチャードに、エドワードは眉を下げる。

 親しいようで油断ならない。伯父ではあっても、リチャードは他国の王太子であり、この場は立派な外交の場だ。


「伯父上の考えが古いとは思いません。立派な伝統的価値観でしょう。ただ、伝統は伝統として守るにしても、社会の変化をただ否定しては進歩がありません。私の役割はそうした伝統と変化を融和させることと考えます」


「素晴らしい。大いに素晴らしい。私のバカ息子共に聞かせてやりたいくらいだ」

 うむうむ、とリチャードは上機嫌に頷く。


 リチャードとエドワードが気の抜けないやり取りをしている中、メアリーとモーリス男爵夫人は王妹大公ユーフェリアと盛り上がっていた。


「せっかくオーステルガムへお越しになったのですから、是非に行かれるべきです。あの美容サロンは女の楽園ですよ」

「ら、楽園。そんなに凄いのですか……っ!」

「メアリー様っ! 何とか都合を付けましょうっ!」


 すっかりその気になった公認愛妾モーリス男爵夫人がメアリーに強く熱く訴える。


「もし赴かれるのでしたら、グウェンドリン殿下にお願いされるとよろしいかと」

「と、おっしゃられると?」即座にユーフェリアに食いつくモーリス男爵夫人。

「件の美容サロンのオーナー、メルフィナ嬢はグウェンドリン殿下の御学友にして幼馴染ですから、話を通し易いはずですよ」


「……」

 メアリーは少し考え込んだ後、モーリス男爵夫人と共に席を立ってグウェンドリンの許へ直行する。それから交わされた会話の内容は、説明無用だろう。


 食堂でそんなやり取りが行われている中、ヴィルミーナは大会の総司令部たる会議室へ赴いていた。

 忙しそうなリア達に混じり、メルフィナが珈琲を啜っている。


「ヴィーナ様、こんにちは」

「え。メル? 何でここにいるの? え? 貴賓席にいなかったわよね?」


「飛び入りで訪ねたんですけど、事前申請してなかったので、貴賓席に入れて貰えませんでした。凄く警備が厳重なんですよ、この大会」

 くすりと微苦笑を浮かべるメルフィナ。

「ここに居られるのも、テレサさんの口利きで運営関係者としてです。まあ、本当に運営関係者として働かされるとは思いませんでしたけどね」


「そう言いつつ、馴染んでるじゃない」

 小さく肩を揺らして一笑し、ヴィルミーナは水先をリア達へ変えた。

「状況はどう? 何か問題は?」


「むしろ問題だらけですよ」

 リアは疲れ顔で呻くように言った。

「大会の進行は綱渡り状態。細々としたところでは、多数の迷子。トイレ不足の苦情。客同士の喧嘩。置き引きとスリ。あと、飲酒禁止と告知したのに酒を持ち込んで騒ぐアホ。もう散々です」


「それでも、貴賓席から見ている限りはつつがなく進んでいるように見えてる。皆、よくやっているわ。満点とは言えなくても、褒める言葉しか見つからない」

 ヴィルミーナの評価を聞き、リア達が嬉しそうに表情を緩める。

 人誑しだなあ、とメルフィナが微苦笑を浮かべた。


「ところでデルフィは? こっちにいるはずでしょ?」

「デルフィなら奥の控室で鬱々としてますよ」とメルフィナ。

「は? 鬱々? なんで?」


「応援歌を歌った時、半音を外したからです」とリアが小さく肩を竦めた。

「ええ? そんなの誰も気づいてないわよ。少なくとも貴賓席では誰も気づいてないわ」

「フィーは割と完璧主義ですからね。特に今回の仕事は気合入れていましたから、余計にショックなんでしょう」


「はー……慰めに行った方が良いかな」

 ヴィルミーナが案じたように呟くと、リアが首を横に振る。

「いえ、こういう時のフィーはひとしきり反省したら、勝手に立ち直ります。むしろ、下手に声を掛けると、機嫌を損ねて長引きます。そっとしておきましょう」


「なんでも小器用にこなせるくせに、精神的なところが面倒臭いですよね、デルフィって」

 容赦なく切るメルフィナ。ただし、その表情と声色に陰険さはない。親しい幼馴染に対する毒舌といった塩梅。


「そこが可愛いんじゃない。ねえ?」

 ヴィルミーナが水を向けると、

「全くその通り。それこそがフィーの魅力」「落ち込んだデルフィネ様カワユス♡」「そこから立ち直るデルフィネ様もカワユス♡」

 リア達が一斉に賛同した。よぉ訓練されとるなぁ……


「この人達ちょっと、いえ、かなりおかしい」

 メルフィナの至極真っ当な反応。


 ヴィルミーナは和やかな表情でメルフィナへ言った。

「そういえば、報告を受けたわ。テレサのこと随分と可愛がってくれたみたいね」

 ちり、と会議室内の空気に緊迫感が走る。


「ヴィーナ様が相手にしてくれないからですよ。でも、テレサさんもなかなかの剛腕ですね。久しぶりに交渉を楽しめました」

 メルフィナは優美な細面に艶やかな微笑を湛えて、問う。

「で、どうします? ヴィーナ様。交渉し直します? 受けて立ちますよ」


 挑発的な視線と物言いを浴びせられたが、ヴィルミーナはいなすように首を横へ振る。

「それじゃ名代を任せたテレサの面目が立たないじゃない。まあ、必ずしもこちらの優位ではないけれど、許容範囲内で収まっているし、今後とも良い関係を持ちたいからね。今回はこれで決着とさせてもらうわ」


「今回は、ですか。怖いですね」

 メルフィナはくすくすと喉を鳴らし、ヴィルミーナもふふふと控えめに笑う。

 穏やかに笑う2人の目は全く笑っていなかった。

 おっかねー、とリア達が思ったのは言うまでもない。


           〇


 午後の部が始まり、エキシビション・マッチが催される。

 ゴブリンファイバー製板バネ式義足を装着した選手達が入場すると、誰もが息を呑み、吃驚を挙げた。この時代の義肢に対する普遍的イメージと完全に乖離しているから、無理はない。


 板バネ式義足は機能的に脚部の筋肉や“ばね”を置換したものであるが、そうした予備知識がなければ、昆虫の脚か戯画的な山羊足に見えなくもない。


 会場内に怪訝な視線とどことなく不安な気配が流れる中、魔導術の身体強化で声量を増強したデルフィネが、お立ち台上から大声でアナウンスした。

「会場の皆様。選手達が装着している義肢について、ご案内します」


 観客達は歌姫衣装のデルフィネと選手達を交互に見つめながら、説明に耳を傾ける。

「選手達の装着している義足は、板バネ式義足という新型義足です。その外見は通常の義足と異なり、私達の脚と大きく乖離しています。これは、板バネという機具を最大限生かすためであり、皆さんを怖がらせるためではありませんから、ご安心ください」


 怖がってないしーっ! 嘘つけビビってたじゃねーかー、と観客席。


「この板バネ式義足が補うもの。見た目を犠牲にする代わりにもたらすもの。これ以上は実際に選手達の活躍でご確認ください」

 デルフィネのアナウンスが終了し、板バネ式義足を装着したマリサ達の挑戦が始まる。


 そして、観客のどよめきが競技場の外まで届く。

 選手達がまるで若鹿のようにコースを駆け、砂場を飛ぶ。昆虫の脚みたいな板バネ式義足が大地を蹴る度、選手達を大きく激しく躍動させる。

 その滑らかな走行に、その軽やかな跳躍に、観客達は度肝を抜かれた。


 最後に、エキシビション・マッチを観戦した聖王教会大主教の日記を紹介しようと思う。


 ※       ※      ※


 新型義足を装着して現れた選手達を見た時、私は教典に記される異形の軍勢を脳裏に浮かべてしまった。

 というのも、選手達の義足は私達の脚とは全く違う形状をしていた。その義足はまるで昆虫のような、山羊足のような、なんとも私を不安にさせる見た目をしていたのだ。


 しかし―――私は見た。

 その奇抜な義肢を付けた人々が見事に駆け、跳ねる様を。


 私は彼らの活躍と勇姿にただただ圧倒され、人類の技がここに一つの奇跡を生み出した事実に感動した。しかも、この技は傷ついた人々への愛に基づいた技なのだ。

 いや、この大会そのものが、大きな愛に満ちている。なんと素晴らしいことだろう。なんと美しいことだろう。


 彼らに祝福のあらんことを。

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このエピソード本当に好きです。
こういうのに弱いの分かる
[良い点] 情景を思い浮かべながら読んでたら涙ぐんじゃった
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