第15話・牢屋脱出、地獄への到達
ツキノミヤ王宮の地下にある、薄暗い牢屋。
俺達はまだそこに座っていた。
フォルティスの言う何かは、まだ起きていない。
「何も起きないな」
「……そもそも、何かってなんなんだろうな?」
「考えられるのは、占い師が裏切る……などでしょうか。リュウキさん、それにシキさんという方は、占い師をあまり信用していないようでしたし」
確かにあり得るかも。
俺達の拘束は、占い師を通してイズモって人から命じられた……って言ってた気がする。
そんな占い師の事を、リュウキとシキはよく思ってないみたいだった。イズモがいなかったら絶対に従ってなかったはずだ。
「あいつらと話して、納得させられれば……イズモから占い師を引き離せるかも?」
「そうだな。あの二人を味方につけられれば、この状況を打開出来る可能性はある」
「その為にもこの部屋を出ないと、ですね。出る方法は分からずじまいですけど……」
ここで俺は、一つだけ案を出してみた。
「そうだ!この扉、フェイのガンビットで壊せたりしないか?」
フェイが目を閉じて両手を握る。
すると、フェイの周りが少しずつ、青く光っていく。そういえば初めてガンビットや人形を見た時も、こんな光から作ってったっけ……。
けどその光はすぐに消えてしまう。フェイは目を開け、ふう、と小さく溜め息をつく。
「魔力が安定していないのか……私の魔法が、この牢屋では使えないんです。恐らく脱出を防ぐために、魔力を封じる術式が施されているのかもしれません」
「マジか!本当に八方塞がりって感じだな」
「結局、今俺達に出来る事は何もないか……」
三人で溜め息をついてしまう。
こんなとこでじっとなんてしてられないってのに……このままじゃ本当に旅が終わっちまう。
俺はゴロンと寝転がり、目を閉じる。
その時。上からかなり大きな音が響き、牢屋を激しく揺らした。
「な、なんだ!?」
「地震、でしょうか……!?」
けど揺れはすぐに収まった。
「いや、地震にしては短い。この建物だけが揺れたのか?」
オロオロと慌ててしまう俺とフェイ。そんな中、ガイが壁に手を当てて問いかける。
「フォルティス。これがお前の言っていた、何かか?」
「……ええ。始まったわ」
その声を聞いた俺も、壁にトン、と手を当てる。
「あんたは、上で何が起こってるか、知ってるのか?」
「いーや、細かいことは知らないわ。ただ……」
「ただ?」
「あのイズモとかいう子が、占い師にヤバイ事されてんのは確かよ」
ヤバイ事ってなんだ?
気になったけど、この場は追求しない事にした。
とにかく、このままここにいるのはまずい。でも動く事も出来ない。そんな時、地下室の扉が勢いよく開けられた。
「お前ら!今すぐに逃げろ!」
「この王宮、もうやばいっす!」
「助けに来ました〜」
「あんたらは……!?」
「通りすがりの、看守三人組だ!今鍵を開ける、少し待っていろ!」
看守三人組に鍵を開けてもらい、外に出る。
「ようやく出れた……ありがとな!」
「フン、礼には及ばん」
「恩返ししただけっすから!」
「これで貸し借りなし。ですね〜」
「恩返し、って……?初対面だよな?」
「……とにかく、義理は果たした!お前達!謁見の間には、絶対に近づくなよ!絶対だ!分かったら、さっさと逃げるんだぞ!」
言い終えると、看守達は慌てた様子で地上へ走っていった。あいつら、どっかで聞いたような声だったな……?
俺達もすぐ地上に行こうと思ったけど、足元に光っている何かを拾うため、足を止めた。
「これって……鍵か?」
「みたいだな。奴らが落としていったのか」
俺達が入っていた牢屋の鍵はまだ刺さったまま。だとするとこの鍵は、フォルティスの牢屋の……?
俺は迷わずに、その鍵を鍵穴に差し込んだ。扉はすんなりと開き、中には目を細めながら笑う、黒い髪をポニーテールにまとめた女の姿があった。
「へぇ……アタシを助けようっての?大したお人好しね、あんた」
そんなフォルティスに、俺は右手を差し出す。
「……なんの真似?」
「フォルティス、一緒に来てくれないか?今回の敵、ちょっとやばそうなんだ」
「手伝えっての!?言っとくけど、死ぬのはゴメンよ」
「死なせるつもりなんてない。俺達も死ぬつもりはないぜ!それにさ、罪もないのにこんなとこ閉じ込められて、腹立つだろ?一緒に占い師って奴、懲らしめてやろう!」
俺が言い終えると、フォルティスは悩むように、首をひねりながらうーんと唸る。
しばらくするとフォルティスが立ち上がり、俺の手を掴んだ。
「いいわ。面白そうだし、ちょっとの間だけ組んだげる。あの占い師、気に入らないしね」
「よっしゃ!改めてよろしくな、フォルティス!」
「……よろしく」
「よろしくお願いしますね!」
三人から、四人へ。
ガイはちょっと不満そうにしてたけど、気にしない。
階段を駆け上り、俺達はついに地上に出た。
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地上に出た俺達は、ただただ走っていた。
だって俺達。
丸腰なんだ。
「なんか違和感あると思ってたんだよな!」
「なら先に言え!!」
「まあまあガイさん、落ち着いてください」
「アタシなんか、牢屋に入ってた理由なのにすっかり忘れちゃってたわ。タハハー!」
「笑い事か!!」
「そうだよ、笑ってる場合じゃない!早く武器を見つけないと!」
王宮の通路をひた走る。
通路の角を曲がると、そこには王宮の兵士達が。
「ん!? 貴様ら、脱走者か!」
「逃がすな! 捕らえろ!」
武器を構え、こっちに向かってくる三人の兵士。俺達を逃がしてくれたのは、この王宮の看守のはずなのに、なんでまだ兵士が襲ってくるんだ?
理由は分からないけど、とにかくまた捕まる訳にはいかない!
「フェイ、ここならガンビットは使えるか?」
「行けます!」
「よし、なら突破できるな!」
「どうするんだ?」
「逆に奴らをとっ捕まえて、武器の場所を聞き出してやるんだ!」
左の手のひらに拳を当て、パン!と鳴らす。
ガイとフォルティスが隣に立つ。同時にフェイのガンビットが五機、俺達の周りに展開される。
「ガイ、フォルティス、やるぞ!」
「気は乗らないが、仕方ないか」
「アタシ好みの作戦だわー。そんじゃフェイちゃん、援護よろしくぅ!」
フェイのガンビットが兵士達の足元を撃つ。
兵士達は動揺してる、今がチャンス!
「いっくぜぇぇ!」
「無茶するなよ、蒼吾!」
「熱血バカねぇあんたら……とりあえず、やりますかぁ!」
三人一斉に飛び出し、一対一の構図を作る。
相手が武器を持ってようが、ビビるもんか!勝負は、最初にビビった方の負けだ!
「くっ……! 抵抗するなら、子供だろうと!」
「こいつ……! リュウキもそうだけど……!」
兵士が槍を突き出してくる。
俺はギリギリのところで、槍を跳んで避ける。
そのまま槍の上に乗り、兵士目がけて蹴りを繰り出す!
「なっ……サルか、こいつは!?」
「子供子供って、うるせぇんだぁーーっ!!」
「ぐっっっぼ!?」
渾身の蹴りが、兵士の顔面に炸裂する。
痛みに耐えられなかった兵士はそのまま地面に倒れこんだ。
「子供を甘く見るからだぜ、オッサン!」
「こっちも終わったぞ」
「フェイちゃんの援護のおかげで余裕だったワ。ありがとね!」
笑顔を浮かべて親指を立てるフォルティス。それを見たフェイは、頰を赤くして、照れたようにはにかんでいた。
俺達もその様子を見ながら安心して笑っていると、フォルティスが兵士に近づいていく。どかっと座り、兵士の顔を食い入るように見つめている。
「さぁーて……武器の場所教えてよ、オジサマ」
さっきまでの笑顔とはまるで違う表情を見せるフォルティス。
そんな様子に、恐怖が限界に達した兵士の一人は、気を失ってしまう。
「あらら。根性ないわね、このオッサン」
「いや、今の顔は怖すぎるって。な?」
「俺に同意を求めないでくれ……」
「フォルティスで無理なら、フェイかなぁ……フェイ、ちょっと聞いてきてくれるか?」
「はい!」
ガンビットの展開をやめ、優しい笑顔を浮かべながら兵士の元へ歩いていくフェイ。
しゃがみ込んで兵士に話を聞いているみたいだ。さっきの兵士とは打って変わって、落ち着いた表情で話している。
「さっきと同じことやってるとは思えねーな……」
「天使と悪魔が目の前にいたら、誰だって天使と話したいに決まっている」
「誰が悪魔よ、誰が」
軽口を叩き合っていると、フェイが戻ってくる。
「なんとか聞き出せました!蒼吾さん達の武器は、三階の武器庫にしまってあるそうです。そして、その階層には、謁見の間もあると」
「そ。ならサクッと武器を回収して、そのまま謁見の間に向かいましょっか。騒動の原因くらい、突き止めて帰んないとね」
「おう! 三階に急ごう!」
武器庫と、謁見の間。
二つの目的地を目指し、俺達はまた走り出す。
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「フォルティスお前……ほんとにその荷物持ってるだけで捕まったの?」
「そーよ。全く意味わかんないわよねぇ、旅に必要な最低限の道具くらいしか入らないっつーの」
ちょっと前まで俺は、武器を大量にしまっている巨大な箱や、そもそも巨大な武器なんかを想像していた。捕まるくらいなんだ、見るからに怪しいモノを持っていたんだろうと思ってた。
全くそんなことはなかった。
「しかし、思ったより難なく回収出来たな」
ガイの言葉通り。俺達は誰にも邪魔されることなく武器を回収した。
なぜか武器庫の周りに、誰もいなかったんだ。
謁見の間って、イズモがいる場所のはずなのに……その謁見の間がある階層に兵士が一人もいないなんておかしい。
「様子が変だ……謁見の間に急ごう、みんな!」
武器庫を後にして、謁見の間を目指す。四人で脇目も振らずにひた走る。
やがて謁見の間の扉にたどり着くと、なぜか身体が震えた。
「この中には、一体何がいるんでしょうか……?」
「分からん。だが、確かめて見ないことには始まらん」
「だな。……開けるぞ」
異常な気配に身体を震わせながら、ゆっくりと扉を開いていく。
扉の先にあったのは……。
紫色を帯びた木と、人の死体に埋め尽くされた、まるで地獄のような光景だった。




