0:0:あいつは何者だ。
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R3/01/01、後書き追加。内容に変更はありません。
R4/03/04、後書き追加。内容に変更はありません。
我々が平和と繁栄を享受できるなら、我々以外の全ての人間が苦しんでいても構わない。
魔導文明世界の近代初期とはそういう時代だった。
この時代、大陸西方や大陸北方の各強国は周辺国との領土の削り合い、言うなれば、自分の家の庭先で延々と殺し合い、奪い合うことに疲弊し辟易し嫌厭していた。
苦労してモンスターを駆除して切り拓いた土地を台無しにし、汗水流して稼いだ国富を小便のように垂れ流し、限りある人口を使い潰すことに疲れ果てていた。
そこで、彼らの一部はもっと建設的かつ生産的な希望を求め、外洋へ踏み出した。
現代日本の教科書なら「大航海時代の到来」などとロマンティックに記しただろうが、その実態は悪辣極まりない。軍事力を背景にした強国による大侵略時代が到来したのだから。
列強の外洋進出は幾多の苦難と困難を乗り越えて成功し、彼らに大きな富と繁栄をもたらした(侵略される側には決して忘れぬ恨みと怒りをもたらした)。
そして、時が流れて大陸共通暦18世紀に入った頃。
各強国が進出先の外洋で争うようになると、ふと思い至る者が出始めた。
――遠い外洋でちまちま戦うより、すぐ傍にある奴らの本国を打ちのめす方が早いのでは?
あるいは、
――奴らが外洋へ注力している今が、奴らの本国をぶっ飛ばすチャンスなのでは?
人類という生き物は途方もなくバカなのだ。
こうして、彼らは再び自分達の庭先で殺し合いをする準備を始めた。
これはそんな時代を生きた彼女と彼のお話。
〇
大陸共通暦1755年:ベルネシア王国暦238年:初夏。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国南部:クェザリン郡。
―――――
ベルネシア王家直轄領クェザリン郡にある代官屋敷には、数日前から客人が逗留している。
王妹大公ユーフェリアとその御息女ヴィルミーナだ。
ユーフェリアは大陸西方コルヴォラントの王族に嫁いだものの、夫がぽっくりと早逝。生まれたばかりの娘を連れて素早く祖国へ帰国してきた。一言で言えば、出戻りである。
ただし、夫の莫大な遺産を持っての、出戻りだった。帰国後は再婚もせず(正確には再婚を拒否した)、一人娘を愛でながら気ままに暮らしている。ある種、人生の勝利者である。
そんな王妹大公の娘のヴィルミーナ嬢は、大陸西方メーヴラント人とコルヴォラント人の混血的特徴――薄茶色の髪と紺碧色の瞳、乳白色の肌が大変美しい7歳児だった。
ただ、王妹大公ユーフェリアが旧友の代官夫人と親交を温め、田舎のスローライフを楽しんで過ごしていた一方、ヴィルミーナ嬢は大変に不満を抱えていた。
代官陣屋町は宿場町に毛が生えた程度で、右を向いても左を向いても田舎者しかいない。陣屋町の外は農耕地と山林と河川ばかり。しかも、モンスターがごろごろ住んでいて、迂闊に遠乗りも出来ない。遊ぶところが無い。つまらないつまらないつまらないっ!
退屈の鬱憤を抱えたワガママ御嬢様など祟り神と変わらない。
大変難儀することになったのは、接待御守役を仰せつかっていたクェザリン郡代官ゼーロウ男爵家次男坊レーヴレヒト・ヴァン・ゼーロウだった。
大陸西方メーヴラント人らしい栗色の髪、深い青色の瞳、白い肌が良く映える美男児だ。
「美形だけど、垢抜けない田舎者っぽいわね。あ、田舎者か」
初顔合わせ時におけるヴィルミーナの第一声である。7歳幼女の発言である。おそろしや。
同い年の幼女に扱き下ろされたレーヴレヒトは、怒るより慄いた。
――こりゃとんでもない御嬢様を任されてしまったぞ。
こちらもこちらでスレた感性の7歳児だった。が、レーヴレヒトの予感は正しかった。
天使のような美少女ヴィルミーナは傲慢高慢傲岸不遜のワガママなクソガキだった。
レーヴレヒトは庭の高木に登らされたり、工作室であれこれ作らされたり、魔導術の実験をさせられたり、玩具の弓の的にされたり、あれやこれやと雑用に走らされたり、とヴィルミーナからまさしく『小間使い』の如く扱われたが、この状況を受け入れた。
――これもお仕事お仕事。無心になって働くのみ。考えるな。働け。
やはりこの坊主、7歳児にしてはスレている。
そんな初夏のある日のこと。
ユーフェリアに伴って陣屋町郊外へ川遊びに出向いたところ、ヴィルミーナ嬢が川に落っこちて溺れた。
ざぶん、とそれはもう見事に落っこちて溺れた。芸術的ですらあった。
そのあまりに見事な落ち方は、母であるユーフェリアが刹那、我が子の心配を忘れて吹き出してしまったほどである。
王妹大公侍従達、ゼーロウ男爵家家人達、皆大慌てでヴィルミーナ嬢を救出したが、ヴィルミーナ嬢は意識不明になってしまった。
大事件である。王族の姫君が意識不明。まさに大事件である。代官領内の医者や薬師や治療導術士が招集された。中には縄で括られて拉致されてきた者すらいた。
ゼーロウ男爵家の面々や王妹大公侍従達は、ユーフェリアと共に代官屋敷内小礼拝室で祈った(この時代の貴族屋敷には礼拝室が付きものである)。
一人娘の回復快癒を祈って涙するユーフェリアの背後で、レーヴレヒトも回復を祈った。但し書きを加えて。
――クェザリン郡で死なれると当家に迷惑が掛かるので、やめてください。
この坊主、ひょっとして一種のサイコ……いや、止そう。憶測は良くない。
ともあれ、祈りが利いたのか、神の気前が良かったのか、あるいは『助けて褒美を受け取るか、死なせて殉死の栄を得るか、だ』と脅された医者達の努力か。
川に落ちてから三日後、ヴィルミーナ嬢は目を覚ました。
ユーフェリアもゼーロウ男爵家の面々も王妹大公侍従達も医者達も喜んだ。特に医者達の喜びようは実親のユーフェリア以上だった。さもあらん。
さて、目を覚ましたヴィルミーナ嬢は激変していた。
一言で評してワガママなクソガキだった気性が、ウソのように大人しくなっていた。というより、周囲の状況に戸惑っている風だった。まるで見知らぬ異世界に迷い込んだような不安と好奇心と困惑を湛えていた。
レーヴレヒトも困っていた。扱いは使用人状態から大幅に改善されたが、毎日毎日何時間も何時間もとにかく質問攻めに遭った。
ヴィルミーナ嬢は聞き取り調査がレーヴレヒトだけでは捗らぬ、と判断したのか、ユーフェリア様や御付侍女やゼーロウ男爵家家人にも熱心に質問攻めをした。この国のこと、魔導技術文明のこと、この世界の状況。地理。自然。歴史。技術。文化。宗教。モンスター。魔導術。あらゆることを聞いて回り、ゼーロウ家の蔵書を読み込みはじめ、あれこれと調べた。
こうなると、大人達も流石に訝しんだが、歴戦の壮年護衛が「人は死にかけると変わるもんだよ」と言うと、皆そういうものかと納得してしまった。ヴィルミーナ嬢は死にかけたことで学ぶことに開眼したのだろう、と受け止めたようだ。
例外は使用人扱いから助手扱いに変わったレーヴレヒトだけだった。
常に傍にいた(いさせられた)レーヴレヒトはしっかりと聞いていたのだ。ヴィルミーナが囁くようにこぼした小さな独白を。
『まさか、異世界転生?』
7歳児のレーヴレヒトにイセカイテンセイとは何か分からない。分かろうはずもない。
だが、レーヴレヒトは確信していた。
――あいつは以前のヴィルミーナ様じゃない。
クレクレしています('ω' )
『彼は悪名高きロッフェロー』という作品も書いています。よろしければどうぞ。
短編『佐竹君は如何にして人生初のバレンタインチョコレートを貰ったか』も、お時間があれば。