3. 別れ
「あなたの願い事を一つ叶えてあげましょう」
僕がそう言うと、そのおばあさんは、
「あらまあ、おじいさん……」
と呟いて自分の隣を見、そこに誰もいないのに気付いて僕の方へ視線を戻した。
「どうして、急須から男の子が――」
「僕は妖精です」
僕がそう訂正すると、おばあさんはころころと笑った。
「じゃああなたは、ランプの精ならぬ急須の精というわけね。かわいいわ」
「何か叶えたい願いはありますか?」
僕が訊ねると、おばあさんは穏やかな笑顔で首を振った。
「いいえ。私はもう充分に人生を楽しみましたよ。あとはただ、ボケたりして子供達に迷惑をかける前に、早くおじいさんのところへ行きたいわ」
「……それが、願い事ですか?」
「え?」
「『早くおじいさんのところへ行きたい』。それが、あなたの願い事ですか?」
僕は悲しい気持ちで訊いた。
おじいさん、つまりこのおばあさんの旦那さんは、数ヶ月前に亡くなってしまっている。
おじいさんのところへ行く、とは、すなわち死ぬということだ。
それが分かっていて、おばあさんは微笑む。
「そうねえ。……それもいいかもしれないわね。一人っきりだと、部屋が広くてかなわないんですもの。お願いできるかしら? なるべく苦しくない方法で――」
「わかりました」
僕が頷き、おばあさんは微笑んだ。
そして、ゆっくりと倒れた。
「……契約成立です。あなたの願いは叶いました。……さようなら」
こうして、僕はおばあさんの前から去った。
僕が最後に見たおばあさんは、相変わらず微笑みを浮かべていた。
まるで眠っているかのように、見えた。
――願わくは、幸せな夢を。