第41話・少年は荒野へ、少女は雪国へ
「驚いたな……まさか二人が、レスタリカからの使者だとは」
フランシス・カンパニーが用意した馬車に乗り、レスタリカ大陸からシンガジマ大陸へと向かった蒼吾、ガイ、そしてレーの三人。
シンガジマの首都ツキノミヤに到着した三人は城下町に赴くと、ちょうど町を視察していた軍師のシキと鉢合わせた。
「まっ、色々あってさ。俺達は使者っていうか、この人の付き添いみたいなもんだよ」
蒼吾が、後ろに控えていたレーを手招きする。
蒼吾に促され、シキの前に立つレー。二人は軽く会釈を交わし、レーの方から自己紹介を切り出した。
「はじめまして。レスタリカ大陸から使者として参りました、レー・リングフィンと申します。以後お見知り置きを」
「これはご丁寧に。自分はシキ・シホウ。こちらこそよろしく頼みます」
握手を交わすシキとレー。初対面だというのに、お互いに緊張した面は見られない。
レーは懐から書状を取り出すと、それをシキに渡す。シキはその書状に素早く目を通し、読み終えたのか無言で頷くと、書状を懐にしまう。
「用件は分かった。では、イズモ様の元に案内しよう」
城の方へと歩いていくシキ。蒼吾達もその後を追い、シキについて行く。
歩いている途中、蒼吾は城下町の様子が、普段とあまり変わっていないことに気付く。
これから戦争が起こるというのに、すれ違う人のほとんどが穏やかに過ごしている、と。
それともう一つ。
巡回している兵士達の一部が、少し険しい表情を浮かべていることにも気付いた。
不思議に思った蒼吾は、気付いたことをシキに問いかけようとするが。
動き出した体は、ガイの手によって制止された。
「ガイ?」
「今は口に出すな」
ガイはそれだけ言うと手を下ろし、再び前に向き直って歩いていく。
蒼吾は立ち止まって少し考えてみるが、町の人達と兵士達の雰囲気が対照的なこと、ガイが自分を止めた理由、この二つを結びつけることは出来なかった。
(足りない頭で考えても仕方ないか)
後で改めて聞いてみようと頭の中で呟き、蒼吾は少し距離が空いてしまった三人を追うために走り出す。
城まではもうすぐだ。
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「何故だろう……こうして城を歩いてると、とても新鮮な感じがするな」
「初めて来た時は、投獄されて、抜け出して、走り回って、木を切って、だったからなぁ」
「……お二人はここで何をなさってたんです?
シキに案内されながら、城の中を歩いていく三人。蒼吾とガイの会話に、事情を知っているシキは苦笑を浮かべ、レーは引き気味に驚いていた。
話しながら歩いていると、曲がり角に差し掛かる。道を曲がり先へ進むとそこには、美しい桜模様が描かれた、巨大な扉が見えた。
扉の前には、二人の兵士が立っていた。シキは彼らに近づいていくと、腰にぶら下げていた袋を渡す。
「サツキ君、オボロさん、お疲れさま」
「おお、シキ殿! ご苦労様です」
「ヘヘッ、いつもありがとうございます!」
シキから渡された袋を開け、顔を綻ばせるサツキとオボロ。休憩、ということは、恐らく中には食料などが入っているのだろう。だが二人は一旦、その袋を床に置き、扉に手をかけた。
木が軋む音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。
どうぞお通りください、と二人が言うと、シキが中に入る。
ガイとレー、蒼吾もこれに続く。二人の間を通り中に進んでいくとそこには、美しい桜模様が木製の床一面に広がっている、華やかな空間があった。壁にも桜の木の絵が描かれていて、思わず見惚れてしまうほど。
七眷龍の一人、ミデハの手によって地獄と化していた謁見の間の面影は、全く残っていなかった。この美しい光景こそが、本来の姿なのだろう。
彩り豊かな床の上を歩いていくと、玉座の間に辿り着く。その玉座の上には……。
「お待ちしておりました、皆さん」
神々しいオーラを放ちながら蒼吾達を見る、一人の女性がいた。
かつて蒼吾達によって救われた、ツキノミヤの王にしてシンガジマ大陸を治める者。
その女性の名は、イズモと言った。
「お会い出来て光栄です、イズモ殿。レスタリカ大陸より使者として参りました、レー・リングフィンです」
「イズモ・カミシロと言います。遠路はるばる、よくぞお越しくださいました」
玉座の前で跪くレー。ガイは流れるようにそれに続き、蒼吾も慌てたように二人の真似をした。
シキが玉座に近づき、レーに渡された書状をイズモに渡す。書状を読み終えたイズモは目を閉じ、悲しげな表情を浮かべながら溜息をついた。
「100年続いた平和が破られる日が来るとは、思いませんでしたね」
「イズモ殿。大陸を守るため、どうか力をお貸しください」
「俺達からも頼みます、イズモさん!!」
「このシンガジマも、レスタリカも、カムイ・グラムールの好きにさせる訳にはいきません……どうか!」
レー、蒼吾、ガイの三人は、跪く、というよりも土下座のような姿勢で、イズモに助力を求めた。
イズモは玉座から立ち上がり、レーに近づいていく。しゃがみ込んだ彼女はレーの肩に手を置き、どうか顔を上げてくれ、と言った。
「全大陸の危機です、私達が力を貸さない理由などありません。それに……
このツキノミヤを救った英雄の頼みとあれば、断ることなど出来ません」
蒼吾とガイの二人を交互に見るイズモ。
イズモにとって、彼らは自分とツキノミヤとを救った英雄だ。彼らへの恩義を、彼女は決して忘れなかった。
顔を上げる三人に微笑むイズモ。立ち上がると、シキに指示を出す。
「シキ、兵達を集めてください。向かいましょう、レスタリカ大陸へ」
「ハッ!」
謁見の間から去っていくシキ。蒼吾達もそれについて行こうとするが、その前に。
蒼吾とガイの二人は、四人を見送るイズモの方へ振り返り、勢いよく頭を下げた。
「イズモさん、ありがとう!!」
「リムスフィアは、俺達が必ず守り抜いてみせます!」
それだけ言うと二人は頭を上げて、レーを追って走り出していく。
感謝の言葉はむしろ、自分が言うべきだったのに。
「リュウキが言っていた通り……本当にまっすぐな方達ですね。あの方達なら、きっと……」
イズモは胸に込み上げた暖かい気持ちを噛みしめるように目を閉じ、両手を合わせて祈るように蒼吾達を見送った。
シンガジマ大陸の戦士達は立ち上がる。
ただ一つ、平和のために。
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湯気の立つコーヒーカップを片手に窓の外を眺めている、一人の男。
窓の外には、一面の銀世界が広がっていた。
「さて、そろそろかな……」
男がコーヒーカップを机に置くと同時に、部屋の扉がコンコンと音を立てる。
入るように促すと、一体の機械兵士が部屋の中へと進む。
「エンディオ様。お客人が参られました。お通ししますか?」
「頼む」
エンディオの指示を受けた機械兵士は、部屋の外にいる客人達を招き入れる。
機械兵士に代わり部屋へ入った、黒髪のポニーテールを揺らす女性と、銀髪の少女の二人。
黒髪の女性はなんとも軽い口調で、エンディオに語りかけた。
「久しぶりねぇエンディオ君。元気してた?」
「……君は相変わらずだな、フォルティス」
どれだけの時が経っても、自分への対応を変えないフォルティスへの挨拶もそこそこに。
エンディオは、銀髪の少女に目を向ける。
「フォルティスの相棒にしては若い子だね。名は?」
「は、はじめまして。フェイ・レイネージュと申します! よろしくお願いします!」
「エンディオ・リサンジュだ。こちらこそよろしく」
会釈を交わし合うエンディオとフェイ。
シンガジマ大陸と同じように、ここゼルドヴィン大陸にも。
戦争を止めるために動く者達がいた。




