第26話・おかえり
馬車に揺られること数時間。
ツキノミヤに着いた俺は、ひたすらに走った。
フェイが待ってる。ただひたすらに、走った。
途中でガイとすれ違ったけど、手だけ振って走り去った。
「シキ!!持ってきた!!」
「おおっ!?」
フェイが眠っている部屋の扉を勢いよく開けると、そこには少し寝ぼけてるシキの姿が。
目の下のクマがすごい。体もふらついてる。俺よりよっぽど疲れてそうだ。
「こんな顔で出迎えて悪いな、蒼吾……」
「い、いや……大丈夫なのか?」
「なに、問題はない。それより、リカバ草を」
「はい、これ!」
シキにリカバ草を渡す。シキはそれをしばらく眺めた後、何かを決意したような表情になった。
「確かに受け取った。あとは任せてくれ」
「……頼む、シキ!!」
シキは微笑んで、扉を閉める。
扉を見つめていると、少し汗をかいたガイと、息を切らしたフォルティス、リュウキの三人がやってくる。
「着いたばっかで猛ダッシュってあんた……」
「元気があるにも程があるぞ……!」
「ごめん……すぐにでも渡したかったんだ」
「とりあえず三人、無事で何よりだ」
ガイがほっと息を吐き、俺の頭に手を置いてくる。一日とちょっとの間離れてただけなのに、かなり久しぶりな気がした。
「リカバ草はもう渡したのか?」
「うん。だからあとは……」
「シキを信じて待つだけ、ね」
三人と一緒に、頷き合う。
今はただ、シキと、フェイを信じて待つしかない。
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フェイが眠っている部屋の前に座り込んでいると、部屋の扉が開く。
中からは、満足そうな顔をしたシキが出てきた。
「治療完了だ。毒は完全にフェイから取り除けた」
「よっしゃあ!!」
「やったな、蒼吾!」
「ふーっ!苦労して採ってきた甲斐はあったわね」
「シキ、サンキュー!!」
「自分はただ薬を作っただけだ……礼は、いらない……うっ……!」
話しながら突然、シキの体が大きく揺れる。倒れそうなところをリュウキが支えた。
「……すまない、リュウキ……」
「気にするな。イズモ様と俺がいない間、よくツキノミヤを守ってくれた」
「蒼吾、フェイは、夜には目を覚ますはずだ……」
「シキを休ませてやりたい。すまないが、後のことは頼む」
「ああ。二人とも、ゆっくり休んでくれよ」
リュウキとシキの二人が去るのを見送ると、ガイに背中を押される。
「わっ!?何するんだよ、ガイ」
「フェイが目を覚ました時、誰かがいてやらないとだろう」
「そーね。側にいてやんなさい、蒼吾」
「お、おう……分かった」
そのまま二人にぐいぐいと部屋の中に押し込まれて、扉を閉められる。
部屋の中には、静かに眠っているフェイがいた。
「フェイ……」
大丈夫なのは、なんとなく分かる。
それでも、目を覚まさないと安心はできない。
俺はベッドの隣にある椅子に座ると、不安を紛らわすようにフェイの手を握った。
祈るように目を閉じて、そのうち、意識が沈んでいった。
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ここは、どこでしょう。
見渡しても見渡しても、周りには黒い壁しかありません。
「夢……?」
こんな夢なら、早く覚めてほしい。
私は楽しい思い出を浮かべながら、ぎゅっと目をつぶりました。
蒼吾さんと出会った思い出。蒼吾さんに抱きしめられた思い出。蒼吾さんと星空の下て、夢を語り合った思い出。
蒼吾さんと海を見た思い出。蒼吾さんに頭を撫でられた思い出。そして……。
「そうでした。私は、蒼吾さんを庇って……」
木を操る魔物から蒼吾さんを庇って、私は……。
「死んでしまったのでしょうか……?」
そう考えれば、この闇に満ちた空間にいる理由にも、納得がいきます。
ですが、何故でしょう。
涙が、止まりません。
「姉さんに、会えなかった……蒼吾さんにも、みんなにも、もう会えない……」
蒼吾さんを庇ったことに、後悔はない。
でも。でも。
せめてもう一度、会いたかった。
膝を折ってしゃがみ込んでしまう。もう立ち上がる気力もなかった。
そんな時。
この空間に突然、一筋の光が差し込んだ。
「これ、は……?」
温かい光が、この暗い空間を満たしていく。
ふいに、右手が誰かに引かれた。
「誰……?」
〔帰り道、分からない?〕
私は、今はもう一切の闇もない光の空間を、誰かに手を引かれながら歩く。
〔こっちだよ〕
「あなたは、誰……?」
〔わたしはあなた。あなたはわたし。でも今は、そんなことよりもほら!早く行こ!〕
目の前が、光に覆われていく。
〔全てここから始まるよ。あなたが望んだ明日が!〕
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「……ん……?」
俺はフェイの手を握ったまま、寝ちゃってたみたいだ。慌てて椅子から立ち上がって、大きく伸びをする。
「ん〜〜!よく寝たぁ……」
「相変わらずお寝坊さんですね、蒼吾さん」
「ははっ、寝ぼけすぎてフェイの声……が……」
目の前にいたのは、いつものように優しく微笑むフェイだった。
今、一番望んでいたこと。それでも、驚かずにはいられなかった。
「フェイ……!」
「はい。フェイです」
再び椅子に座って、フェイの手を握る。
あったかい。いつものフェイが、そこにはいた。
少しの間失っていた当たり前が、戻ってきてくれたんだ。
俺は溢れる涙を抑えきれずに、フェイに抱きついてしまった。
フェイは拒むことなく、俺の頭を抱えて、撫でる。
「フェイだ、フェイがいる……!よかった、フェイ……!!」
「はい……私は、ちゃんとここにいますよ、蒼吾さん……」
こんなところを誰かに見られたらどうしよう。
いや……誰に見られたっていいや。
フェイが目を覚ましてくれたんだ。
いいよな、これくらいしても……?
そうだ。抱きしめるのもいいけど、大事なことを言い忘れてた。
フェイから少し離れて、涙を拭いて。
俺は精一杯の笑顔を作って、こう言った。
「おかえり、フェイ!」
フェイは笑顔を見せながら、返す。
「ただいま、蒼吾さん」
俺にとっての長い、長い戦いが、今終わった。
蒼吾がよく脳内で話す人と、今回フェイの夢の中に出てきた人は、同一人物です。




