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2、最初の謎解き


「『開くと見えない、閉じると見える』……今度の謎はエニグマ系ね」

 ぼそっと呟いたその咲葉(さくは)の言葉に東子(とうこ)が首を傾げた。

「絵に熊?」

「あ、コメンナサイ。英語で〈ナゾナゾ〉って意味よ」

「なるほど。ほんとだ、まさに、謎々だよねー、開けると見えない、閉じると見える……〈(マブタ)の裏〉とか? それはないか。ン、待てよ?」

「あ!」

 二人は同時にハッとして顔を見合わせた。それから、ゆっくりと首を巡らせる。

 二人が見つめているのは、部室の扉だ。引き戸のそれは最初から全開だった。さながら入部希望の二人を招くみたいに。

「『開くと見えない、閉じると見える』……」

 つぶやきながら東子と咲葉は二人一緒に扉を引っ張った。スルスル……

 滑るように動いて扉は閉まった。

 その扉の内側(・・)、そこに貼られていたのは――


  〈 大当たり!よくやった! ここまでは褒めてやろう。

    さあ、最後の謎だ。

    この謎には私の居場所が暗示してある。

    これを解いて私のもとへおいで!

    君たちに会えるのを私は待っているよ! 〉


 それは今まで以上にフシギな伝言(メッセージ)だった。


  〈 祝! 入学。

    さて、今は春だけど、君たちの

    おすきなふくは?

    1・0・3/4・0・2・1・0 〉


「えー、好きな服? やっぱ、私はジーンズとTシャツかな」

「私はワンピースが好き。――って、でも、そんなことじゃないわよね? これ、暗号系の謎だわ」

 今回こそ難問中の難問。最大級の謎。どんなに時間がかかることやら。とても今日中には解けそうもない――

 と、いきなり、東子が叫んだ。

「私、解けたかもしれない!」

「凄い! 東子ちゃん! ぜひ教えて!」

 思わず身を乗り出す咲葉。ひとつ咳払いをしてから、東子は話し始めた。

「私の家ね、ちっちゃな酒屋――蔵元なんだ。兄貴が三人(・・)もいて……ミステリマニアの長男、合気道をやってる次男、ブラスバンド部の三男だよ。私が紅一点の末娘。父は一滴もお酒を飲めない婿養子で」

 ここでいったん息を継ぐ。

「ふぅ、やっと核心にたどり着いた! 跡取り娘の母親の趣味がお花なの。生け花の免状も持ってる。だから、いつも側にくっついていた私も花のことには詳しいんだ」

「でも、この暗号は〈服〉よ。〈花〉じゃないわよ?」

 少々不安げに尋ねる咲葉に東子はニヤリとした。

「いや、〈花〉なんだよ。この『おすきなふくは?』は〈秋の七草〉を憶えるための伝承言葉なんだ!」

「えー、そうなの? 私、全然知らなかった! 日本文化って奥深いのねぇ」

「ヘヘッ、他の(ことわざ)はうろ覚えでも、この花の名のコトワザには自信があるっ」

「おみそれしました!」

 改めて深々と頭を下げる咲葉だった。

「いいからいいから。あ、これからも私の諺、間違ってたら訂正ヨロシク!」

 爽やかに笑って東子は伝言に目を戻した。

「私が思うに――最初に書いてある『今は()だけど』は、ヒントだよ。〈()の七草〉を導き出すためのね」

 胸ポケットから真新しい生徒手帳を取りだすと東子は書いて行く。



  挿絵(By みてみん)



「一緒に記されている数字は何かしら?」

「多分、マークするひらがなの順番じゃないかな?」

「なるほど! 0はその言葉には無いという意味で、この3/4は同じ言葉の中に3と4、二つあるって意味?」

 さっそく二人は当てはめてみた。現れた言葉は……



  挿絵(By みてみん)



「お・く・じ・よ・う……」

「屋上!?」


 推理部部室のすぐ前にある階段を上へ駆けあがる。

 4階は屋上だ。周囲を高いフェンスで囲んだその場所に、その人はいた。

 春日台(かすがだい)中学・推理部顧問、阿久虫涼(あくむしりょう)先生。

 ユラリ、座っていたパイプ椅子から立ち上がる。

「素晴らしい! 大正解です! ようこそ推理部へ……!」

 ウェーブのかかった栗色の髪と、シフォンのスカートをなびかせて、先生は二人に歩み寄った。

「私が新卒の国語教師としてこの春日台中学に赴任して今年で3年になります。でも、あの謎を解いたのはあなたたちが初めてよ」

 ここでペロッと舌を出す。

「――というか、そもそも推理部入部希望者は、あなたたちが初めてなんだけどネ」

 心から悲しそうに推理部顧問は言った。

「この3年というもの、入学式後の数日間を私はどれほど虚しく過ごしてきたことでしょう。屋上――まさにここ(・・)で謎を解いた新入部員がやって来るのを今か今かと待ち続けたのよ。もちろん、時間つぶしにミステリを読みながら」

「えーーーーーーーっ!」

 東子も、そして咲葉も! これ以上出ないというくらいの大声を上げていた。

 それにしても、どっちに驚くべき? 入部希望者が、自分たちが初めてってこと? それとも、いかにも妖しげで怖そうな名前の阿久虫涼センセイが、こんなに若くて綺麗な女の人だということ?

 多分、その両方……!


 これが東子と咲葉と阿久虫涼先生の出会いだった。


        *



「ホント、あの時は吃驚しちゃったな!」

「私もよ」

 あの日から、どれほど楽しい時間を先生とともに過ごして来たことだろう! 

 謎解きの旅もした。昨年の夏休み、〈宮沢賢治の一本の花は何?〉という阿久虫先生の出した謎とともに、先生も一緒に一泊二日で東北を巡った。あれは本当に素晴らしい思い出だ。

「だけど、残念だよね。結局、推理部は私たち二人だけだった……」

 そうなのだ。翌年も、翌々年も、入部希望者は0人だった!

 そして今、東子と咲葉の二人は卒業式を一週間後に控えた最後の部活の日を迎えたのだ。

「それにしても、阿久虫先生、遅いなーー」

「うん、まぁ、この時期は先生、忙しいんだよ」

 阿久虫先生は、現在一年二組の担任をしている。期末テストの準備、卒業式のバックアップなどやることがいっぱいあるのだろう。一方、卒業当事者、三年生の東子と咲葉だが、二人ともすでに第一志望の私立高校に合格しているので暢気(ノンキ)なものだ。と、ここで二人はハッとして同時に顔を見合わせた。

「咲葉!」

「東子ちゃん!」

 目の前の全開の扉(・・・・)。初めてここへやって来た日と重なる――

「まさか……」



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