第45話・集う英傑
土煙舞う、カイゼル平原。
侵攻軍と連合軍による戦争は未だ続いていた。
だが……レスタリカ以外へ侵攻するための余力を残した侵攻軍に対し、この場にある総力をあげて戦わねばならない連合軍では、思うように戦況を動かすことは出来なかった。
なんとか押しとどめられてはいるものの、このままでは敗北は必至。
「……シキさん。アリシバンとゼルドヴィンからの援軍は?」
今の戦況を覆せるほどの打開策など浮かぶはずがない。フォウは当初から作戦に組み込まれていた、他大陸からの援軍はどうなったのかをシキに尋ねる。
「あと少しで到着するはずです。しかし……それまで我々が持ち堪えられるかは……」
「それでも、なんとか持たせなきゃ死ぬだけよ」
「……せめて、我が軍に予備戦力のようなものがあれば……」
こんな状況だ。軍師といえど、戦果もままならない今では、無い物ねだりもしてしまう。
そんな時だった。予備戦力……ではないが。
「お呼びかい?」
「ん? あなた方は……?」
並みの兵士よりかは遥かに強力であろう、筋骨隆々な戦士達が訪ねてきたのは。
♦ ♦ ♦
「くそッ! 多すぎだぜ!」
「確かに、文句の一つも言いたくなる数だ」
「それに、一体一体が手強い……!」
蒼吾、ガイ、リュウキの三人は戦場の中心で、背中合わせの大立ち回りを繰り広げる。
しかし、押し寄せる魔物を相手にし続け、すでに限界を迎えそうなほどに疲弊していた。
「くうッ……このままでは持たん!!」
「それでも諦めるな!! 援軍の到着までは、あとわずかなんだ!!」
「くっそぉぉ!!」
必死の抵抗で敵を倒していく三人。
どれだけ斬っても湧く魔物達を前に、ガイもリュウキも、蒼吾でさえも諦めかけていた。
その時。
三人にとっての救世主が、この場に颯爽と現れたのだった。
「オォラァァッ!」
迫る魔物を吹き飛ばすのは、鉄を纏う拳。
術式も着けずにこんな真似が出来るのは、蒼吾が知る中では、一人だけ。
「よう! 生きてっか?」
「おっさん!!」
ジーク・クエンサー。
かつて闘技大会で、蒼吾と力をぶつけ合ったり男が、そこに立っていた。
♦ ♦ ♦
「マジで助かったよジーク」
「なーに、礼なんざいらねえよ!」
残った魔物を蹴散らし、一時の休息を勝ち取った蒼吾達。
助太刀に入ってくれたジークに対し礼を言い、三人はその場に腰を下ろす。
「ようやく、一息つけるな……」
「それでも一時しのぎだ。奴らはまたすぐにでも来るだろう」
迎撃に成功こそしたものの、まだ戦いは続いている。
そんな不安を拭うように、ジークはむん、と自分の拳に力を入れる。
「安心しとけや小僧ども。おめェらがへばってる間は、俺の拳でなんとかしてやっからよ」
「はは……ほんと、頼りになるよ」
「それによ、助けに来たのは俺だけじゃねぇ」
振り返るジーク。三人もそれに続いて後ろに目をやるとそこには。
「おらああッ!」
「雑魚どもがぁ! この先には行かせねえよ!」
兵士とともに戦っているのは、レスタリカに滞在していたギルドや傭兵団のメンバー。
そして、闘技大会の出場者達だ。
蒼吾が見知っている者もいる。
ハーケンマイア、ブリックス、リハード。彼らもまた、レスタリカを守るために戦っているのだとジークは言う。
「ここは俺らの国、そんで俺らの戦場だ! 魔物なんぞに壊させやしねぇ!」
「……そうだよな。守らなきゃ、いけないよな!」
蒼吾は一息に立ち上がり、ガイとリュウキに手を伸ばす。
「二人とも。こんな戦争、さっさと終わらせてやろうぜ!」
「……ああ!」
「もちろんだ!」
手を取り、二人もまた立ち上がる。
戦士四名。
戦場を見据え、再びその中心へと向かう……。
♦ ♦ ♦
魔物を斬り伏せるガングレイヴ。
思わぬ援軍の来着……彼にとっては待望の来着であるが。
彼が呼び集めたギルド、傭兵団、闘技大会の出場者達のおかげで、戦況の維持はなんとか可能になった。
盛り返すにはまだ手が足らないが、それでも立ち向かうしかない。
「今度はこちらが打って出る番だ! 続けェ!」
刀をかざし、全軍に突撃の号令をかける。
連合軍の進んだ先に現れたのは……。
「あれは、魔物じゃない!?」
「ついにお出ましか、ガトリシズの獣人!」
狼や虎などの、大地を駆ける獣人族。
物量で勝る連合軍がずっと懸念していた、戦略を覆す戦術を持つ、圧倒的な力を誇る武人達。
「ガングレイヴ殿、どうすれば……!?」
「連携して討て! あれは俺でも手を焼く相手だ、絶対に一人で立ち向かうな!」
音に聞く獣人の姿に焦りを隠せない兵士達。
対してガングレイヴは、この状況にあっても冷静に指示を出す。
余裕を持てているわけではないが、指揮官として弱音を吐いてはいられないのだ。
「オオォーーーッッ!!」
鬨の声を上げる獣。
平原に響き渡る音に、兵士達は一瞬怯え……。
「なっ!?」
迫る獣人に対して、反応が遅れてしまう。
だが。
「やらせるか!」
蒼吾は、今まさに貫かれようとしていた兵士を突き飛ばし、左手に持つ刀で獣人の爪を受け止める。
すぐに体勢を整え、右手で片方の刀を鞘から抜き取る。
獣人の方も、もう一方の腕を伸ばし、防御を固める蒼吾に追撃を仕掛けんとする。
彼はそれを見切り、爪を防ぐ刀を流すように引く。すると獣人は攻めの勢いを両手に乗せてしまい……。
「はッ!」
構えられた刀に、自ら進む形になる。
蒼吾は身を屈め、構えた刃はそのままに。
抜けるように獣の身体を斬り裂いた。
「ぐが……ぁ……」
「……ごめんな」
魔物とは違う、明確な殺意以外の感情を持ち合わせた『人』を斬った感覚。
助けるためとはいえ、蒼吾はついに、刀で人を斬ってしまう。
自らの汚れた手を見つめる蒼吾。見かねたガングレイヴは、彼に近づく。
「ガングレイヴ、俺……」
「見事だったぞ、蒼吾。そしてありがとう。お前のおかげで、俺は仲間を失わずに済んだ」
戦争だから当然、などとは言わない。
守るために戦い、敵を倒した蒼吾に向けて、彼は賞賛の言葉のみを与えた。
「まだ戦いは続く。悪いが、頼むぞ」
「ああ。覚悟は決まってる……任せとけよ、ガングレイヴ!」
♦ ♦ ♦
侵攻軍の本隊、ガトリシズの獣人族を中心とした軍団との戦闘がついに始まった。
しかし、実力差は歴然。武力で劣る連合軍は、再び押し返されようとしていた。
────その時。
「ガングレイヴ殿! あれを!!」
「……! 来たか!」
「よし、持ち堪えていてくれたか!」
「ガトリシズ相手にここまでよく……見事なものだ」
エルローデ・リムサスとブランオード・マリス、両種族の長が率いるアリシバン軍。
「間に合ったみたいね、エンディオ」
「ああ。なんとかディクトに恩を売ってやれそうだ」
エンディオとルキノの姉弟が率いる、人機混成のゼルドヴィン軍。
要請していた援軍の全てが今ここに到着した。
「おお!! エルフとダークエルフと……なんだありゃー?」
「ゼルドヴィンの機人兵ってやつだろう。これでなんとか盛り返せそうだ!」
沸き立つ連合軍。
援軍は侵攻軍を挟むように現れた。反撃の好機は、今。
ガングレイヴは再び全軍に号令する。
「押し潰せェ!!」
「おおぉーーッ!!!」
シンガジマ、レスタリカ、アリシバン、ゼルドヴィン。そしてシーダム。
五つの大陸を結ぶ戦いも、ついに終結に向けて進み始める……。




