本編2(魔王sideあり)
短編のラブコメにするはずが、まだ終わらなそうです。文章を書くのって難しいです。もう少しお付き合い下さい。
『ガーランド様、お召し物をどうぞ。』
『あぁ、置いておけ』
一礼して王の私室を出て行く女を背後で感じながら、3ヶ月ばかり前の出来事を思い出す。
【私に、魔王様のお世話をさせてくださいませー】
あの時はとんだ戯言を、と思った。それ程までに自分の命が惜しいかと、蔑みに似た感情もあった。
しかし同時に面白いとも思った、人間にとって恐怖の対象である魔界の王に向かって素敵だなんだと言い始めた女。
自分の物にすると決めた女にくっついてきた女。
尽くしてきたであろうにも関わらず、忘れ去られるような影の薄い女に、自分の中に生まれた少しばかりの虚無感と退屈を紛らわせてみるのも良いか、と軽い気持ちで了承した。
好きにしてみよ、と一言だけ残してその場は去った。
しかし、最初の1ヶ月はとにかく目障りだった。
朝には身なりを整えさせろと押しかけ、昼になると何も口にしないのかと心配する。夜には身体を清めべきだなんだと、とにかく煩わしく、いっそ殺してしまおうかと脳裏によぎった程だ。
そもそも、魔王である私には食事も身体を洗うことも不要なのだ。否、全てが魔法で一瞬に片がつく。
人間のような世話を魔族は必要としない、それはこの世に生まれ落ちたときから本能で理解していることで、それゆえにこれまで世話係などを側に置いたことはなかった。
しかしいつからか、お節介のごとく世話を焼こうとする女に慣れ始めていることに気がつき、驚いた。
最も、たまにぼーっと顔を赤くしてこちらを見ては、綺麗、麗しい、と呟いているのは一向に慣れなかったが。
自分に目覚め始めたこの違和感のせいで、殺すことも
躊躇い、放っておいたのかもしれない。
2ヶ月目に差し掛かった頃であろうか、いつものように女が「今日こそは御髪を整えさせてくださいませ」と言いながら近づいてきた時のことだった。
『お前、名はなんという。』
口からするりと言葉がこぼれ落ちた。
自分が発したであろうその言葉にひどく驚いたが、それよりも女の方がたいそう驚いた顔をしていた。
少しばかり間が空いた後、女は嬉しそうに小さく微笑むと、「リーゼですわ、魔王様。どうぞリーゼとお呼びくださいませ。」と言った。
心底幸せであると言う様に目を細め、口の端を緩く持ち上げて笑うその姿にひどく動揺した。
思えばその時初めて女の笑った顔を見たのかもしれない。
なんだ、そんなに名を聞かれたのが嬉しいか。はやく退がれ。と言いながら、心の中に生まれた未知の感覚に戸惑った。
それはあの姫を見た時に感じた血が沸き立つようなものではなく、奥底が暖かく、くすぐられているような妙な感覚であった。
*
リーゼは特段美しいわけでもない、平凡な容姿をしていた。手は水仕事で荒れているし、顔色だっていつも青白い。
顔の造形は、明日にでも忘れ去られてしまうような特徴のないものであったし、髪も瞳の色も赤茶色で、姫君のような儚い繊細な色味など持っていなかった。
しかし、陽に当たると加減によって赤色に燃えるその髪と瞳の色は僅かに気に入っていた。
燃えるような深紅の瞳は、魔界の頂点であるガーランドにのみ与えられている特権。その色に準ずる色を持つなど、恐れ多い女だと笑いながら。
結論を言うと要するに、自分の好みの女ではなかったのだ、リーゼは。口うるさく凡庸な女などに興味はない。
そう思いながらも3ヶ月経った今では、何故か必要のない世話を好き勝手にさせている。
こうなると認める他ないだろう。私は確実にあの女に絆され始めている。
*
魔王様に名前を聞かれた時、ずっと懐かなかった野良猫がようやく頭を撫でさせてくれた時のことを思い出した。
そんなことを本人に言ったら、我を猫と同じと申すか!と怒り狂うのは容易に想像できるが。
それから徐々に、身の回りのことをさせて貰えるようになった。
しばらくたって、一言「ガーランド」とだけ言ったきりこちらを振り向かなくなったとき、お名前を呼ぶことを許されたのだと歓喜した。
私にとって、魔界で生き抜くための手段として思いついた【魔王様のお世話係】だが、そんなことを忘れて、ただお仕えすることに喜びを感じ始めていた。
我ながら図太い精神であると自覚はしている。
しかし、たまに見せるほんの僅かな笑みや優しさが、綺麗なお顔と相まって脳みそを溶かしてしまうのは致し方ないだろう。
最初は牢で寝泊まりしていたのにも関わらず、今はガーランド様のすぐ近くのお部屋で寝起きすることさえも許されている。
魔族には身の回りの世話は必要がない、魔法で全て用が済むからだ。お前はすぐに気まぐれに消されるぞ、そう忠告してきた従者達の言葉にひどく驚いたのは最近のことで。
そういえば、と昔聞いた魔族の習性を思い出して、自分はなんとバカな提案をしたのかと頭を抱えた。
では、なぜ今ガーランド様はわざわざ私が世話をすることを許しているのか。
疑問で頭は埋め尽くされたが、そんなこと、ガーランド様を前にするとどうでも良いことに思えて、考えることをやめてしまった。
気まぐれでも構わない、お側で仕えたい。
不相応にそんなことを思い始めたのはいつからだったか。
魔界の瘴気に当てられていないかと、ぶっきらぼうに心配してくれた時からか、御髪に櫛を通した際に、目を細めて気持ちが良いと仰ってくれた時からか。
はたまた髪の毛を一房手にとって、悪くないと呟いて小さく笑ったのを見た時からか。
あの地位と見目をもっていらっしゃるのだ。すぐに魔界でも有数の美女を娶るのだろう。
そんなことを考えて心がズキズキと痛み始めたのは、いつからだったか。
魔王様もリーゼも絆されてますね。徐々に魔王様をかっこよくしたいです。あと少しで本編完結、番外編1つくらい書けたらいいな。