第14話・太陽の届かない場所、緑龍の策謀
「君達を、拘束する!」
「は……はぁ!?」
突然やってきた、ツキノミヤの警備隊を名乗る連中に、俺達は拘束される?
状況が全く飲み込めないぞ。リザルカってやつが襲ってきたのにも納得してないってのに。
「なぜ俺達が拘束される?教えてくれないか」
ガイが一歩前に出て、槍を持つ男……リュウキに質問する。けど答えたのは、リュウキの隣にいる、髭を生やした一人の男。逆手に持つ剣を揺らしながら、男が歩いてくる。
「最近ツキノミヤに現れた占い師がこう言った。紋章を持つ少年と傍らにいる少女は、この大陸に災いをもたらすとな。あの占い師は信じられなかったが……どうやらその通りだったようだ」
占い師?災い?
また訳の分からない単語が出てきた。
「しかし、シキ……拘束しろとは言われたが、こんな子供達が、町の人間を襲ったのか?俺は信じられん」
「事実はどうあれ、イズモ様が拘束を命じたんだ。自分達は従うしかないよ。それにイズモ様は、あの占い師を随分と信用しているようだからね」
会話を終えて、顔をしかめるリュウキ。その手に握られた槍を俺達に向けながら、ゆっくりと歩いてくる。
「すまないがついて来てもらうぞ。大丈夫、抵抗しなければ危害は加えない」
「ふざけんな!訳も分からず連れてかれてたまるか!」
「……どうするつもりだ、少年」
「押し通るに決まってんだろ!」
天蒼刀を構えて、リュウキに走って向かっていく。けど────。
「遅い!」
「なっ……!」
俺が突き出した刀は簡単に弾かれ、町の床に刺さる。首元に槍を当てられ、俺は動けなくなってしまう。
「蒼吾さん!」
「近づかないでもらおう」
俺のところに行こうとしたフェイ。ガンビットを構えて走り出したけど、その動きは、髭の男……シキに止められてしまう。
今の俺は人質みたいなもの。俺がいる限り、ガイも動けない。
「槍に刀で勝つには、相当の技量が必要だ。今の君では、何度やっても結果は同じ。さて、どうする?」
「く……くそっ……!」
左手に持つ刀を地面に落として、へたりと腰を落とす。そんな俺を見て、リュウキは一言。
「……すまない」
そう言って歩いていく。
周りの兵士達に指示を出したようで、俺の周りを兵士達が取り囲む。天蒼刀も取られた。
俺達は、負けた。
でも、そんな俺達を、町の人が助けてくれようとしたんだ。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
「全く軍の連中はよぉ!子供を寄ってたかっていじめやがって!」
「そうよそうよ!そっちの大剣のお兄さんなんか、アタシを助けてくれたんだから!」
騒ぎ立てる町の人達。俺達をなんとか助けようとしてくれているのが分かると、胸の奥が熱くなった。
そんな町の人達を、シキが一喝する。
「黙れ!!」
一転して静まり返る、ハマシブキの町。
シキは続けて言う。
「これ以上邪魔をするなら、自分達にも考えがある。イズモ様に進言し、この町に住めないようにしてやる事だって出来るんだ」
冷たい目つきで町の人達を睨むシキ。
俺も思わず震えてしまうくらいの威圧感だった。
町に住めなくなる。そんな事を言われては、兵士のやり方に口など出せない。
これ以上町の人に迷惑はかけられない。そう思っていると、拘束から抜け出したフェイが笑顔で言う。
「大丈夫です、皆さん。またいつか戻ってきます。私の姉を一緒に探してくれて……ありがとうございました」
この人達は、俺とフェイの話を聞いて、親身に接してくれたんだ。
そんな人達を困らせたくない。フェイの優しい気持ちからくる言葉に、俺は少しだけ悲しくなってしまった。
俺達の旅、こんな結果で終わるのか……?
兵士が俺達を馬車に乗せる。
馬車がツキノミヤへの道を進む間、俺達は何も話せなかった。
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「着いたぞ。降りてくれ」
馬車が止まり、リュウキに降車を促される。
見上げるとそこには……。
桜都の名前にぴったりの、綺麗な桜の木が咲き誇る都があった。
……こんな気分じゃなかったら、素直に喜べたんだけどな。
「ついて来い」
俺達は町ではなく、裏道を通って城の地下へと連れていかれた。
さらし者にはしたくないっていう配慮とかかな……なんて考えていると、薄暗い通路にたどり着く。
数本のろうそくに照らされる鉄格子。俺達はずっと、ここで過ごしてくのか……。
「……イズモ様への報告が終わったら、呼びに来る。大人しくしているんだぞ」
そう言って去っていくリュウキ。不気味な薄暗い空間に取り残された俺達は、同時にため息をつく。
「「「はぁ〜っ……」」」
「まさかこんな事になるなんてなぁ」
「ああ。捕まるとは思わなかった」
「私達、これからどうなるんでしょうか……」
「怪しいのは、占い師だ。そいつがイズモ様によからぬ事を吹き込んだんだろう。今までシンガジマ大陸が平和だったのは、イズモ様のおかげだからな……」
「とにかくなんとかしてここから出よう!占い師ってやつには色々と聞いてやらないとな」
俺達は立ち上がり、何かないかと壁や床に手を当ててみる。
そうしていると、壁で隔てられた隣の部屋から、声が聞こえてきた。
「あー無理無理。脱出する方法なんてないわ。大人しく待っときな」
さっきまでは気配だって感じなかったのに……。
とりあえず、情報を交換してみることにした。
「俺、高槻 蒼吾。あんたは?」
「アタシはフォルティス、フォルティス・トゥード。あんたらより前に、ここにぶち込まれた、カワイソーなお姉さんよ」
ニヒヒ、と笑いながらそう言って、壁にもたれかかるフォルティス。
「俺はガイ。一つ聞かせてくれ、なぜ捕まっている?」
「持ってる荷物が怪しい、ってだけで牢屋行きよ。迷惑しちゃうわよねぇ……あんたらも、冤罪で入れられたクチ?」
「私達もよく分かっていないんです。占い師という方が怪しいという事は分かっているんですが……」
「占い師……あー、あの緑の髪の女ね。ま、とにかく脱出は無理よ。今はね」
「……今は?」
「もうしばらく待ってれば、その占い師のボロが出るはずよ。だから今は下手に動かない。何かが起きるまでは、ね」
フォルティスは意味深な発言を残すと、隣の部屋から寝息が聞こえてくる。寝るの早いな……。
納得いかなかったけど、脱出する方法が無いっていうのは嘘じゃないみたいだ。
俺達も壁にもたれかかって、少し休む事にした。
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「ハマシブキでは悪かったな、シキ」
「気にしないでくれ、リュウキ。軍師なんていうのは、役回りが損なくらいがちょうどいいのさ」
「だがああしなければ、兵士達が何をしていたか……本当に助かったぞ」
「止してくれよ……」
桜都ツキノミヤの王宮をシキと並び歩く。
そんな私の心は、揺れていた。
「今回の拘束命令、他大陸への侵攻準備……あの占い師が来てから、イズモ様は変わってしまわれた」
「そうだな……けど、自分達の役目は変わらない。ただイズモ様をお支えするだけだ」
「しかし、あの占い師は危険だぞ!」
「分かっている。けど今の状態も、いずれ占い師が動く時までだ。少しだけ、辛抱してくれ」
「……分かった。お前の判断を、信じよう」
「助かるよ、リュウキ」
シキは頭が切れる。だからこそ、ツキノミヤ全体を管理する軍師の名を授かっている。
勇のリュウキ、智のシキ。私達はツキノミヤにおいてそう呼ばれており、その名に誇りを持っていた。
だが今は違う。
従いたくもない命令に従い、ただ戦い、ただ練兵する日々。
このような場所で……私の信じる正義など、貫けるはずもない。
シキも同じ考えのはずだ。
あの占い師が来てから……イズモ様も、私達の生活も、変わってしまった。
考えていると、イズモ様がいる謁見の間をたどり着く。
「失礼します!リュウキ・ツカサ、入ります!」
「シキ・シホウ、入ります。魔女とその契約者の拘束に成功した旨を、ご報告に参りました」
私達が部屋に入ると、目を細める占い師と、玉座にお座りになっている白い髪の小さい女の子がいた。……彼女こそが、イズモ様だ。
シキと二人、首を垂れながら座る。
「うむ。大儀であった。では二人には引き続き、軍備強化を命ずる」
イズモ様は見た目こそお若いが、かなりの高齢だと聞く。ツキノミヤに伝わる秘術により、お若い頃の姿を保てているのだとか。
────今はどうでもいい事だったな。
まずは真意を問いただす。ここ最近はイズモ様にお会いする機会も少なかった。魔女拘束を終え、ようやく拝謁が叶った。
「イズモ様。私達が拘束した、魔女と契約者。彼らは、まだ小さい子供でした。そして、災いをもたらすと占い師殿は仰っていましたが、私にはとてもそうは見えませんでした。イズモ様のご意見をお聞かせください」
「そんな事、あなたが知る必要は……」
「口を挟まないでもらおう、占い師殿。私はイズモ様に聞いている」
私の言葉に、苛立った様子を見せる占い師。
奴がイズモ様から離れれば、すぐにでも動けるものを……。
そして、イズモ様が口を開く。
「お前達はただ、妾の命に従っておればよい。一兵士が王に意見を述べるなど…」
だが、イズモ様は話すのを突然やめる。
震えている……?何か、様子がおかしい。
そんな中、占い師がイズモ様から離れていく。
「あらら……もう限界みたいね。シンガジマが滅ぶとこ、見てみたかったけど……」
「シンガジマが滅ぶ……!?何を言っている占い師!」
「キャハ!私、ほんとは占い師なんかじゃないわよぉ。私はぁ〜……」
纏っていた気配を、異質なものに変えていく占い師。
「七眷龍の一人、緑龍・ミデハちゃん!よろしくねぇ〜」
「七眷龍、だと?」
「そ!……あ〜、ちなみにイズモちゃんにはね〜。ちょっと特殊なお薬を打ち込んじゃったの。だからぁ〜」
イズモ様が立ち上がる。目は虚ろで、何かうわごとのようなものを呟いている。
「シンガジマ大陸が滅ぶまではいかないけど、ツキノミヤは滅んじゃうかも〜!キャハハ!」
人の笑い声にここまで苛立ったのは初めてだ。このような者が『龍』を名乗るなど……!
「ミデハ、貴様……!!」
「リュウキ!奴の事はいい、まずはイズモ様を!」
「ハッ……そうだ!イズモ様!」
イズモ様の元に駆け寄る。イズモ様はぜぇぜぇと息を切らしていたが、まだ意識はあるようだ。
「リュウ……キ……シ、キ……にげ……」
「何を……!?」
「逃げろぉぉぉぉぉあああアアアアアア!!」
イズモ様が叫ぶと、彼女の身体から大量の木が溢れ出てくる。
なんだこれは……!?
「イズモ様!!」
「緑龍ミデハ……やってくれたな……!」
おぞましい姿へと変貌してしまったイズモ様。
私達はその姿を見て、ただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。




