第37話・勝負の行方、遮る焔
「オラオラオラオラァ!!」
「おおおぉっ!!」
蒼吾の天蒼刀とジークのガントレットが、何度もぶつかり合い、そのたびに金属音を響かせる。
やがてその打ち合いも終わり、二人が離れる。
蒼吾は息を荒げて、止まらない汗を拭う。刀を地面に突き刺し、立っているのがやっと、といった状態だ。
ジークは疲れた様子を全く見せずに、フンと鼻を鳴らし、腰に手を当てて平然と立っていた。
戦いを繰り広げた二人の今の姿は、とても対照的だった。
「はぁっ……はぁっ……!」
「なんだ坊主、もうへばっちまったのか?」
「ッ、誰が!!」
天蒼刀を地面から抜き、握りしめて駆け出す蒼吾。
蒼紋の力で、自身に速度上昇の能力を付与する。さすがのジークもこれは捉えきれないはず、と考え、踏み込んだのだが────。
「隙だらけだ」
耳元で声がしたと同時に、蒼吾は自分の腹に、何かが押し当てられていることに気づく。
そこにあったのは、ジークのガントレットだった。
「猪突猛進が俺に通用すると思ったのかぁ?」
蒼吾が気づいた時にはもう遅い。ジークは大地を踏みしめて、その拳に最大の力を込めて、攻撃を叩き込まんとする。
「その甘い考えごと、ぶっ飛ばしてやるぜ!!」
ジークの拳が、オーラのようなものを纏う。そして。
「ジークゥ! ナッッックルゥ!!」
ジークが拳を振り抜くと、蒼吾はものすごい勢いで壁まで飛ばされていった。
衝撃を消すことも出来ず、その勢いのまま壁に叩きつけられる蒼吾。
壁の破片がパラパラと落としながら、蒼吾は地面に倒れてしまった。
「こんなに強えとは思ってなかったぜ、おっさん……!」
「ガッハッハ! ま、俺は特別だからな!」
蒼吾は自身の正体を明かさなかった恨みも込めて言葉をぶつけるが、ジークはさして気にせず、豪快に笑い飛ばす。
その態度に更に怒りを募らせたのか、蒼吾は一息に立ち上がると、先ほどと同じように速度上昇の能力を付与し、ジーク目掛けて突撃。
攻め方を一切変えない蒼吾を見て、ジークは呆れたように首を振る。
「すばしっこくなったからなんだってんだ。ワンパターンじゃ観客も飽きちまうぜ?」
「言ってろ!」
徐々に速度を増していく蒼吾。対するジークも全く変わらない構えで、蒼吾に攻撃を叩き込もうとする。
だが蒼吾も、同じ轍を踏むわけにはいかない。
ただ進むだけでは、また腹に拳を打ち込まれるだけ。走りながら、どうすれば攻撃を避けられるかを考える。
一つだけ閃いた。
蒼吾にとっては非常に腹立たしい事実だが、ジークの身長は蒼吾よりもかなり高い。
腹を攻撃された時、ジークはかなり無理のある体勢をしていた。あれを連続して行うのは難しいはず。
身を屈める。いや、地面に密着するくらいの姿勢になれば。それを今の速さを維持したまま出来るなら。
(やってみるか!)
賭けのようなものだが、やってみるしかないと覚悟を決める蒼吾。
蒼吾は今の自分の速度を利用し、その勢いを維持したまま、新たな能力を念じる。
蒼紋が光り、能力が付与される。蒼吾はその足で、地面を滑り始める。自分が滑れていることを確認すると少し跳ね、スライディングの姿勢を作った。
ここにきてジークは、蒼吾の行動が一気に読めなくなった。
速いだけなら、待ち構えて叩けばいい。だがこの速度でのスライディングは、股下を潜り抜けることも可能。
(足を潰すか? いや、坊主相手にそりゃあねえな。なら……)
ジークの考えはこうだ。
どれだけの速さがあろうと、自分は結局待つ側だ。反撃のチャンスはいくらでもある。
股下を潜り抜けるなら掴んで投げる。自分の足を狙うなら掴んで投げる。スライディングを止めてから攻撃を仕掛けるのなら、また殴り飛ばす。
ジークは考えは定まったと言わんばかりの、決意を固めた表情で拳を握る。
蒼吾は勢いを衰えさせることなく進んでいく。そして、二人の視線が交錯すると。
「掴んで投げるのはやめだ!! トドメ刺してやるよ坊主!!」
ジークは拳を開き、その掌にオーラを纏わせる。オーラは蒼吾の腹を殴りつけた時よりも凄みを増しており、スライディングを続ける蒼吾の肌もピリつくほどだ。
それでも蒼吾は止まらない。ジークはそんな蒼吾を沈めるための、自身にとっての必殺技を放たんとする。
「喰らいやがれッ! ジークゥゥ……フィンガーーーッ!!」
ジークはオーラを纏った掌を、地面を駆ける蒼吾に伸ばしていく。
ジークの掌が地面を裂いていく。こんな攻撃を食らえば、ただでは済まないはず。
割れた地面から、わずかな砂煙が舞う。
その砂煙が晴れると、そこに蒼吾はいなかった。
「んだと!?」
ジークが驚きの声を上げる。地面を見てみると、何かを引きずったような跡があり、それを目で追うと────。
「滑旋双!!」
いつのまにかジークの背後に回り込んでいた蒼吾が、天蒼刀をジークに向けて振る。
ジークは左手のガントレットで咄嗟に防ぐが、しゃがむ姿勢を作っていたジークは、その攻撃により足元をぐらつかせてしまう。
決めるならここしかない。
蒼吾は一歩踏み込み、ジークの頭上から刀を振り下ろす。
だが、ジークもただでは終わらない。
不安定だった足を崩すことなく踏ん張り、右手のガントレットでその刀を弾き飛ばした。
「舐めてんじゃあ、ねえっ!!」
「うあっ!?」
左手に持つ天蒼刀が、離れた場所に突き刺さる。
今度は蒼吾の方が体勢を崩してしまいそうになるが、重さを増す能力を付与し、なんとか持ち堪える。
蒼吾とジーク。両者は一歩も譲らない攻防を繰り広げていく。
やがて右の手で握っていた天蒼刀も弾き飛ばされる。蒼吾もジークも、もはや勝負を続けるだけの体力は残っていない。
ならば後は、最後の一撃をぶつけ合うだけ。全身全霊の力を拳に乗せ、二人は駆け出す。
「うおおおっ!!」
「らあああっ!!」
蒼吾の拳はジークの右頬に向かって。ジークの拳は蒼吾の右頬に向かって。
二人の距離が徐々に、徐々に詰まっていく。
しかし、その拳はお互いの狙った場所に届くことなく空を切った。
肉薄するほどに近づいていた二人は、何かの気配を感じ取ったのか、勢いよくその場から飛び退いた。すると。
「おぉらっ!!」
蒼吾とジークが先ほどまで立っていた場所に、巨大な炎の柱が立ち上る。
騒然とする観客達。避けた蒼吾とジークも、驚愕の表情を浮かべていた。
やがてその炎の柱が消える。蒼吾があたりを見回していると、クツクツという笑い声が、彼の耳に届く。
声の主を探し、空を見上げると。
そこには、黒いローブと赤い髪を風に揺らす男が浮かんでいた。
「お前は……!?」
「悪いなぁ、勝負の邪魔をしちまって!」
地面に降り立つ男の服装。その黒いローブを蒼吾、フェイ、ガイの3人は見覚えがあった。
ソムラ、ハマシブキ、ツキノミヤで戦った者達。その名は────。
「七眷龍!!」
「ご名答。七眷龍が一人、赤龍・レバンツ!! レスタリカで呑気に暮らす連中に、いーいお知らせを持ってきてやったぜ!」




