悪党、孤児院に行く
マーティたちの事後処理も終わった。なんだかんだ疲れたな。反省もある。
というより、よくよく考えてみればカレンと剣で満足しておけばよかったかもしれない。しかし、しかし、だ。あのマーティは天敵になりえた。正義感が強いヤツはカモにもなるが邪魔にもなる。放置していたら俺の計画に横やりをいれてくる可能性が高いからな。結果論だが良かったことにしておこう。
「ふ~~」
マスターの淹れたコーヒーを飲んで一息つく。まだまだやることがある。
とりあえずナナリーを教育しなければいけない。このままでは使い物にならない。
まず、俺が魔法のことをなんとなくでしかわかっていない。ということで、軽くマスターのところでナナリーの面談中だ。
「魔法ってのはどういう仕組みなんだ?」
「マナを使って現象を起こすのが魔法です」
なるほどわからん。質問を変えよう。
「どうすれば魔法がうまくなる?」
「使っているうちにコツが掴めてきて洗練される感じですかね?」
出たよ。なんとなく~の感覚派。天才かよ。
「まったく参考にならないことがわかった。体系的にわかってないんだな」
その後も色々聞いてみたが、先輩の魔法使いにコツを聞いたり、ある日突然わかるようになるとか、ロマンシングな閃きシステムかよ。地道だとか努力だとかがいっちばん嫌いなんだ。ずる賢く近道をいくのが俺のやり方だ。
「しばらく頭がガンガン痛いと思うが我慢しろよ、【インストール:日本語】」
返事を待たずナナリーの頭に手を当ててチート発動。これは女神とお話し合いをしてた時にこっちの言語を使えるようにしてくれたのを見て思いついたチートだ。これがなかなかに便利なのだ。だけど欠点もある。マッチやポンプに麻雀のルールを【インストール】したが点数計算ができなかった。ならばと、四則演算を【インストール】してみたが、どうも概念だけ伝わるようでやっぱりできなかった。
地道に勉強して体得するしかないという結論に達した。あいつらには算数のドリルを【お取り寄せ】してノルマを課している。分数の割り算で躓いてるので、おそらく数学的素養がない。そんなことをしている中で、問題文が読めないということが発覚し、日本語を【インストール】したことで解決した。
もう気分はパソコンにOSをインストールする気分だったりする。実際は日本語だけだからBASIC言語みたいなもんだが。俺もアホだから俺からコピーする【インストール】は言葉で伝えると誤解しそうな時や説明するのがめんどくさい時に使うか、今みたいに日本語を覚えさせるぐらい。あとは暗号や聞かれたくない会話にも使えるぐらいだ。
『も~いったいなんなんですかいきなり』
「しばらく日本語を喋ったりするが意識して切り替えろ。あとこれを読んで勉強しとけ。俺はこれからスカウトに行くからな。わからないことがあっても俺に聞くな。俺にもわからん。自分で解け」
そう言って、インストールが終わるのを待ってる間に【お取り寄せ】しておいた算数のドリルやら理科から化学の教科書やらを大量に渡しておく。
よくある科学を理解したら魔法がうまくなるのか実験だ。ダメだったらバトル漫画とかファンタジー小説を読ませて想像力を鍛えよう。
肝心のスカウトだがあまりうまくいっていない。というのも、そこらへんのゴロツキなんて全然使えない。ヘッドハンティングも考えたが、こちらに出せるものがない。やはり恩を売りつつ人材を確保するのがベストだ。それも定期的に得られるのが一番いい。身売り・身請けの関係だ。うーん、まるでアンディのようだが前回の一件でナナリーを報酬として貰うのでトントンだったからなぁ。金もかかるし奴隷はパスだ。
歩きながら考え続けていたがさっぱりいい案が思いつかない。誰かに相談するのがいいか。街に詳しいやつがいいか。地元密着型で噂好きの……
「おーいアンナーいるかー?」
「あら、オニヅカちゃんじゃない。買いに来てくれたの?うれしいわぁ~」
二丁目で慣れていたが、やはりきついもんはきつい。抱きつこうとするな。
「ええい離れろ。服はいらん。相談したいことがあってきた」
「恋の相談ならばっちこいよ!さぁ!さぁ!誰に惚れたのよ!?」
恋なんて一言も言ってねぇ。ったく調子狂う。はぁ、だが仕方ない。こういうお節介なのが役に立つ時もある。誤解はさっさと解いてしまおう。
「なるほどね~。簡単よ。教会にいけばいいわ」
「教会っつーとあれかユーフィリア教の?」
「そう。孤児がいるのよ。奉公だったり里子の受け入れ先をいつでも募集してるわよ」
失念していた。こんな世界でもセーフティネットみたいなものはあるのか。
「スラムにも子供がいたが孤児じゃないのか?」
「一応、親はいるわよ。だからスラムに住んでるんじゃない」
どうやら孤児だけは保護対象らしい。それもそうか。
「親がいるだけマシってやつなのか。教会の場所は?」
「知らないの?ってそうよね、オニヅカちゃんだもんね」
非常に失礼なことを言われたが、地元でもないし知らなくても問題なかったからな。
アンナに教えてもらった教会の場所はスラムとは反対の街の東のはずれだった。
「おう。あんがとな。相談してよかったぜ」
またなにかあったら来よう。案外、またすぐ来る気がするが。
それにしてもユーフィリア教か。あの女神と同じ名前ってことは優しさだけは保障されるな。優しすぎるのもカモられて終わりなんだが。これも縁ってやつかもしれん。
結構歩いた気がする。というか、移動手段が徒歩って。行き先が東のはずれだから、西のはずれにあるアジトまで帰るとなると1時間ぐらいかかるんじゃないか?
あまり目立ちたくなかったが、いつまでも徒歩ってやってられん。
【お取り寄せ:マウンテンバイク】
これよこれ。文明の利器。じゃ、いきますか。
キキーッ!
「ここがあの女(神)のハウスね…」
なんともまぁ……ボロい。建て替える費用もないのか。女神には同情しないが、これはちょっと女神を信仰する信徒には同情してしまう。どうせ清貧とか説いてんだろう。
「あの、何か御用ですか?」
見慣れない自転車に乗って建物をぼんやり見上げている不審者がいれば声もかけるか。
視線を下に向けるとちっこいガリガリのシスターがいた。
「ああ。ちょいと初めて来たんでな。俺はオニヅカという」
「そうですか。初めまして。シスターマリアといいます」
「用件なんだが、奉公か里親かは決めていないが話が聞きたい」
「では、中でご説明します」
やっぱりどこか世俗とは関わりがなさそうな第一印象だ。自転車は適当にそこらへんに停めておこう。……自転車のことを聞くわけでもなくスルーしたし。案外やり辛いかもしれん。
案内されたのは、教会に併設されている孤児院の執務室だった。
「シスターマリア、初めて来たからわからないんだが、なぜこんなに建物がボロボロなんだ?寄付とかあるだろう?」
「ええ。寄付は募っていますが建物を建て替えるような大金なんて……正直に申しますと維持だけで精一杯です」
そう言うと俯いてしまうシスターマリア。
うん?積み立てるとかの概念はないのか?それとも清貧すぎてジリ貧状態か。
「食うにも困ってるのか?」
力なく頷くシスターマリア。これはまずい。ギリギリ過ぎる。しかし恩を売るにしろ、売りすぎはよくない。
奉公の話そっちのけで色々聞いてみたがこれは難しい案件だ。
今は子供たちが比較的浅いところの森に入って食べられるものを採集して換金したり、ほぼ自給自足生活らしい。食べ物を与えて読み書き計算を教えてもいいがそれでは全然縛れない。そんなのはただの慈善事業だ。こういうのは善人を装いたい人間に任せよう。幸い、アテがあるし、尻尾は掴んでる。
「シスター、そう落ち込まなくていい。俺も寄付するし、俺がそのうちなんとかさせる。心配しなくていい」
テーブルの上に財布から金を出して置く。
「ありがとうございます」
30万ありゃとりあえず大丈夫だろう。
「それで、そうだな、二人ほど欲しいんだ。里親の方がいいのか?」
「そうですね。奉公というかたちでもいいですが、あの、オニヅカさんはお仕事はなにを?」
くっ。答えづらいことを。
「あーそうだな、仲介業とか便利屋とかだ。人助けってほどじゃないが、こう、人間関係を円滑にしたりしてる。(自作自演の)トラブル解決屋?みたいなもんだ。サービス業って俺は言ってる」
思わず妖怪ろくろ回しで説明しちゃったよ。
「で、では孤児院のことも頼めたりするんですか?」
え?ここで食いつくの?!さっきの意図伝わってない??
「正式な依頼にすると金がかかっちまうから今回は俺が勝手にやっとくよ」
「そうですよね。お仕事ですものね……。ありがとうございます」
これで恩は売れただろう。
「そのかわりと言ってはなんだが、今後もできれば定期的に身請けしたい。サービス業も何かと人手がいることもあるんだ」
「わかりました。でしたら里親の方がいいでしょう」
シスターによると成人前の子供でも立派な労働力なので一人のところに大量に奉公させるというのもダメらしい。奉公先ひとつにつき2人までってルールがあるそうで。よくわからんが過去に誰かが悪用したっぽいな。里親なら養育の責任も生じるが、きちんとやってれば何人でも大丈夫なんだとか。
「それで頼む。希望はそうだな、女は今回はパスだ。男でヤンチャな感じのやつ2人だ」
暗に問題児でもかまわない発言をするとシスターがニッコリ笑った。悪ガキのほうが扱いやすいし何の問題もない。
「では、こちらの書類に記入していてください。希望者を呼んでまいりますので」
シスターが出て行って書類も書き終わると、昔のことを思い出した。俺も施設の出でおやっさんが里親になってくれたんだよなぁ。あれもまぁスカウトだったんだろうけど。ところかわって俺が里親になるなんてな。あっさり決断し過ぎたか?
コンコン
「オニヅカさんおまたせしました。希望者のソージとセージです」
「ソージです」「セージです」
「オニヅカだ。ってお前ら双子か?」
「「うん」」
ああああ、ユニゾンだよ。これは予想外だ。でも、ああ、と腑に落ちるものもある。どうせ2人でイタズラとかしまくってたんだろう。見るからに利発そうでイタズラ好きそうな顔してるし。
「歳は?」
「「12歳」」
「俺んとこ来るか?」
「「面白そうだし、行く!!」」
ちゃんと話したんだろうなシスター?あの笑顔は厄介払いできるぜって笑顔だったのか?まぁでも、チビガリのシスターじゃそろそろ手におえなくなる年頃か。はぁ。ま、なんとかなるか。
「よし。わかった。これからよろしくな」
シスターが双子に書類のサインをさせる。これで正式に里親になっちまった。
シスターとは執務室で別れた。見送られるのは妙に恥ずかしい。
孤児院の中を歩いていると、俺の先を歩く2人がもうどっちがソージかセージかわからん。早急に目印が必要だ。うーん、金髪碧眼か。なら黄色と青色のリストバンドでいいか。【お取り寄せ】
「おい、これつけろ。どっちの色選んでもいいが一度決めたら変えるのは無しだ」
「「僕、こっちがいい」」
お、声は合ってるのに選んだ色は違う。なんか空気読みました感あるよね?
「じゃあ、ソージが黄色でセージが青色な。トリックに使うなよ?」
適当に勘で言う。間違ってても知らない。見分け方ぐらいシスターも教えてくれといてくれよ。
「「わかったー」」
無邪気に返事してっけど合ってたのか?もうわからん。既に騙されていた。とかありそう。
あれ?自転車がない。ここに置いてたんだが……。
「ねー、アレってオニヅカのやつでしょ。どうやって遊ぶの?」
チッ。好奇心旺盛なやつの前にオモチャ置いたらこーなるか……。
「遊ぶんじゃない。乗り物だ。あとでな。あとで。【クーリングオフ】」
「「消えたー!?」」
結局、ここからアジトまで徒歩かよ。のんびり話しながら行くか。