第17話・燃えよ命、地獄の淵で
「おおぉぉっ!」
天蒼刀を振り回し、周りを囲む木を斬っていく。斬っても斬っても増殖が止まらない木に、俺達はかなり消耗させられていた。
堪らず膝をついてしまう。
「くっそぉぉ……!」
「さすがに厳しいな、これは……!」
「だが諦める訳には……!」
「そんなこと分かって、ぐっ……!!」
イズモを助けなきゃ。仲間を守らなきゃ。何より、フェイの為に踏ん張らなきゃ。
心はそう思っていても、身体が言う事を聞いてくれなかった。
そんな中、フォルティスだけが涼しい顔で立っていた。
「何よ、もうへばってんの?情けないわねぇ」
「お前、すげーな……なんでそんなに平気そうなんだ?」
「こう見えて、そこそこ修羅場潜ってんのよ。ま、こんな化け物相手じゃあ、疲れんのも無理ないわね」
そう言うとフォルティスは、手に持っていた物を放り投げる。床に投げられたそれはスーッと透明になっていって、消えた。
同時に、何もない空間からフォルティスはまた黒く光る何かを取り出す。今度は二個で、さっきまで持っていた物よりも小さい。
「また新しいのが……なんなんだ、それは?」
「色んな呼び名があるけど、アタシは『銃』って呼んでるわ。レスタリカ大陸じゃ、そこそこ有名ね」
その二丁の銃を木に向けながら、俺達の前に立つフォルティス。
不安を感じたのか、リュウキがフォルティスに声をかける。
「何をする気だ、フォルティス」
「男連中がくたばってるんじゃ、アタシがなんとかするしかないっしょ?しばらく休んでな」
「けど、一人じゃ……!」
「いや。俺も行く」
ガイが大剣を支えにして立ち上がり、フォルティスの隣に並び立つ。
「ちょっとー大丈夫なの?誰かを庇いながら戦うなんて無理よ、アタシ」
「庇って貰おうなどとは考えていない。俺一人でも十分なくらいだ」
「強がっちゃって……ま、そういう事にしといたげるわ。────やるわよ」
「任せろ」
大剣を背中から抜いて構えるガイ。二つの銃をカチリと鳴らし、構え直すフォルティス。
木へと向かっていく二人の背中を、俺は見守ることしか出来なかった。
「くそっ!!」
下を向いて木を殴りつける。
何も出来ない自分が、悔しくて、情けなくて。
何度も、何度も、拳を叩きつけた。
戦う力を持ってても使いこなせないんじゃ、意味なんてない……!
「蒼吾……」
「リュウキ……俺、俺は……!」
そんな時、頭の中から声が響いた。
〔諦めるのですか?〕
えっ……!?
それは、いつか夢の中で聞いた、女神さんの声だった。
女神さんは優しい声で、俺に問いかけてくる。
〔あなたはここで、力に屈してしまうのですか?〕
違う……。
〔力がないから。そんな理由で、諦めてしまうのですか?〕
違う……!
〔あなたは守るべきものを、ここで失ってしまうのですか?〕
「違うっ!!」
立ち上がる。
足は震えたままだ。気合と根性、そして、誰かを守る為の意地が、俺を立たせている。
「フェイがいるんだ……守るって約束したんだ。仲間が、戦ってるんだ!」
天蒼刀を天に掲げて、叫ぶ。
「だから、絶対に諦めない!フェイもガイもフォルティスもリュウキもイズモも、ツキノミヤの皆も……!俺が絶対、守るッ!!」
喉が張り裂けそうなくらい、声を出した。
そのせいで、身体がぐらつく。
気合、入れすぎたかな……?
でも、俺の身体が倒れることはなかった。
俺にとっても、リュウキにとっても予想外の人物が、俺の身体を支えてくれていた。
「そうだ。諦めないでくれ!」
髭の生えた、少し冴えないこの顔は……。
「生きていたのか、シキ!」
リュウキと一緒にハマシブキを襲った、シキの顔だった。
ふらつく俺の身体をゆっくりと地面に下ろして、緑色に光る手を俺に当てる。
なんだか、身体の疲れが取れていく感じがした。
「シキ、なんで俺を……?」
「今戦っている、あの大剣の青年と銃を扱う女性は、このままでは疲労により倒れる。自分とリュウキも戦うだけの力は残っていない。魔女も先ほどから集中して何かを行っている。だから……」
シキが俺の手を握って、真剣な顔で見つめてくる。
「イズモ様を救えるのは、君だけなんだ。頼む、蒼吾君……どうかこのツキノミヤを、救ってくれ!」
「私からも、改めて頼む……蒼吾……!」
「リュウキ、シキ……」
参ったな。
そんな目で見られたら、断るなんて出来るわけないよな。
俺は天蒼刀をもう一度手に取り、シキに向き直る。
「シキ。傷の手当て、サンキューな」
「蒼吾……?」
「絶対助ける。ここで待っててくれ!」
二人とフェイに背を向けて、走り出す。
ガイ、フォルティス、待ってろよ!
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蒼吾達を守る為、フォルティスと二人で木との戦闘を開始してから、どれだけ経っただろう。
俺達はまだ、木に囲まれていた。
「フォルティス、まだ生きてるか!?」
「あったり前よ!けど……ちょっとヤバイわ、これ」
「何が────!?」
振り向くと、フォルティスが木に両腕を縛られてしまっていた。
「フォルティス!くっ……!?」
助けに行こうとしても、木が道を阻んでくる。
このままでは、フォルティスは……!
「あー……こりゃマジで、死んじゃうかもなー……」
「諦めるな、フォルティス!!必ず助けに……!ぐあっ!」
木を斬りながら進むが、届かない。何度も何度も押し返され、次第にフォルティスが遠くなっていく。
「フォルティスっ……!諦めるな!」
こんなところで、誰も死なせたくない。
いくら他人といえど、短い時間だったとしても、フォルティスは共に戦った仲間だ。見捨てるわけにはいかなかった。
それでも、届かない。
「くそっ……!!」
「……復讐も果たせずに、こんなとこで、死ぬのかぁ……」
フォルティスの身体を木が貫こうとする。
だが、その時。
「双撃襲!!」
突然現れた蒼い閃光が木を蹴り飛ばし、同時にフォルティスを縛っていた木を双剣で斬る。
「大丈夫か?ガイ、フォルティス」
蒼い閃光は、聞き慣れた声で俺達を呼ぶ。
「……蒼吾」
「おう!助けに来たぜ、二人とも!」
天蒼刀を地面に刺し、俺とフォルティスに手を差し出す蒼吾。
二人でその手を取り、立ち上がる。
「ふぅ。……まさかあんたに助けられるとはね」
「蒼吾にしては最高のタイミングじゃないか」
「助けてやったってのにそれかよお前ら!」
全く……とこぼしながら、蒼吾が木の方へ向き直る。
「ちょっと、やっつけてくる。二人は休んでてくれ」
そう言って笑う蒼吾の背中は、見たこともないような、頼り甲斐のある背中で。
俺にとってその姿は、まさしく英雄だった。
「行くぞ!」
蒼吾が駆け出していく。
一つ、また一つと木を斬っていき、凄まじい速さで玉座に近づいていく。
俺達は二人がかりで、全く進めなかったといううのに……。これが、蒼紋の力なのか?
いや、これは。蒼吾の、意志の力か。
「でやぁーっ!」
快進撃を続ける蒼吾。だがその前に、周りの木に比べて一際大きな木が何本も立ち塞がる。
「蒼吾!!」
「大丈夫だ、ガイ!俺は負けない!後ろにフェイが……お前らがいるんだから!」
蒼吾が言い終えると、天蒼刀が眩い光を放つ。
輝く天蒼刀を振り、大木を次々と斬っていく。
「いつかてっぺんの星を掴むまで、夢を叶えるまで!」
玉座を阻む、壁のように並ぶ木が驚異的な速さで斬られていく。
「俺は止まらない!二刀流奥義!!」
最後に残った大木に、さらに輝きを増した天蒼刀で斬りつけていく蒼吾。
「蒼極星ーーッッッ!!」
大木は跡形もなく消え去る。
玉座への道が、開かれた!
その時、フェイの声が室内全体に響く。
「皆さん、お待たせしました!『浄化の剣』、完成です!」
「おお、ついに!」
「蒼吾さん、今届けます!」
走り出すフェイ。再び現れる木をリュウキとシキが貫き、斬り裂く。
やがて俺達の周りにも木が出現した。フェイの道を開くため、それらを倒していく。
息を切らしながらも、蒼吾の元へたどり着いたフェイ。『浄化の剣』を受け取り、フェイの頭に手を置く蒼吾。
「お疲れさま、フェイ。後は任せとけ!」
「はい……!信じています、蒼吾さん!」
「よっしゃあ!期待に応えてやるか!!」
地面に刺した天蒼刀を踏み台にして、蒼吾が跳躍する。
そのままイズモに、浄化の剣を突き刺す蒼吾。
「元に、戻れぇぇーっ!!」
イズモの身体から光が溢れ、木を紫色に染める部分が霧のように消えていく。
蒼吾は飛び退き、しゃがみながらその様子を見ていた。
「はぁっ……はぁっ……やった……!」
蒼吾と共に、俺達も勝利の喜びを噛みしめる。
俺達はこの時、安心しきっていた。
ミデハがまだ、この場にいる事すら忘れて。
「くっ……!契約者、せめてあなただけでも!」
わずかに残っていた毒の木を蒼吾に向けるミデハ。
すぐにでも助けに行きたい。だが……。
「ぐっ……!身体が、まだ……!」
「この位置じゃあ、射撃も……!」
「逃げるんだ、蒼吾!!」
リュウキが必死に蒼吾を呼ぶが、蒼吾ももう動けないようだった。
誰もが諦めかけていた、その時。
銀の光が、目の前を横切った。
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「う……あれ、俺……生きてる……?」
目を開けると、腹部が暖かかった。
触れてみると、それは血だった。……あの木は、避けられなかったのか。
────いや。
痛みが、ない。
身体中は痛いけど、何かに貫かれたような痛みはない。
じゃあ、この血は……?
身体を動かそうとしたけど、動かない。
下を向いてみる。
そこには、見慣れた銀色があった。
「………………え?」
それは、俺をかばうようにして倒れるフェイだった。
フェイ、あの木から俺をかばって……?
「う……うそ、だろ?フェイ……おいフェイ、フェ…………」
何度か揺すってみる。フェイは、目を開けなかった。
「フェイーーーーーッッッ!!」




