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ドレッドノート  作者: 岩裂根裂
第3章・その矢、月の煌めきを纏いて
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第27話・小さき英雄、新たな旅立ち

 辺りもすっかり夜に染まった頃。

 俺は訓練を切り上げて、蒼吾とフェイがいる病室へと向かっていた。


 病室の前には、鼻息を荒くしながら扉の隙間を覗き見る、怪しい女がいた。


 「おし、行け……!キスしちゃえ、キス……!」


 「……何をやってるんだ、お前は」


 「ガイ!今ちょうどいいとこなのよ!」


 怪しい怪しいフォルティスが、俺を手招きする。

 俺は深いため息をついてから、フォルティスに近づき────。

 一緒になって覗いた。


 「止めると思ったのに」


 「俺だって気になるさ」


 目を見開いたフォルティスが「意外ね〜」などと言っている。俺自身、悪ノリしているな、と思う。

 だが、親友が初恋の相手と二人の時、何をしているのか。

 気にならないわけがなかった。


 中を覗くと、仲睦まじそうに話す蒼吾とフェイがいた。

 フェイはすっかり元気になっていて、俺は素直に安心した。

 この時だけは。


 「何も起こらないぞ……!」


 「蒼吾がお子ちゃますぎんのよ!あーもーじれったい!」


 俺とフォルティスは、食い入るように二人を見る。しかし、蒼吾は何も行動を起こさない。

 早く何か起きないものかと、扉に当てている手に力を入れる。

 この時の俺には、蒼吾達の話し声と、フォルティスの荒い息遣いしか聞こえていなかった。

 人の足音にも気づけないくらいに、釘付けになっていた。


 ふいに、扉が開く。

 扉を開けたのは、いつの間にかそこに立っていたリュウキだった。


 「うおっ……」


 「あらっ」


 扉に手を当てて体を支えていた俺とフォルティスは、そのまま体を倒し、扉を押し開ける。

 なだれ込むように部屋に入った俺達を、顔を赤くした蒼吾とフェイが見ていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「もうあんなことしないで下さいね」


 「ごめんなさい」


 「もうしません」


 ガイとフォルティスが突然部屋に入ってきた。

 フェイは凄まじい怒りのオーラを放ちながら、二人を説教していた。自業自得だな……。


 「全く、不埒な奴らだ」


 この二人には、さすがのリュウキもお冠みたいだ。


 「フォルティスはともかく、ガイがこんなことするなんて思わなかったよ」


 「すまん、出来心でつい……」


 「アタシはともかくってどういう意味よ」


 まさか覗かれてるなんて思わなかった。

 よっぽど恥ずかしかったのか、フェイはずっと頰を膨らませたままだ。


 「なあフェイ、二人も一応反省してるみたいだしさ。許してやろうよ、な?」


 「……蒼吾さんがそう言うなら。でも、次はないですよ!フォルティスさん!」


 「限定!?限定なの!?どうしてなのフェイちゃん!!」


 「日頃の行いのせいだろう」


 「あんたも一緒になって覗いたでしょうが!!」


 フォルティス以外の全員が、一緒になって笑う。フォルティスも釣られて笑っていた。


 笑い声も無くなったところで、フォルティスがフェイの頭を撫でながら切り出した。


 「ま、とにかくフェイちゃんが無事でよかったわ!苦労した甲斐があったってもんよ」


 デカいカエルに追われたり、デカい魔物と戦ったり……。

 アリシバン大陸では、本当に色々な事があった。シンガジマ大陸じゃ見られない物もたくさん見れた。

 そして初めての、俺以外の紋章の能力者との出会い。


 「リーフと会えなかったら、リカバ草も見つけられなかったんだよな。やっぱあいつには、感謝してもし切れないなぁ」


 「リーフ……?」


 フェイが首を傾げて俺を見る。そんなフェイに、俺はリーフとの出会い、リーフとの共闘。

 リーフが連れていた魔女のことを話した。


 「緑紋の能力者のリーフさんに緑の魔女フェアリさん、ですか……優しい人達だったんですね」


 「そりゃーもう!リーフなんか、誰かさんによく似たお人好しでね」


 フォルティスがニヤついた顔を浮かべる。誰かさんって、誰のことだ?

 ガイとリュウキ呆れたように首を振るだけで、何も言わない。フェイは変わらず微笑んでいる。


 俺だけが分かっていないのはなんとなく悔しかったけど、気にせずに思い出を語った。

 全ての思い出を語り終えると、フェイもアリシバン大陸に行ってみたかった、と言う。

 俺はフェイの手に両手を重ねる。


 「今度はフェイも一緒に行こう。リーフにお礼も言いたいしさ!」


 「はい!一緒に……」


 笑顔で見つめるフェイに、俺は照れ臭くなって顔を逸らしてしまう。

 そんな俺を、ニヤニヤとした表情で見る三人がいた。


 「いや〜イチャついてくれますね〜」


 「初々しくていいじゃないか」


 「俺達は邪魔者みたいだな……」


 「もっ、もちろんみんなも一緒だよ!な、フェイ!」


 フェイは少し残念そうな顔をしていたけど、頷いてくれた。

 笑い声に包まれながら、夜は更けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ツキノミヤで迎える朝。

 少しは骨休めの期間も必要だ、というリュウキの意見に乗って、俺達はツキノミヤを散策していた。

 相変わらずら至るところでサクラが舞っている、綺麗な街並みだ。

 俺とフェイは目を輝かせながら道を歩く。フォルティスも見惚れてるのか、何度か立ち止まってサクラの木を見上げていた。


 思い思いの時間を過ごしたあと、俺はリュウキのいる訓練場に向かった。

 扉を開けるとそこには、ちょうど訓練中のリュウキの姿があった。

 俺を見つけたリュウキが、汗を拭いて走ってくる。


 「もう散歩はいいのか?」


 「うん、堪能したぜ!だから、旅に出る前に……」


 「……なんだ?」


 「リュウキ。稽古つけてくれ」


 俺はリュウキをまっすぐ見つめる。リュウキは目を細めて、俺を見返す。


 「理由は?」


 「ハマシブキじゃ、俺はあんたに手も足も出なかった。でも、それじゃダメなんだ!俺は強くなりたい!一人で全部守れるくらいの、最強の英雄になりたいんだ!!」


 「……そうか」


 リュウキは俺に背を向けて、しばらく歩く。

 白い線の上で足を止めると、振り返って槍を俺に向けた。


 「少しだけ付き合おう」


 「そうこなくっちゃ!」


 鞘から天蒼刀を抜いて、構える。

 紋章の力を、少しは使えるようになった今なら、やれるかも!


 「行くぞ!」


 「来い!」


 踏み出すと同時に、右手が痛んだ。

 次の瞬間、自分でも信じられないくらいの速さで、リュウキに迫っていく。

 リュウキも驚いているみたいだ。この勝負、もらった!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 「もう終わりか、蒼吾?」


 「まだ、だ……!」


 急に始まった、蒼吾との稽古。

 計30本の打ち合いは、全て私が勝っていた。


 猛スピードで接近してきた時は流石に焦ったが、その後の行動は読みやすいものだった。

 蒼吾の戦い方は、一言で言えばがむしゃらだった。

 剣速と反射神経は大したものだが、技術がまるで足りていない。それに、剣も軽い。

 とてもじゃないが、こいつは最強を目指せるほどの器ではないと、私は感じた。


 「その程度か!」


 「くっそぉーーー!!」


 私の槍を、まるで未来を読んでいるかのように難なく避ける蒼吾。そこからの反撃を槍で受け止め、そのまま蒼吾を弾き飛ばす。

 蒼吾はすぐに体を起こし、再び私に向かってくる。ただがむしゃらに攻めてくるだけの蒼吾に、私は何度目か分からない叱咤を送る。


 「長い得物を相手にしている時に自分から攻めるな! 機を伺え、そして常に集中しろ!」


 「くっ……!」


 「耐えるんだ、反撃を叩き込めるその瞬間まで!」


 槍に押され体勢を崩した蒼吾に、私はトドメの一撃を繰り出す。

 何度も見た結果だ。この攻撃は防がれることなく、蒼吾の首元に当てられる。

 はずだった。


 「うああぁぁ!!」


 蒼吾が少しだけ胴体をずらす。私の槍は、蒼吾の脇を抜けていった。

 そうか。耐えたのだ、蒼吾は。

 そして今こそ。


 「だああっ!!」


 反撃のチャンスだ。

 私の右頰を、蒼吾の拳が打つ。


 「がっ……!」


 私は口元を歪めながら、見事な反撃だと、心の中で賞賛した。

 そのまま地面に叩きつけられる。そんな私に、蒼吾は慌てふためいた様子で駆け寄る。


 「リュ、リュウキ!ごめん!」


 「気にするな。今のは見事だったぞ、蒼吾」


 「……右手が、痛まなかった。今のは、俺の……?」


 「ああ。お前の、確かな成長だ」


 蒼吾が満面の笑みを浮かべ、両手を突き上げる。

 はしゃぐ姿は、やはり子供だな……。


 だが、心が安らぐと同時に。

 私は、蒼吾の夢について少し考える。


 「蒼吾。一つ助言をしておく」


 「なんだよ?」


 「一人で全部を守る必要はない。いや……一人で全部を守れる者などいない。忘れるな」


 「俺の夢は、叶わない……のか?」


 「すでに夢は叶っているだろう」


 蒼吾の胸に、トン、と拳を当てる。


 「守るべきものがある。守るべきものの為に戦える。最強でなくとも、お前はすでに英雄だ」


 蒼吾は私と、私の拳を交互に見つめる。

 よく分からない、といった表情をしている。


 「今は分からなくてもいい。だが、いつか気付くさ。夢の先にあるものに、な」


 蒼吾の胸をもう一度叩き、その場を後にする。

 訓練所から出ると、そこにはガイの姿があった。


 「リュウキ。蒼吾を見なかったか?」


 「中で寝転んでるぞ」


 ありのままを伝えると、ガイは呆れたような表情になった。

 扉を開けるガイを、私は呼び止めた。


 「ガイ」


 「なんだ?」


 「蒼吾をしっかり、支えてやれよ」


 柄にもないことを言ったな、と思う。

 少し恥ずかしくなり、俯いてしまう。

 だがガイは笑って、私にこう返した。


 「言われなくても支えるさ。それが俺の役目だ」


 笑いながら、ガイは去っていく。

 誰かに頼られ、誰かに問いかける。

 随分と懐かしい感覚だ。

 空を見上げ、誰に言うわけでもなく呟く。


 「俺も、もっとお前を頼るべきだったかな。クロキ……」


 私の独り言は、オレンジ色の空に溶けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 旅立ちの朝。

 リュウキ達が用意してくれた馬車の前に、みんなが集まる。


 「すまないな、ついて行きたかったんだが……」


 「自分かリュウキ。ツキノミヤにとっては、どちらも欠けてはならない存在だ」


 「気にするなって!また会いに来るからさ!」


 「そーそ、笑顔で見送ってよ!」


 フォルティスが言うと、リュウキは笑って、俺に右手を差し出す。


 「また会える日を楽しみにしているぞ、蒼吾!」


 「おう!!またな、リュウキ、シキ!」


 「世話になったな」


 「本当にありがとうございました、お二人とも!」


 馬車に乗り込む四人。

 リュウキと、シキ。そして、ツキノミヤの人達。

 俺達が見えなくなるまで、みんなは手を振ってくれていた。


 次なる目的地は、レスタリカ大陸。

 全大陸で一番栄えてるって言われてるこの大陸なら、もしかしたら……。

 フェイの姉ちゃんが見つかるかもしれない。

 俺は目を閉じて、新しい冒険の予感を感じながら、馬車に揺られていた……。

次回の幕間が終わったら、第4章突入です。

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