桃太郎が鬼退治をしてよい理由は?
桃太郎は正義のかたまりで、鬼は悪のかたまりである。人々を困らせている鬼を許さない桃太郎は、鬼を成敗するために、きびだんごを交渉材料にしてチームを形成し、鬼ヶ島へと乗り込む。
桃太郎の話は、誰でも知っている。鬼という悪を懲らしめて、読者に善を勧めるのが勧善懲悪の物語である。アンパンがばい菌をやっつけるアニメ(石鹸がばい菌をやっつけるのではだめなのか?)などもそうである。
今改めて考えてみると、桃太郎はおかしな話だぁと思う。鬼は良くないことをして、桃太郎はそれを懲らしめるわけだが、「なぜそこまですることが、桃太郎に許されているのだろうか」。あんぱんが、ばい菌をパンチしてるのも不思議である。「なぜ、彼はパンチしてよいのか」。
相手が悪いことをしたからだ、と言う人もいるだろう。しかし、相手が悪いことをしたからといって、周囲が悪者に悪しき行為(なぐる、切りつける)をしてよい理由はない。相手に右ほほをなぐられたからといって、なぜ相手の右ほほをなぐってよいといえるのか。
もし、現代の日本で、通りすがりの人に殴られた場合、殴り返してはいけないだろう。その場合は、そっと警察を呼んで捕まえてもらい、司法の判断を待つことになる。そもそも司法のシステムとは、好き勝手に誰かが悪者を裁かないために存在しているのではなかったのか?
この点を無視することで、誰かが行なった悪行を動画にあげ、全く関係もない人がその人に被害を加えたり、暴言を発することになる。しかも、正義という名の下に実行される。なぜそんな行為をしたのかと言えば、「悪いことをした相手に原因がある」、「悪いことをしたから、仕方がない」と返答するだろう。
だけど、その「仕方がない」は何なのか。その理由が、仕方がない理由だろう。正義ぶって悪しき行為をした時点、それは決して正義(正しい行い)ではない。




