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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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10:3

大陸共通暦1768年:ベルネシア王国暦251年:初夏。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

――――――――――――――

 当初、イストリア王太子御一行の王都小街区視察は厳戒態勢で行われる予定だった。


 しかし、『普段の様子が見たい』というイストリア側の熱い要望により、御忍びスタイルでの視察となった。おかげで警備を担当する王立憲兵隊のお偉いさん方と現場指揮官が、非常に胃の痛い思いをする羽目になった。


 この視察には国賓イストリア王太子夫妻御一行に加え、ホスト役のエドワードとグウェンドリンも同行するし、案内役にヴィルミーナ。王国府のお偉いさんも少なくない。


 そんな列強二国の御偉方が集まった御一行が御忍びなんぞ出来るわけもなく。王都小街区にはビミョーな緊迫感が漂っていた。


 それでも、住民は日常生活を営む。食い扶持を稼がねばならないし、戦後不況の荒波が押し寄せている中、仕事をサボるわけにはいかない。

 かくして、王太子御一行は希望通りに小街区の日常を目の当たりにしながら、ヴィルミーナの説明を聞く。


「小街区にある工場や工房などは我が財閥麾下が中心ですが、現在は他社や個人事業者も相当数参加しています」


 道路はよく整備され、段差や窪みのない歩道と車道。建物には車椅子用のスロープや手すりなどを完備。王立憲兵隊の巡回が行われているが、街区内の治安は良好で不穏な気配はない。


 手足を失った傷痍軍人達が義肢や車椅子で働き、往来を自由に行き交う。夫や息子など働き手を亡くした女達や老人達が工場などで働き、自立した生活を送っている。子供達は工場の保育所に預けられたり、近くの私塾に通ったりしていた。工場や工房などでは無理のない労働環境が整備され、傷痍障碍者も女性も老人も安心して働いている。


 いずれも、イストリア王都ティルナ・ロンデでは考えられない光景だった。

 イストリア王太子夫妻と御一行は唖然茫然愕然としながら小街区を見て回り、ヴィルミーナの説明を聞かされ、ただただ圧倒される。


 極めつけは、エドワードが告げた言葉。

「この小街区をモデルケースとして、国内全てを同様にすべく改善を推進中です」

 イストリア人、絶句。



 小街区視察を終え、逗留先のエンテルハースト宮殿に帰り着くと、イストリア人達は熱心に議論を開始した。


 トバイアス・ウォーケル少尉が受けた衝撃を、彼らもまた味わったのだ。そして、トバイアスと違って国家政策や経済活動に少なくない影響力を持つ彼らは、見聞きした衝撃的事実に対して、分析と解析と推察と推論を議論し合い、イストリアでも導入すべきもの、真似るべきではないものなどを語り合う。


「事前に報告書や資料を読み込んではいたが、実際に目の当たりにすると、驚きを禁じ得ないな。大したもんだ」

 ひとまずの議論を終え、客間に戻った王太子リチャードは侍従の淹れた珈琲を啜りながら、感に堪えぬというように小さく頭を振った。


「子供達が楽しそうにイストリア国歌を歌ってくれたのが印象的でしたね」

 王太子妃メアリーが思い出したように、どこか楽しそうに言った。

「可愛かったですねえ」

 公認愛妾モーリス男爵夫人もこくこくと首肯する。


 工場を視察した時、保育所の幼児達が一行を歓迎し、練習したというベルネシアとイストリアの国歌を披露した。これには、リチャードを筆頭に皆が表情を和ませた。


「確かに素晴らしかったな」とリチャードは呟く。

 同時に薄ら恐ろしくもあった。

 小街区に暮らす子供達の家庭環境は、イストリアならば貧困層だったろう。あの子達は親によっては口減らしに捨てられたかもしれないし、奴隷同然の過酷な児童労働に駆り出され、学校に通うなど出来なかったはずだ。


「敗北感を禁じえん。我々は数多くの植民地と海外領土を有し、世界に先駆けて産業に革命を起こしたが、あの小さな街区で行われていることの半分も実現できていない」

 リチャードは細巻をくわえ、魔導術で火を点すとゆっくり紫煙を吐いた。

「我が国で同じことをするためには、法整備だけでなく行政と司法、治安当局、民間、全てを変えねばならん。いったいどれだけの年月が掛かることやら」


 イストリア人達はリチャードの言葉に大きく頷く。

 ただし、彼らはまだ知らない。

『王太子記念・身体障碍者競技大会』こそ真の驚愕が待っていることを。


       〇


 翌日。オーステルガム王国府宮殿の宰相執務室で、

「昨日は御苦労でした。イストリア王太子御一行も大変満足していましたよ」

 宰相ペターゼン侯は応接テーブルを挟み、向かい側に座るヴィルミーナへ言った。


「件の競技大会でもよろしくお願いしますよ、ヴィルミーナ様」

 今日の宰相は王妹大公令嬢としてヴィルミーナに接している。用向きとしては先日の小街区案内の礼と、後日に控える競技大会の念押しだ。


 しかし、国債の38パーセントを掌握した大資本家にして新興財閥統帥であるヴィルミーナが相手では、国政上の話を避けられない。

「能う限りの最善を尽くします、閣下」

 ヴィルミーナは悠揚に微笑み、そして、案の定、尋ねた。

「して、閣下。中長期経済計画の件。イストリア側の反応は如何でした?」


 予想はしていたが、あまりに予想通りの展開に、ペターゼン侯は苦笑いを押さえられない。

「予想通り口を挟んできました。我が国の工業製品大規模輸出における国家統一規格に関し、両国の統一規格にして欲しい、と。通商条約の一部見直しも仄めかしてきましたよ」


「ふむ。両国の統一規格ですか。イストリア側に国家統一規格があるので?」

「あるわけないでしょう。口先だけですよ」


 ネット小説の現代知識チート物だと、いろんな物がちゃかぽこちゃかぽこ量産されるわけだが、工作器具の精度がゲロ甘な近代初期にどうやって、そんな規格化された現物がポコスカポコスカ量産できんだよって話ですわ。


 ベルネシアでも先の戦争における整備性の問題から、ボルトナットや部品の統一規格が制定され、生産性と整備性を大幅に向上させた。しかし、各現場では職工達が泣きを入れながら品質管理と調整を行ったのだった。つまるところ、ベルネシアの統一規格もかなりの冗長性――いい加減な部分を多分に含んでおり、精密さを問えば、鼻で笑うレベルだった。


 逆に言えば、そういう冗長性を持つことで、高い互換性を有する部品や器具を、現実に量産できたと言えよう。


 なお、同じことが出来ている国は存在しない。

 産業革命を推進中のイストリアだって製造現場ごとに規格が異なる。イストリアの場合、規格を統一させるのではなく、大量生産を必要とするもの、銃ならば、銃の製造工廠をでかくして、そこで必要分を全て賄ってしまえ、というやり方を採っている。

 当然、製造現場が違うと細かい部品は全く互換性が無い。現場がヤスリやハンマーで無理やり調整して合わせていた。


「話になりませんね」

 スンとした面持ちで斬り捨てるヴィルミーナに、宰相ペターゼンは口端を緩め、話を続けた。

「だが、無視も出来ません。イストリア人は強欲です。数十年前、北洋貿易で揉めた時は戦争を起こされた。せっかく同盟関係を結んで互いに上手いことやっているのですから、要らぬ火種は作りたくありません」


 前年に苛烈な本国防衛戦争をしたばかり。国土と人口の規模が中堅どころのベルネシアにとって、6万人の死傷は決して軽くない。それに、金満国家だからこそ、イストリアと揉めることで生じる経済損失を恐れていた。


 しかし、ヴィルミーナは宰相の慎重論へ正面から疑義を直言した。

「下手に譲歩しても、付け上がらせるだけでは? ただでさえ大国は独善的になりがちです。イストリアの場合、元々の強欲さが加わるわけですから、譲歩したところで『まだ毟れる』と考えるだけですよ」


 これは地球史でも言えることだった。大国はその力に驕り、身勝手な独善に陥りがちだ。

 特に譲歩を弱みと見做す連中は最悪だ。こちらが共存共栄を図って妥協的譲歩をしても、『これで譲歩するんやな。よっしゃ、次はもっとふっかけたろ』と考えやがる。


 連中の傲慢さと貪欲さに歯止めを掛けるには、毟られるだけでなく、こちらも毟り取らねばならない。

 宰相ペターゼンもヴィルミーナの言いたいことは理解している。


「ご意見は理解できます。ですが、連中から何を毟ります? イストリアの産業に革命をもたらしたという動力機械でも融通させるので?」


 問われたヴィルミーナは首を横に振り、

「もっと大きく吹っ掛けましょう。統一規格の導入を軸に両国の協働経済圏の確立を提案されては如何ですか?」


「協働経済圏?」

 耳慣れない単語に訝るペターゼン侯へ、

「我が国とイストリアは商業経済圏が重複しています。その中で部分的ながら市場も共有している。競争市場が成立している以上、両国の関係をより深めましょう。そして、安全保障もより密接にするのです。両国間で定期的な将校の交換派遣と共同演習を行いましょう」


 身体から一ポンドの肉を切り取ろうとする強欲商人みたいな笑みを向けた。

「ここまで我々が共同姿勢を求めていると言えば、連中も本気になるか、手を引くか決断せざるを得ません。これは閣下から王国府内で意見をまとめ、イストリア側に打診してください」


 悪魔的な笑みを湛えるヴィルミーナに薄気味悪さを覚えつつ、ペターゼン侯は尋ねた。

「貴女が表に出なくて良いのですか?」


「必要ありません。私が欲しいのは名ではなく、実です」

「イストリア市場ですか」

 ペターゼン侯の指摘に、ヴィルミーナはくすくすと喉を鳴らす。上品で可憐な仕草だが、かえって化生染みた印象を与える。


「閣下。この提案が実現すれば、そんなぬるい話では済みませんよ」

 ヴィルミーナは応接ソファの背もたれに身体を預け、

「我が国は現在、クレテアに市場開放させているんですよ? ベルネシア、イストリア、クレテアの三列強と、その外洋領土が市場と化すんです。

 世界最大の商業経済圏が確立され、自由競争が行われる。機会を掴む者は大いに栄え、富むでしょう。もちろん、その逆も起こりえる。イストリアやクレテアの長じる分野では、我が国も痛い目に遭います」

 予言者のように語り、


「国内経済が荒れますな」

「それこそ国家指導層の腕の見せ所でしょう。自由競争市場は無能に舵取りが出来る世界ではありませんからね。ある意味、世襲や年功序列など惰性的任官が最も適さない環境です」

 政治評論家のように告げた。


「これは手厳しい」

 倅が宰相を目指していることを知っているペターゼン侯としては、苦笑いを禁じ得ない。御茶で喉を潤した後、表情を引き締めた。

「しかし、この話を実現するには、南小大陸の案件について今以上の協力を求められますな」


「南小大陸の件に関しては、支援を約束しつつ、仲裁案を提案しては如何でしょう?」

 ヴィルミーナの提案に、ペターゼン侯は片眉を上げた。


 イストリア南小大陸領土の入植民が起こした叛乱は、独立戦争の様相を見せている。いうなれば、王制を否定して民衆主体の国家を為そうというのだ。これに反感や危機感を抱かない貴族はいない。立憲君主制議会国家のイストリア貴族でさえ、入植民達を『身の程知らずの雑民如きが増長しよって』とブチギレまくっている。


 ペターゼン侯はヴィルミーナという人間を、実利主義者であり実務主義者であると見なしていた。であるから、ヴィルミーナが叛乱の仲裁を訴えたことに意外なものを覚えた。

「ヴィルミーナ様。我が国は広範な外洋領土を有しております。現地人の叛乱や抵抗運動は珍しくありません。此度のイストリア南小大陸領土の叛乱が成れば、我が国でも同様の事態が生じるかもしれませんよ」


 妥当な危機感と分析だろう。

 南小大陸領土の独立が成功すれば、外洋領土に入植した連中が要らん野心を抱くことにもつながる。そうでなくとも、祖国から遠く離れた外洋領土や植民地では現地統治機構が好き勝手に振る舞いがちだ。


 地球史においては、ポルトガルもスペインもオランダもフランスもイギリスもアメリカも、祖国から遠く離れた植民地や海外領土で、現地統治機構の勝手な振る舞いに悩まされた。


 特に近代イギリスは、古くは東インド会社に国政まで牛耳られ、セシル・ローズを始めとするアフリカ南部の連中に難儀させられ続けた。七つの海を支配した大帝国はその実、内憂に苦しみ続けていたのだ(現地人の苦しみはそれ以上だったけれど)。


 何より、この時代に『弱い』『弱った』と思われることは、深刻な事態を招く。

 植民地における現地人の大反乱や独立闘争。周辺国による侵略や侵攻。計り知れない不利益と犠牲が津波のように襲い掛かってくるだろう。


「これはあくまで私見なのですけれど」

 ヴィルミーナはカップを手にし、一口飲んでから、言った。

「私はイストリアの南小大陸鎮圧は失敗に終わるとみています」


「また不吉なことをおっしゃる」ペターゼン侯は嫌そうに「なぜか伺っても?」


「現在、連中が難戦している理由が全てです。鎮圧戦争が長引けば、いずれその負担が南小大陸を失ったに等しい規模に到達する。その時、イストリアは南小大陸領土の全てを失う。残るのは巨額の財政赤字と膨大な犠牲だけ。連中に付き合えば、我々も道連れになる」

 カップをテーブルに置いて、ヴィルミーナは続きを語る。

「その惨めなオチを避けるためにも、現南小大陸領土の重要な地域と沿岸部を押さえ、残りに自治独立を認めてやる方がいい。イストリアがこの仲裁案を呑む可能性があるとすれば、先に話した商業経済圏を成立させた場合だけでしょうね。南小大陸領土を多少減らしてもお釣りが来るもの」


「叛徒達が呑むかどうかは良いので?」

「一方的に宣言してしまえばいい。どうせしばらくは国交正常化なんて出来ないんですから」


「ふむ……」

 ペターゼン侯は考え込む。

 イストリア人がこの話を呑むかどうかは怪しい限りだが、提案するだけならタダだ。反感を抱かれるかもしれないものの、益はある。強欲なイストリア人は益があるうちは、怒っていても席を立ったりしない。

「一つ伺っても良いですかな?」


「私に答えられることであれば」

「独立した後の叛徒達をどうするつもりですか?」

 ふふっ、とヴィルミーナは問いに対して笑みをこぼした。

 冗談でも聞かされたような反応だった。今のどこに笑いどころがあるのか、ペターゼン侯にはさっぱり分からない。


「失礼。英明な閣下にしては随分と素っ頓狂なことを問われましたので」

「素っ頓狂、ですか?」

「ええ。そうですよ。だって、私はいつかに閣下へ言ったではありませんか」

「? ? ?」

 怪訝そうに訝るペターゼン侯の様子に、ヴィルミーナはますます楽しげに笑った後、

「現地人達や奴隷達に武器弾薬を与え、叛徒達に対する戦争を起こさせます。代価に資源と地域利権を獲得しましょう」

 人を食らう化生のような美しい面差しを湛えた。


「連中の血で戦争という甘露を貪るのです」


 ペターゼンは絶句した。

 先の戦争が終わってからまだ一年も経っていない。王国南部には戦禍の痕跡が生々しく残っている。戦死者遺族や傷痍退役者の悲しみと苦しみは始まったばかりだ。両国の捕虜はまだ帰国できていない。戦争は終わった。しかし、戦争の傷はまだ猛烈な痛みを発している。

 ヴィルミーナ自身も命を落としかけたし、大切な友人達を失った。


 なのに、ヴィルミーナは反戦意識を持つどころか、他人の戦争を利用し、あまつさえ、戦争で儲ける国策陰謀さえ企てている。

 ペターゼン侯の背筋が震え、体に冷たい汗が伝う。

 貴族や官僚達の中にはヴィルミーナを嫌う者が少なからずいる。彼らはヴィルミーナをこう語る。ベルネシア王族に生まれた黒い羊。商い遊びに興じる魔女。強欲守銭奴。

 いずれも的外れだ。

 この娘は、そんな“可愛いもの”じゃない。


 この娘は―――

 怪物だ。


 まったく末頼もしいにも程がある。

昨日は上げられずに申し訳ない。

構成に悩んでるうちに時間が過ぎてしまって……現状、こんな調子なので連日投稿は厳しいかもしれませんが、よろしくお願いします。

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最高だ、ヴィルミーナ
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