第一章 ②
黒く無機質な城塞は周囲から完全に孤立し、外部の侵入を一切許さない不気味な佇まいで人々を威圧していた。
そしてその城塞に守られるように漆黒に輝きそびえ立つ高層ビルが黒の組織の総本部「ブラッディ・キャッスル」である。
<<上層部の部屋>>
「・・・で、南條凪の出現でおめおめと帰ってきたというのか。」
御簾越しに冷徹な声が響いた。
「けっ、決して、そういうわけでは・・・」
ドルンガは仄暗い御簾の向こうに数名の人影を認めると広間の中央でひざまずき、シドロモドロに顔を伏せた。
「第1セクターの監視官ともあろう者が生徒をろくに処罰もできないとなると問題ではないのか?
我々もなめられたものだのう。」
癇に障るような甲高い別の声がドルンガをとがめた。
「申し訳ありません」
ドルンガの額から汗が滴り落ちた。
「では我々からの提案だが、お前の名のもとに”あれ”を行なってはどうかな、ドルンガ。」
「し、しかし”あれ”はブラッディ・ターミナル内では一度も行われたことがありません。
しかも南條の令嬢が生徒会長をしている第一セクターで行われるとなれば学園に莫大な寄付をする南條家が黙っているとは思えませんが・・・」
「クックックッ。かまわん。であるからお前の名のもとに”あれ”を行うのだ。よいな。」
「ぎょ、御意!」
有無を言わせぬその声にドルンガは顔を引きつらせながら部屋を後にした。
<<生徒会室>>
(なんで間違ってもいないのにあんな奴らに頭を下げるんですか・・・)
凪は昨日の出来事を思い出しながら一人、弓の手入れをしていた。
そしてその手をとめると机の上に開かれた生徒名簿に目をやった。
「東咲摂。東咲・・・」
バンッ。
生徒会室のドアが慌ただしく開いた。
「会長、た、大変です!黒の組織が・・・」
「おちついて!どうしたの?」
「く、黒の組織が掲示板に黒紙を!」
「なんですって。」
凪は慌てて立ち上がると掲示板のある校舎玄関に急いだ。
すでにそこには多くの生徒たちが集まっていた。
「摂さん、見て見て。今日もたくさん人がいますの。」
「ほんとだぁ、また何かあったのかな?」
群がっていた生徒たちは奏と摂の姿に気が付くと掲示板までの道をスッと開けた。
そして二人はただならぬ雰囲気に戸惑いながら顔を見合わせると掲示板の前へと急いだ。
そこには組織からの黒紙が貼り出されていた。
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【黒 紙】
以下の者を次の罪状により連行し「狩り」への強制参加を命ず。
獲物:平塚奏、平塚額
罪状:黒の組織の活動に対する妨害及び反逆罪
日時:黒歴2050年5月23日(月) 正午開始
場所:第1セクター ブラッディ・ターミナル周辺
なお、詳細は追って連絡する。
以上
運営責任者
ドルンガ監視官
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奏の顔から血の気が引いた。
「これって・・・」
摂はその場に崩れ落ちそうになる奏を支えながら黒紙を睨み付けた。
その時、突然ドルンガを先頭に荒々しく人だかりをかき分けながら拘束部隊がやってきた。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」
額の泣き叫ぶ声が最後尾から聞こえてきた。
「額!!」
「お姉ちゃん!」
額は力の限り抵抗していた。
「おとなしくしろ、このクソガキ。」
バシッ!!
拘束部隊の一人が額の頬を殴りつけた。
額の口は切れ血が流れた。
「お願いやめてぇ。額!額!」
「平塚奏だな。お前を拘束する。」
部隊兵は摂を突き飛ばすと乱暴に奏での腕を掴んだ。
「さあ、来い。」
奏では恐怖で動くことが出来なかった。
「お待ちなさい!」
凪が息を切らせながら駆けてきた。
「これはこれは南條生徒会長。何か御用でも?」
「ドルンガ監視官、昨日の件はあれで終わったはずではないのですか。」
「え~っと、何のことを仰ってるんでしょうかねぇ。あぁ、確か目をつむるとか何とか言ったような・・・
でもねぇ、許すなんてひと言も言ってませんよ。決まりは決まりですからぁ。」
ドルンガは不敵にニヤリと笑った。
「多少の誤解を招く言動はあったかもしれませんが、彼らが罪を犯したとは思えません。
そ、それに”狩り”はブラッディ・ターミナルでは禁じられているはずです。」
凪は珍しく冷静さを欠いていた。
「あのねぇ~南條生徒会。これ以上我々を妨害するようでしたら、いくらあなたでも処罰の対象になりますよ。」
そう言うとドルンガは、二人を拘束するように部隊兵に顎で指図した。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
摂はドルンガの前に立ちはだかった。
「なんだぁ?また、お前か。」
「組織とか狩りとか私にはよくわからないけど、こんなやり方絶対に間違ってる。」
「お前、何を言ってるかわかってるのか!」
「奏ちゃんも、額ちゃんも何にも悪いことなんてしてないわ!それに狩りだなんて、奏ちゃんは足だってまだ・・・元はと言えば、」
「東咲さん!!」
凪は摂の腕をグイッと引っ張った。
「だったら足の悪いこいつの代わりにお前が狩りにでてみるか?ああ~?」
摂は凪の手を振り払い凄みをきかせるドルンガを睨みつけ言った。
「いいわ、奏ちゃんの代わりに私が出るわ。だったら文句ないでしょ!」
「東咲さん、やめなさい!」
凪は声を荒げた。
「あとは生徒会で何とかするから。」
「狩りは予定通り執り行う。さっさと二人を連れて行け!」
「奏ちゃん!額ちゃん!」
摂は声の限り二人の名を叫びその場に立ち尽くした。
凪は摂の肩にそっと手を置いた。
「東咲さん、時間がないわ。私と一緒に生徒会室まできて。」
そう言うと数名の生徒会役員と共に、ざわめく生徒達を残してその場を後にした。