第4話・その力の名は、蒼紋
少女は目の前の状況が理解出来なかった。
名前も知らない男の子が、小さな二本の木の棒で、巨大な魔物と戦っていた。
なんのために?
自分のため?
いや、違う。彼は。
私を、守ってくれている?
ぼやけた視界が徐々に晴れていく。
彼はぼろぼろになりながら、血を流しながら、私に背を向けて戦っている。
彼が、吹き飛ばされる。
けれどまた立ち上がり、壁になる。
だが──魔物は容赦しなかった。
巨大な爪で、男の子を切り裂いてしまう。
傷だらけの男の子が、私のすぐ目の前で横たわる。
次は私の番か。
そう思った瞬間、今度は大きな木の板を持った男の人が走ってきた。
怒りに任せて魔物を叩いているように見える。
ちらり、と横たわる男の子に目をやる。
────まだ息がある。
私は、彼の意識に潜り込んだ。
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「あ、れ……ここは……」
目を覚ます。身体は動く。意識もはっきりしてる。
「俺、確かあの魔物にやられて……」
そうだ。女の子を守ろうとして、でも、全く歯が立たなくて、魔物の爪に切られちゃって……。
「死んだ……のかな」
「いえ。まだ死んではいません」
「うわっ!」
突然聞こえてきた声に驚いてしまう。振り返ると、そこには女の子がいた。
俺が守っていた、銀髪の女の子だった。
「はじめまして。私はフェイ。フェイ・レイネージュと申します」
「あ……は、はじめまして! 俺、高槻 蒼吾!」
緊張しながらも、なんとか名乗る。
こんなに綺麗な人と話すの、夢の中の女神さんくらいだったから、どうしても焦っちゃうんだよな。
「蒼吾さん……私を守ってくれて、ありがとうございます」
「い、いや! ……ごめんな、守ってやれなくて。あれ、でも俺、まだ死んでないんだよな?」
「はい。あなたは魔物にやられてしまいましたが、まだ死んではいません。と言っても、危険な状態ですが……」
魔物にやられた。その言葉を聞いて、少し落ち込む。かっこ悪いな、俺。
けど生きてるなら、早くここから戻らないと!
「フェイ! ガイはまだ戦ってるのか?」
「恐らく。あなたの仇を討とうと、魔物に向かっていきましたから」
あいつ……嬉しいけど、喜んでる場合じゃない。
「早くガイを助けに行かないと! フェイ、俺の怪我を治す方法とか、ないのか?」
「あります。ですが、今のあなたはほとんど死にかけなんです。助けるためには、特別な力をあなたに与える必要があります」
「特別な力……?」
おうむ返しをしてしまうが、聞かずにはいられなかった。
「聞いたことはないでしょうか?古来より伝わる“紋章”の力を」
父さんから聞いたことがある。
争いを幾度となく止め、今日まで続く平和を築き続けてきた者達。
そんな、いわゆる伝説の勇者が持っていた力。それは紋章と呼ばれていた。
「あなたを救うため、あなたが誰かを救うためには、この紋章をあなたに渡す必要があります」
「紋章を、俺が……!? 俺なんかでいいのか、フェイ?」
「……あなたの心なら。見ず知らずの私を守ってくれる、その心なら。この力を、間違った道に進ませることはないだろうと思いました」
フェイが真剣な眼差しで、俺を見てくる。
フェイは本気で、俺を信じてくれているんだ。
そう思うと、なんだか心があったかくなった。
なら、期待に応えてみせる!
「よっし! フェイ、紋章の力、もらうよ。バッチリ使いこなしてみせるから、見ててくれ!」
「分かりました……それでは右手の甲を、私に見せてください」
言われた通りに、右手をフェイに差し出す。
するとフェイが両手で、俺の手に触れる。
蒼い光が、俺の手を包んでいく。光はだんだんと強くなって、そして目の前を覆っていった────。
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蒼吾は死に、少女は目を覚まさない。
そんな中、俺は一人、必死に魔物と戦っていた。
「ぐっ!! はぁッ、はぁッ……くそっ……!! 蒼吾の……仇を……!!」
親友の命を奪ったこいつだけは……!
疲労と怪我とでぼろぼろの身体で、魔物に立ち向かっていく。俺は今にも地面に倒れてしまいそうだった。気力でなんとか持ち堪えているだけだ。
────そんな身体で集中力が保つ訳もなく。
俺は魔物に吹き飛ばされてしまう。
「ガッ……!!」
死ぬのか、俺は?
蒼吾の仇も討てずに、女の子も救えずに。
母さんのいるソムラも、守れずに。
魔物が眼前にまで迫る。
目を閉じて死を覚悟する。だが、魔物の爪が俺を貫くことはなかった。
「……?」
目を開けるとそこには、怯えたように後ずさる魔物の姿があった。
一体何に怯えているのかと、魔物の視線を追ってみる。そこには────。
「ようガイ! お互い、ぼろっぼろだな」
────そこには、蒼い刀身の双剣を持った、俺の親友が立っていた。
蒼い双剣。蒼吾の右手の甲にある、光放つ紋章。
それを見た俺は、父親から聞いたある話を思い出した。
大きな戦争の中心に必ず現れ、多大な戦果を残し、伝承となって語り継がれる英雄がいる。
その英雄は決まって、紋章をその身に宿していたという。
俺の親友は────高槻 蒼吾は、聞いたままの伝承の英雄と同じ力を持って、そこに立っていた。
その力の名は、蒼紋。