第一章 ⑧
「額ちゃん、少しだけナイフ貸してくれる?」
摂は額が荷台から取ってきた小型のナイフを借りると、自分の持っていた木の棒を削りはじめた。
シャッ、シャッ、シャッ、シャッ・・・
「凄い!!摂ねえちゃん。木の棒が刀みたいになってきた!」
手際よく棒を削る摂を見て、額は驚きの声を上げた。
「あともうちょっと・・・」
シャッ、シャッ、シャッ、シャーッ!!
「よし、出来た。これなら強度もそこそこあるし、何とかなる。あとは・・・」
ビリッ、ビリビリッ。
摂は自分のスカートの裾を思い切り引き裂くと、柄の部分にグルグルと巻きつけた。
「さぁ、これでよし!」
出来上がった木刀の柄を握りしめると、横に空を切った。
ズドーン!!!!!!!
その時突然、凄まじい地響きが起り砂埃が舞い上がった。
「う、うわーっ」
「クレーンから檻が落ちたぞ!!」
一斉に誰もが轟音の方に目を凝らした。
「ウギャー」
立ち込める砂埃の中で人々が悲鳴を上げ逃げ惑う影が揺らめいていた。
その先では、大破した檻を抜けだし、怒り狂った黒獣が周りにいた組織の者達を次々と喰らい始めていた。
「こ、黒獣だ!逃げろ!」
どす黒く硬い棘のような毛に覆われ、鋭い牙を持ったオオカミのようなその黒獣の口は、喰らった人の血で真っ赤に染まっていた。そして、飲み込み切れなかった人の腕を咥えたまま、なおも飢えて貪り食う餓鬼のように次々と人々に襲い掛かった。
ガアロロロォォォ!!!
暴れまくる黒獣が突如、低い唸り声を上げながら摂達のいる方へ猛烈な勢いで向かってきた。
「額ちゃん、後ろに隠れて!!」
摂は額を自分の後ろに隠すと、素早く木刀を上段に構えた。
ガアロロロォォォ!!!
黒獣が牙をむき飛び掛かってきた。
「摂ねえちゃん!!」
額は恐怖のあまり目を閉じて縮こまると摂はまじろぎもせず迫りくる黒獣をジッと見据え、額を守るために木刀を強く握りしめながら身構えた。
その時・・・
ギャイィーン!!!
黒獣が惨痛の鳴き声を上げると同時に、その頭部が飛び真っ黒な血吹雪と共に摂の目の前に落ちてきた。
一瞬、何が起ったのか分からなかった。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
「ドノバンさん・・・」
襲い来る黒獣を、ドノバンが持っていた鎌で一瞬にして切り裂いた。
「この鎌、錆びてるが切れ味は思ったほど悪くないな。」
そう言いながらドノバンは余裕の笑みを見せた。
摂は目の前に転がる黒獣の頭部を見て思った。
(
この人、一瞬で・・・黒獣を真っ二つに)
「ドノバンさん、ありがとう。」
「いいってことよ。肩慣らし肩慣らし。」
いち早く装甲車の中に退避し、この一連の騒ぎを見ていたドルンガの声が車内スピーカーから響き渡った。
「おいおい、貴重な黒獣を台無しにしやがって。
まぁ、よいわ。なかなか楽しい余興だった。それと、一ついい事教えといてやるよ。黒獣が一番好む匂いは、同じ黒獣の血の匂いなんだよな~。わずか一滴でも数キロ先から匂いをかぎつけられる。ほら、てめぇら自分をよく見てみろや。しっかり返り血浴びちゃってんのな~」
ドルンガの言うように黒獣の返り血は摂や額、ソルトを含むほとんどの獲物に付着していた。
「では、そろそろ狩りを始めるか。」