第27話・小さき英雄、新たな旅立ち
辺りもすっかり夜に染まった頃。
俺は訓練を切り上げて、蒼吾とフェイがいる病室へと向かっていた。
病室の前には、鼻息を荒くしながら扉の隙間を覗き見る、怪しい女がいた。
「おし、行け……!キスしちゃえ、キス……!」
「……何をやってるんだ、お前は」
「ガイ!今ちょうどいいとこなのよ!」
怪しい怪しい女が、俺を手招きする。
俺は深いため息をついてから、フォルティスに近づき────。
一緒になって覗いた。
「止めると思ったのに」
「俺だって気になるさ」
目を見開いたフォルティスが「意外ね〜」などと言っている。俺自身、悪ノリしているな、と思う。
だが、親友が初恋の相手と二人の時、何をしているのか。
気にならないわけがなかった。
中を覗くと、仲睦まじそうに話す蒼吾とフェイがいた。
フェイはすっかり元気になっていて、俺は素直に安心した。
この時だけは。
「何も起こらないぞ……!」
「蒼吾がお子ちゃますぎんのよ!あーもーじれったい!」
俺とフォルティスは、食い入るように二人を見る。しかし、蒼吾は何も行動を起こさない。
早く何か起きないものかと、扉に当てている手に力を入れる。
この時の俺には、蒼吾達の話し声と、フォルティスの荒い息遣いしか聞こえていなかった。
人の足音にも気づけないくらいに、釘付けになっていた。
ふいに、扉が開く。
扉を開けたのは、いつの間にかそこに立っていたリュウキだった。
「うおっ……」
「あらっ」
扉に手を当てて体を支えていた俺とフォルティスは、そのまま体を倒し、扉を押し開ける。
なだれ込むように部屋に入った俺達を、顔を赤くした蒼吾とフェイが見ていた。
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「もうあんなことしないで下さいね」
「ごめんなさい」
「もうしません」
ガイとフォルティスが突然部屋に入ってきた。
フェイは凄まじい怒りのオーラを放ちながら、二人を説教していた。自業自得だな……。
「全く、不埒な奴らだ」
この二人には、さすがのリュウキもお冠みたいだ。
「フォルティスはともかく、ガイがこんなことするなんて思わなかったよ」
「すまん、出来心でつい……」
「アタシはともかくってどういう意味よ」
まさか覗かれてるなんて思わなかった。
よっぽど恥ずかしかったのか、フェイはずっと頰を膨らませたままだ。
「なあフェイ、二人も一応反省してるみたいだしさ。許してやろうよ、な?」
「……蒼吾さんがそう言うなら。でも、次はないですよ!フォルティスさん!」
「限定!?限定なの!?どうしてなのフェイちゃん!!」
「日頃の行いのせいだろう」
「あんたも一緒になって覗いたでしょうが!!」
フォルティス以外の全員が、一緒になって笑う。フォルティスも釣られて笑っていた。
笑い声も無くなったところで、フォルティスがフェイの頭を撫でながら切り出した。
「ま、とにかくフェイちゃんが無事でよかったわ!苦労した甲斐があったってもんよ」
デカいカエルに追われたり、デカい魔物と戦ったり……。
アリシバン大陸では、本当に色々な事があった。シンガジマ大陸じゃ見られない物もたくさん見れた。
そして初めての、俺以外の紋章の能力者との出会い。
「リーフと会えなかったら、リカバ草も見つけられなかったんだよな。やっぱあいつには、感謝してもし切れないなぁ」
「リーフ……?」
フェイが首を傾げて俺を見る。そんなフェイに、俺はリーフとの出会い、リーフとの共闘。
リーフが連れていた魔女のことを話した。
「緑紋の能力者のリーフさんに緑の魔女フェアリさん、ですか……優しい人達だったんですね」
「そりゃーもう!リーフなんか、誰かさんによく似たお人好しでね」
フォルティスがニヤついた顔を浮かべる。誰かさんって、誰のことだ?
ガイとリュウキ呆れたように首を振るだけで、何も言わない。フェイは変わらず微笑んでいる。
俺だけが分かっていないのはなんとなく悔しかったけど、気にせずに思い出を語った。
全ての思い出を語り終えると、フェイもアリシバン大陸に行ってみたかった、と言う。
俺はフェイの手に両手を重ねる。
「今度はフェイも一緒に行こう。リーフにお礼も言いたいしさ!」
「はい!一緒に……」
笑顔で見つめるフェイに、俺は照れ臭くなって顔を逸らしてしまう。
そんな俺を、ニヤニヤとした表情で見る三人がいた。
「いや〜イチャついてくれますね〜」
「初々しくていいじゃないか」
「俺達は邪魔者みたいだな……」
「もっ、もちろんみんなも一緒だよ!な、フェイ!」
フェイは少し残念そうな顔をしていたけど、頷いてくれた。
笑い声に包まれながら、夜は更けていった。
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ツキノミヤで迎える朝。
少しは骨休めの期間も必要だ、というリュウキの意見に乗って、俺達はツキノミヤを散策していた。
相変わらずら至るところでサクラが舞っている、綺麗な街並みだ。
俺とフェイは目を輝かせながら道を歩く。フォルティスも見惚れてるのか、何度か立ち止まってサクラの木を見上げていた。
思い思いの時間を過ごしたあと、俺はリュウキのいる訓練場に向かった。
扉を開けるとそこには、ちょうど訓練中のリュウキの姿があった。
俺を見つけたリュウキが、汗を拭いて走ってくる。
「もう散歩はいいのか?」
「うん、堪能したぜ!だから、旅に出る前に……」
「……なんだ?」
「リュウキ。稽古つけてくれ」
俺はリュウキをまっすぐ見つめる。リュウキは目を細めて、俺を見返す。
「理由は?」
「ハマシブキじゃ、俺はあんたに手も足も出なかった。でも、それじゃダメなんだ!俺は強くなりたい!一人で全部守れるくらいの、最強の英雄になりたいんだ!!」
「……そうか」
リュウキは俺に背を向けて、しばらく歩く。
白い線の上で足を止めると、振り返って槍を俺に向けた。
「少しだけ付き合おう」
「そうこなくっちゃ!」
鞘から天蒼刀を抜いて、構える。
紋章の力を、少しは使えるようになった今なら、やれるかも!
「行くぞ!」
「来い!」
踏み出すと同時に、右手が痛んだ。
次の瞬間、自分でも信じられないくらいの速さで、リュウキに迫っていく。
リュウキも驚いているみたいだ。この勝負、もらった!
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「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「もう終わりか、蒼吾?」
「まだ、だ……!」
急に始まった、蒼吾との稽古。
計30本の打ち合いは、全て私が勝っていた。
猛スピードで接近してきた時は流石に焦ったが、その後の行動は読みやすいものだった。
蒼吾の戦い方は、一言で言えばがむしゃらだった。
剣速と反射神経は大したものだが、技術がまるで足りていない。それに、剣も軽い。
とてもじゃないが、こいつは最強を目指せるほどの器ではないと、私は感じた。
「その程度か!」
「くっそぉーーー!!」
私の槍を、まるで未来を読んでいるかのように難なく避ける蒼吾。そこからの反撃を槍で受け止め、そのまま蒼吾を弾き飛ばす。
蒼吾はすぐに体を起こし、再び私に向かってくる。ただがむしゃらに攻めてくるだけの蒼吾に、私は何度目か分からない叱咤を送る。
「長い得物を相手にしている時に自分から攻めるな! 機を伺え、そして常に集中しろ!」
「くっ……!」
「耐えるんだ、反撃を叩き込めるその瞬間まで!」
槍に押され体勢を崩した蒼吾に、私はトドメの一撃を繰り出す。
何度も見た結果だ。この攻撃は防がれることなく、蒼吾の首元に当てられる。
はずだった。
「うああぁぁ!!」
蒼吾が少しだけ胴体をずらす。私の槍は、蒼吾の脇を抜けていった。
そうか。耐えたのだ、蒼吾は。
そして今こそ。
「だああっ!!」
反撃のチャンスだ。
私の右頰を、蒼吾の拳が打つ。
「がっ……!」
私は口元を歪めながら、見事な反撃だと、心の中で賞賛した。
そのまま地面に叩きつけられる。そんな私に、蒼吾は慌てふためいた様子で駆け寄る。
「リュ、リュウキ!ごめん!」
「気にするな。今のは見事だったぞ、蒼吾」
「……右手が、痛まなかった。今のは、俺の……?」
「ああ。お前の、確かな成長だ」
蒼吾が満面の笑みを浮かべ、両手を突き上げる。
はしゃぐ姿は、やはり子供だな……。
だが、心が安らぐと同時に。
私は、蒼吾の夢について少し考える。
「蒼吾。一つ助言をしておく」
「なんだよ?」
「一人で全部を守る必要はない。いや……一人で全部を守れる者などいない。忘れるな」
「俺の夢は、叶わない……のか?」
「すでに夢は叶っているだろう」
蒼吾の胸に、トン、と拳を当てる。
「守るべきものがある。守るべきものの為に戦える。最強でなくとも、お前はすでに英雄だ」
蒼吾は私と、私の拳を交互に見つめる。
よく分からない、といった表情をしている。
「今は分からなくてもいい。だが、いつか気付くさ。夢の先にあるものに、な」
蒼吾の胸をもう一度叩き、その場を後にする。
訓練所から出ると、そこにはガイの姿があった。
「リュウキ。蒼吾を見なかったか?」
「中で寝転んでるぞ」
ありのままを伝えると、ガイは呆れたような表情になった。
扉を開けるガイを、私は呼び止めた。
「ガイ」
「なんだ?」
「蒼吾をしっかり、支えてやれよ」
柄にもないことを言ったな、と思う。
少し恥ずかしくなり、俯いてしまう。
だがガイは笑って、私にこう返した。
「言われなくても支えるさ。それが俺の役目だ」
笑いながら、ガイは去っていく。
誰かに頼られ、誰かに問いかける。
随分と懐かしい感覚だ。
空を見上げ、誰に言うわけでもなく呟く。
「俺も、もっとお前を頼るべきだったかな。クロキ……」
私の独り言は、オレンジ色の空に溶けていった。
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旅立ちの朝。
リュウキ達が用意してくれた馬車の前に、みんなが集まる。
「すまないな、ついて行きたかったんだが……」
「自分かリュウキ。ツキノミヤにとっては、どちらも欠けてはならない存在だ」
「気にするなって!また会いに来るからさ!」
「そーそ、笑顔で見送ってよ!」
フォルティスが言うと、リュウキは笑って、俺に右手を差し出す。
「また会える日を楽しみにしているぞ、蒼吾!」
「おう!!またな、リュウキ、シキ!」
「世話になったな」
「本当にありがとうございました、お二人とも!」
馬車に乗り込む四人。
リュウキと、シキ。そして、ツキノミヤの人達。
俺達が見えなくなるまで、みんなは手を振ってくれていた。
次なる目的地は、レスタリカ大陸。
全大陸で一番栄えてるって言われてるこの大陸なら、もしかしたら……。
フェイの姉ちゃんが見つかるかもしれない。
俺は目を閉じて、新しい冒険の予感を感じながら、馬車に揺られていた……。
次回の幕間が終わったら、第4章突入です。




