第一章 ③
【 狩りは予定通り明日正午より執り行う 】
《生徒会室》
「みんな、時間がないの。急いで仕事に取り掛かって。東咲さん、あなたは私と一緒に会長室まで来てちょうだい。」
凪の指示のもと生徒会の役員達は慌ただしく動きだした。
そして摂は言われるままに凪の後に続いた。
「あのぉ・・・」
摂は心許なげに凪を見た。
「東咲さん、無鉄砲にもほどがあるわ。組織を決して甘く見ないで。とにかく今後は言動に気を付けて。」
「で、でも奏ちゃん達が・・・」
凪は摂の顔をじっと見た。
「ふふふっ、あなた、東咲提督によく似てるわね。」
「えっ?」
「珍しい名字だからそうじゃないかと思ってたんだけど。あなたの目を見て確信したわ。だって提督と同じ瞳の色なんですもの。」
「父をご存知なんですか?」
摂は恥ずかしそうに少し目を落とした。
「もちろんよ。我々武道を志すもので東咲提督を知らない者なんていないはずよ。」
摂は机に置かれた弓に目をやった。
「今回の件は本当に理不尽なことだと思う。でもね、私は生徒の代表としてあなたまでも危険な目に合わすわけにはいかないの。」
「じゃあ、どうしたらいいんですか!奏ちゃんと額ちゃんをこのまま見放すんですか!」
摂は苛立ちを隠さずに凪を見た。
「あなたも薄々気づいているでしょうけど、安全・平和・自由を謳うこのブラッディ・ターミナルの全てが組織の監視下にあるの。盗聴器、カメラ、密告者・・・あらゆる手段を使って見張られている。この生徒会室を除いて・・・」
「そ、そんな・・・。」
「従順で優秀な人間さえ選別出来れば、黒の組織にとって他の生徒の命なんてどうでもいいものなのよ。殺されようが何されようが・・・」
「そんなことって・・・」
摂は拳を握りしめた。
「今回の責任の一端はドルンガ監視官を止められなかった私にもあるの。だから平塚さんの代わりに私が狩りにでるわ。」
「せ、生徒会長が?」
摂は耳を疑った。
トントン!!
会長室のドアをノックする音が部屋に響いた。
「会長、見つけました!」
勢いよく入ってきた生徒会役員の手には、狩りに関する特例が書かれた書類が握られていた。
「やはり、会長の仰っていた通り、過去にそういった事例があったようです。」
「よかった。これで狩りに特例が存在している証拠になるわ。平塚さんを助けられるかもしれない。」
「でも、いったいどうやって・・・」
「昔ね、こんなことがあったらしいの。」
凪はゆっくりと話し始めた。
「第7セクターで狩りが行われた時のこと。
ある奴隷民の少年が黒の人民の子供の犯した罪をかぶされて、獲物としてエントリーさせられた。その子が無実ってことはみんな分かっていたの。だけど濡れぎぬを着せられたその少年は見せしめのために、狩りの日まで組織から暴力をうけた、何日も何日も。そして身も心もボロボロになった。
その子の父親は何度も組織にお願いした、「私が代わりに出るからこの子は助けてください」って。だけど認められないまま遂に狩りの日がきたの。
少年は誰の目から見ても、とても狩りで逃げられる状態じゃなかった。奴隷民には決して許されない事なんだけれど、父親は集まった大勢の観衆の前で直に監視官に訴えたの。
「息子の代わりに私をだせ!息子は無実だ!」って。この時だけは見ていた者達も父親に賛同した。大衆を味方につけたってわけね。
その監視官は自分のセクターから暴動がおきて本部に知られることを恐れたの。そして特例として獲物の交代を認めた。残念ながらその父親は黒獣に殺されて、しかも交替して助かったはずの息子も翌朝死んでいたの。何かに噛み殺されて・・・
結局暴動はおきなかったんだけど、この一連の事件がきっかけで狩りの裏マニュアルには監視官クラスが認めた場合だけ獲物の交代を認めると言う一文が追記された・・・
東咲さんとドルンガ監視官のやりとりを見ていてこの話を思い出したの。それでもしかしたら使えるかもと思って調べてもらっていたのよ。」
「その話が本当だったら監視官と契約を交わしたのは私になります。私だったら奏ちゃんの代わりに狩りに出られるかもしれません。生徒会長がもし代替要員として名乗り出たら監視官は絶対にその特例を認めない。その話自体もなくなってしまうかもしれません!」
「・・・そうかもしれないわね。」
凪は意を決して摂を見つめて言った。
「分かってるの?東咲さん。狩りに出るってことは死を意味するの。たとえ出たとしてもあなたに身を守る術でもあるの?」
摂は瞳をそらさずに屈託のない笑顔を見せた。
「術って呼べるかどうか分からないけど剣術をすこしだけ・・・って言っても父に無理やりやらされていた程度ですけど。でもこのまま何もしなかったら私、絶対に後悔すると思います。どんなことをしたって奏ちゃん達を助けなきゃ。」
しばらくの間沈黙が流れた。そして凪は机の引き出しから小さな箱を徐に取り出した。
「黒の組織のことだから、どんな汚い手でも使ってくるわ。当日生徒会は表立っての行動は出来ないからこれを渡しておく。きっと何かの役に立つから隠し持ってて。」
小箱の中には鳳凰の文様の入った小型インカムが入っていた。
凪は机の上の弓を手にとると、窓の外を見ながら呟いた。
「正直言うと、あなたが少し羨ましいの。」
「えっ?私のことが?」
「『南條』と言う枷さえなかったら、私だって奴らを・・・。ごめんなさい、変なこと言ったりして。」
摂は凪の心の奥の闇を少し垣間見た気がした。
(この人も哀しみを抱えてる)
「私は今、 私にしか出来ないことを全力でやります。だから生徒会長も生徒会長にしか出来ない事をやってください。そうすればきっと、次が見えてくるはずだから。」
摂はそう言うと屈託のない笑顔を再び見せた。