第13話・潮風に吹かれて、七眷龍再び
目が覚める。
修行が終わって、ウズマキ亭に帰って、拗ねたフェイの機嫌をなんとか取り戻して。
俺達の旅の一日目は、結構充実して終わった。
だからなのか、身体中が痛かった……。
「ふっ……あ〜〜〜ぁ」
過去最高のあくびを決めながら身体を起こす。辺りを見渡すと、フェイの姿はなかった。
「朝一番に見るのがガイの寝顔かよ、ったく!」
そのままベッドを降り、カーテンを開ける。
太陽はいつも通りだけど、窓から見える景色はいつもと違う。町並みも雰囲気も、全部が。
ウズマキ亭は海から少し離れた場所にある。けど、そのおかげで波の音が静かに聞こえてきて。
なんだかとても癒される。
しばらく海を眺めていると、フェイが戻ってきた。
「フェイ、おはよ!」
「おはようございます、蒼吾さん」
「どっか行ってたの?」
「あ、いえ……ちょっと、お花を摘みに」
「ふーん?」
近くに花が咲いてるとこなんてあったのか。まぁシンガジマ大陸なら、いくらでもあるかな。
でも、なんだってわざわざ朝行くんだろ?
気になったけど、起きてすぐの俺は、まだ少し寝ぼけていたので、深く聞くことはしなかった。
「さて、今日はハマシブキ探検……もいいけど、フェイの姉ちゃんを探さないとな」
「ええ。情報だけでも見つかってくれればいいんですが……」
「大丈夫、きっと見つかるって!見た目とか、教えてくれるか?」
「金髪に、赤い瞳。それと、姉さんは白い色の服をよく着ていました。背丈は多分、わたしより少し高いくらいでしょうか」
なるほどなるほど。大体分かった。
そういう格好はシンガジマ大陸じゃ目立つし、もしかしたら案外楽に見つかるかも。
ガイにも教えてやらないと、なんて考えてたら、ちょうど目を覚ましていた。
「……おはよう」
「おはよ!」
「おはようございます、ガイさん」
「すまんな、随分と待たせてしまったみたいだ」
「気にすんなよ。大きめの荷物持って歩いてるし、修行にも付き合ってもらっちゃったしな」
ガイは、俺やフェイの荷物よりも大きい鞄を背負っている。傷薬や包帯、他にも様々な物が入っているらしい。
俺達の事を思って、治療の道具を多く持ってきてくれているんだ。疲れるのも無理はない。
「身体の節々が痛む……が、弱音を吐いてはいられないな」
「おう!フェイの姉ちゃん、見つけてやらないとな」
「ありがとう、二人とも。よろしくお願いしますね」
着替えて、三人で下に降りて食事を取る。
ウズマキ亭は朝食もめちゃくちゃ美味かった。
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早速ハマシブキを散策してみる。やっぱり朝の方が人は多いみたいだ。
行き交う人、人。たまに獣を連れた人がいたり、獣がいたり。
本当に色んな人が集まるな。さすがは交易拠点。
「さて、どこから探そっか?」
「かなり人が泊まるウズマキ亭でも、大した情報は得られなかったからな。もっと大きい宿か、港で聞き込みをしよう」
「なら俺は、港に行くかな。フェイも行こうよ、海見れるぜ!」
「は、はい!でも、ガイさんは……」
「俺のことは別に気にしなくてもいい。観光がてら、二人で行ってこい。蒼吾、しっかりエスコートしてやるんだぞ」
「任せとけ!フェイの姉ちゃんだって、俺が見つけちゃうからな!」
ドンと胸を叩く。それを見たガイは少し笑って、建物が並ぶ通りに歩いて行った。
「俺達も行こっか、フェイ」
「はい!」
二人並んで歩く。
ガイのエスコートしてやれ、という言葉を一瞬だけ思い浮かべ、手を繋いでみようかと思ったけど。
ヘタレな俺には無理だった……。
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ハマシブキの町は広い。
建物と屋台がいくつも立ち並び、人も多い。正直言って、少ない情報だけで特定の人物を探すのは不可能に近い。
それでも……少しだけでも情報を得られれば、次に繋がる。
そう思って、宿や店、道行く人に話を聞いてみたのだが……。
「やはり、そう簡単にはいかないか」
広場に座り込み、出店で買った水を飲んで一息。
ハマシブキでも見つからないとなると、ツキノミヤか……それとも別の大陸か?
一人で考えていても始まらない。有益な情報が見つからなかった事を蒼吾達に伝えよう。
そう思って立ち上がった時。
冷たい気配が、身を包んだ。
「なんだ……?」
通行人達が平然と、道をゆく。その通行人の中に、見覚えのある、だがこの場において違和感を感じずにはいられない、黒いコートが目に入った。
「お前は……!?」
「ほう、いい勘をしていますね。一応、暗殺のつもりだったのですが……」
見覚えのある黒いコートは、七眷龍のクルギフが身につけていたものと同じ。
目の前の男はクルギフと違い黄色い髪だったが、同じ格好……恐らく奴の仲間だ。
「お初お目にかかります、マカベ・ガイ殿。私は七眷龍が一人、黄龍・リザルカ」
「七眷龍……懲りずに、フェイを追ってきたか」
「ええ。ですが、今回の私の目的は、違いますよ」
「なに?」
「私達、七眷龍の目的は、魔女と、その契約者達の力を試すこと。ですから……」
リザルカが口を歪め、手を太陽にかざす。
「あなたのような人間は、必要ありません」
そう言い放つと、いつのまにか空中に集まっていた黄色の矢が、俺目がけて降り注ぐ。
「これは……!」
矢はかなりの物量だ。そして、事態の異変に気付いた通行人達は、まだここから離れていない。
ならばと大剣を構え、逃げ遅れた女性の前に立つ。
「ふん……せやっ!!」
大剣を思い切り振り回し、風圧で矢をリザルカの方へ飛ばす。我ながら無茶な防御方法だ。
ふとリザルカの顔を見ると、苛立ったような顔つきになっていた。
「ハマシブキの民は関係ないはずだ。狙うなら、俺だけを狙え」
「でしたら抵抗せずに、さっさと死んじゃってください」
「断る!」
リザルカは矢ではなく、黄色の剣を右手に持つ。
武器を何個も生み出せる力……こいつは強敵だ。
出来ることならこの場で倒したいが、町の中を壊すような真似はできない。
俺は戦いながら、蒼吾達が騒ぎに気付くことを願うばかりだった。
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「なんか、町の方が騒がしくないか?」
「はい。町には、ガイさんがいるはずですけど……」
「あいつの事だから心配ないと思うけど、一応見に行くか」
「はい!」
港で聞き込みをしてみたものの、大した情報を得られなかった俺とフェイ。
ただ、無駄足だった訳じゃない。
人を探すなら、『レスタリカ大陸』でと、教えてくれた人がいた。
ツキノミヤでフェイの姉ちゃんが見つからなかったら、レスタリカ大陸に渡る予定だ。
それで、ガイを探そうかどうしようかを考えながら二人で海を眺めていた時。急に町が騒がしくなってきたんだ。
俺達は通行人達の間をなんとかくぐり抜けて、広場にたどり着く。するとそこには……。
「はぁっ!」
「ぇやっ!」
ガキィン!と金属音を響かせる、ガイと、見慣れない黄色い髪の男。
なんだってこんな事に……!?
「ガイ!」
「ガイさん!」
「蒼吾、それにフェイも!」
「魔女と契約者が来てしまいましたか。やれやれ……あなたがさっさと死んでくれれば、これからが楽でしたのに」
そう言って、黄色い髪の男は剣を光の泡に変える。そして、いつか見た翼を広げ、空に向かって飛んでいく。
「あとはミデハに任せるとしましょう。それでは魔女と契約者、ガイ殿。またお会いしましょう」
飛び去っていく黄色い髪の男。あんな飛び去り方をしたやつを見たことがあるような気がする。着てる服も似てたような……。
男が飛び去ってから、フェイが恐る恐るとガイに尋ねる。
「ガイさん、あの人は……?」
「奴の名はリザルカ。服装で分かったかもしれんが、七眷龍の一人だ」
すっかり忘れてた。そうだ、七眷龍!
あの黒いコートと羽、やっぱり記憶違いじゃなかったんだ。
「でも、なんでガイだけを?」
「……魔女と契約者を試すのに、俺は邪魔だそうだ。だから今回は、俺だけを狙ってきた」
「卑怯な連中だなぁ」
ガイが一人のところを狙うなんて。まぁ、ガイならあんな奴らに負けっこないけどな!
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「心配するな。本気で殺すつもりもなかったんだろう……怪我はない」
ガイが無事でよかった。とりあえずウズマキ亭に戻って、情報を交換しようと提案した、その時。
兵士の集団がゾロゾロとハマシブキの町に入ってくる。俺達は、その集団の先頭に立つ、槍を持った金髪の男に呼び止められる。
「止まれ!」
「な、なんだ……?」
「私は桜都ツキノミヤ警備隊、リュウキ・ツカサ!我が主君の命により、君達を────」
次に俺達が聞いたのは、思いがけない言葉だった。
「君達を、拘束する!」




