葬式チケット
2025年。
鵺探偵事務所。
「俺、ギンやねん」
「ギン!?」
運のない男だ。
癌でさえ薬でなおせるこの時代に懃とは……
「ステージ5」
「5かいな!」
あちゃあ。
もういつ死ぬかわからんやん。
ギンのステージ5いうたらホスピスにいてもらわな。
ここで死なれても困るで。
同窓会なんていくもんやないな~。
&
いくら仕事が欲しいとはいえ同級生に名刺をばらまくもんじゃないな~。
「ほんで本題や。葬式チケットをくばって欲しいんや」
「毎度ご存じみたいにいわれてもなぁ」
所の依頼は『世話になった人たちを見つけ出し、自分の葬儀に参加するための『葬式チケット』を渡す。そして何人出席したか見届ける』こと……
「チケット制の葬式かいな」
「おもろいやろ?葬式には義務感やらお義理で何となくできてほしないねん」
「誰もこうへんかったらどないすんの?俺が調査中に自分死んだら?」
「ズケズケいうなぁ。やっぱ鵺に頼んで正解やわぁ。前払いで全額支払うし、誰もこうへんかったらそれはそれでおもろいわ」
俺もそうとうなもんやけどこいつには敵わん。
昔からこんなやつやった。
「親友やん?頼むわ」
「中学の時ちょっとつるんだたけやんか」
「ほんで追加料金払うからお願いがあんねけど」
「無視かい。ええわ。きいたる」
追加料金ってええ言葉やなぁ。
「俺のこと忘れんでくれ」
「ええよ。ほんでなんやねん?」
「いや、マジやねん。これほんまに頼んでんねんで?」
ヘラヘラしていた所の顔が引き締まった。
たまに見る切羽詰まった本気の人間の顔や。
「死の恐怖を乗り越えようとすると次は『忘れられる恐怖』がくんねん。頼む。俺が死んだあとも俺のこと忘れとんといて」
くしゃくしゃの万札をポケットにねじ込まれた。
頷くしかなかった。
四十前の俺たちは指切りげんまんして、別れた。
俺は本気でこの仕事を引き受けることにした。
「誰か一人ぐらい泣いてくれるかなぁ……」
……
……
所は三ヶ月生きて、寝る前にたこ焼きを食べてスタッフに怒られ、次の日の朝に死んだ。
俺と再会して93日で死んだことになる。
……
葬式。
椅子に座る俺と気まずそうな坊さん。
香典が三枚。
中身は一律一万円。
誰もこなかった。
『出禁になった図書館の掃除のおばちゃん』
『東京のスーパーのアルバイトの女子高生』
『自動車教習所の教官』
……エトセトラ
チケットを渡した人たちはみんなポカンとした。
所と特別親しいわけでもない、所のことを覚えてもいない人たちばかりだった。
所の人生を調べた。
とても薄かった。
高いコンドーム並みに薄かった。
両親に縁を切られ、友達も恋人もいなかった。
にゃむにゃむと念仏を唱える坊さん。
適当なところで切り上げて移動。
火葬にすすむ。
火葬中。
俺はタバコを吸いに外に出た。
「……トゥクゥロさん」
太い木の下で黒人が泣いていた。
誰やろ?
気になって声をかけたら所と一度だけ工場で仕事が一緒になったと言う。
一度だけ。
「トゥクゥロさん。言ってくれた『こんな仕事に黒人も黄色人種もないで』て。私その言葉いっしょわすれない」
黒人は札束を俺に手渡した。
代わりに俺は葬式チケットを黒人に渡す。
黒人は骨になった所を見てワンワン泣いた。
よかったやん。
所はこの黒人と仕事をしたことも声をかけたことも覚えてないだろう。
でも一人いたで。
所。
お前のために泣いてくれるやつ。
よかったやん。
右目から涙が1滴。
……二人目やな。
……
俺は娘を抱っこして言った。
「所という男を覚えといてな」
「所ってだれぇ?」
「お父ちゃんの……友達やろか?」
そこでやっと気づいた。
やられた。
正確には「やられたんではないか」。
所は俺に葬式に来てほしかったのではないだろうか?
もしかしたら俺は所にとって本当に唯一の友達だったのかもしれない。
やられたなー。
出席してもうたし、泣いてもうたし、多分あいつのことは一生忘れられん。
「ももちゃん」
「んー?」
「お父ちゃんのことも忘れんといてな」
「お父ちゃん忘れへんよー」
「一生やで?」
「一生忘れへん!」
よーわかるわ所。
自分が死んだあと自分のこと一生忘れへん人がおるのはええなぁ。
自分もギンになってよーわかったわ。
でもまだ死なれへん。
医者が言うには『ステージ1』のギン。
死ぬのは一年から十年後。
ある日突然ステージチェンジしていきなり死ぬかもしれん。
でも死ねへんわ。
ももちゃんが大学でれるまでぐらいの金がいる。
ももちゃん堪忍な。
大学でてからは自分の力でなんとかいきてぇな。
「でかい仕事こぉへんかなぁ……」
桃ちゃんを小学校に送って事務所に戻った。
事務所の電話が鳴っている。