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砂の棺  作者: 天海六花
ミナゴロシ
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 孤児院の裏手に周り、通用口から孤児院内へと侵入する。まだこの内部での騒ぎは近隣には知られていないのか、辺りはしんと静まり返っている。

 無理もないな。スラムの、しかも深夜に起こった事件など、そうそうすぐに自警団等の耳に入るものではない。しかもあのシーアが行った凶行なのだ。物音ひとつ発てずに全てを終わらせたと容易に察しできる。

「……血の……臭いがしますね」

 むせ返るような血の臭いが立ち込めておる。カルザスが布を口許に当て、足音を忍ばせて孤児院の奥へと進む。

 暗い廊下がぬるりと滑る。あまり想像したくはないが、血で床が濡れているのだろう。そろりそろりと歩くカルザスのつま先が何かを蹴った。目を見開いたまま事切れておる孤児の死体だ。

「……誰か……僅かでも息のある方は……いないんでしょうか?」

 喉を切り裂かれた幼い子供の瞼を閉じさせ、カルザスは暗闇に目を凝らす。

「酷すぎますよ、シーアさん……」

 眉を顰め、カルザスは半開きになっているドアを押してみる。部屋の中央には、腕を切断された子供を抱いたまま事切れておるニュートの姿があった。ただ、その首は不自然な方向へ折られてしまっている。

 ただ数刻の間、言葉を交わしただけの知り合いだが、顔見知った者の死はより深くカルザスの気持ちを苛む。

「本当に全員を手に掛けてしまったんでしょうか」

 ──暗殺者が生者を残すとは考えられん。しかも、正気を失っておる状態なら尚更な。

 更に奥へ進むカルザス。孤児院の入り口に広がる小さなホールで、最も惨たらしい死体を見つけた。

 原型が分からぬほど顔を抉られ、なおかつ体の至る場所の肉を削がれておる大人の死体だ。酷い箇所など、骨が見えておる。おそらくホセなのだろう。シーアの憎しみが如実に表れた遺体だ。

「気分が……悪くなってきました」

 無理もない。このような惨い殺害現場など、普通に暮らしておれば見る機会など、一生有り得ないのだからな。

 だがあまりに現実離れしすぎておるせいか、嫌悪感という感情はやや薄れつつある。今はただ、息のある者を探して孤児院の中を徹底的に調べるだけだ。それしかできんのだからな。

 どれほど院内を探しただろうか。全てが徒労に終わり、カルザスと俺は諦めの境地で腹の奥から息を漏らす。

「戻りましょう。シーアさんが待っていま……」

 カルザスがそう口にしかけた時、カルザスの背に固く鋭いものが押し当てられた。

「黙って歩け」

 押し殺した奇妙な声。振り返ろうとすると、背に当てられたものがすっと食い込んでくる。

 短剣……か?

「……承知しました」

 声の主は男だろう。だが、姿を確認できぬ限り、それ以上は分からん。

 男に指示されるまま、カルザスは孤児院を出て、更にスラムを抜け、朽ちた廃屋に辿りつく。廃屋というか、廃屋跡、と表現する方が正しいかもしれん。骨組みしか残っておらんのだから。

 ここはラクアの外れなのだろう。随分歩かされた。

「裏切り者はどこに隠れている?」

「さて、何の事か分かりませんけど?」

 カルザスがとぼけると、カルザスの腰に差してあった剣を、背後にいた者は奪い取ろうと掴んだ。

「これは僕の商売道具ですから!」

 男が剣帯を外すのと、カルザスが柄を逆手に握るのはほぼ同時だった。

 逆手のまま、鞘から抜き放った剣先を背後に突き入れる。そのまま前方へと跳んで両手で剣を握り直し構えた。

「暗殺者さんですか?」

 男は暗殺者であった時のシーアのものとよく似た黒い皮の服を着て、その上に外套を羽織っておる。手には薄刃の短剣。どうやらこれを背に押し付けられていたらしい。

「最初に断っておきますけど、手加減しませんから」

 カルザスはそう言い、剣先をやや下に構えたまま踏み込んだ。素早く剣を掲げて振り下ろすが、その剣撃は容易くかわされる。しかしカルザスは目を細め、不敵に口許に笑みを浮かべた。

「……シーアさんより遅いです」

 俺にしか聞こえんような囁きだ。

 再度剣を構えて前進したカルザスは、剣先ではなく、くるりと手首を返し、剣の柄で暗殺者の肩を殴りつける。重い剣先を振り回すより、重心の低いこちらの方が攻撃速度が早い。だがより相手に接近せねばならないというリスクが生じる。

 おそらく本来の俺に剣術の心得は全くないのだろう。今、カルザスが起こした一連の行動は、俺には全く予想できなかった動きだ。

「……っう、く!」

 カルザスの柄の一撃を辛うじて避けたが、暗殺者は体勢を崩しながらも膝蹴りを放ってくる。ただでは倒れんという事か。

「こっちには暗闇というハンデがあるんですよ!」

 暗殺者の膝蹴りを屈んでわざと腕で受け止め、密着状態になった奴へ、カルザスは再び剣の柄を叩き入れる。奴が完全に体勢を崩したところへ、カルザスはわざと狙いを定めず剣先を突き入れた。

「がっ……!」

 鈍い手応え。暗殺者に傷を与える事に成功したらしい。

「ハンデがあって、これですか。暗殺者って、もっと手強いものだと思っていました。最初に手合せした方のレベルが高すぎたんですね」

 カルザスが再び剣を振りかぶる。

 暗殺者の悲鳴は、誰にも聞きとがめられなかっただろう。人目を避け、このような辺鄙な場所へと誘い出した暗殺者の誤算だ。

「片腕だけ残してあげます。もう暗殺者は廃業ですよ、あなた」

 短剣を持っていた方の腕、おそらくは利き腕を見事に肩から切断し、カルザスは暗殺者の胸倉を掴み上げる。

「目的はシーアさんですね? ああ、このお名前は偽名なので、頭目代行さんと言った方があなた方には分かりやすいですか?」

「う……裏切り者に死を……」

「そんな事はさせませんよ。僕、あの方の護衛ですから」

 カルザスは暗殺者の鳩尾に拳を叩き入れる。唾を吐き、暗殺者がその場へと崩折れた。

 やはりこの男は、油断さえしていなければ腕は立つ。いつも相手にいらぬ恩情をかけ、本来の力を出し切らぬ。ゆえに見くびられるのだ。

 愚かな行為だ。だが、それこそがカルザスらしい。

「ついに直接交戦って感じですねぇ」

 カルザスが剣を、拾った鞘に戻してぼそりと呟く。

「……怪我、ない?」

 控えめな声がして、カルザスはそちらへと顔を向ける。長い銀色の髪と、藍色の長衣の人影。男装に戻っておるシーアだ。

 おいおい。足音はもちろん、全く気配など感じなかったぞ。今、剣を交えた暗殺者とシーアとでは、その実力差は雲泥の差という事だ。

「大丈夫です。この方、シーアさんより動きが鈍い方でしたから」

 少々重そうに荷物を胸の前で抱えたまま、シーアは俯いている。

「でも……この不利な状況で暗殺者を打ち倒せる人って……そうはいないから。夜目はあんまりなんだよね?」

「あはは。僕、シーアさんの前では連敗でしたからね。見くびってました?」

 シーアはカルザスに駆け寄り、小さく頭を下げる。

「……ごめん、なさい……」

「頭は冷えました?」

「……うん」

 荷物を強く抱いたまま、シーアは顔を背ける。

「た、頼むよ、カルザスさん……おれを……助けて……お願いだから」

「もう誰も殺めないと誓えますか?」

 シーアは躊躇うように口許に手を当て、静かに頷く。カルザスは手を差し出し、笑みを浮かべる。

「短剣、僕が預かります」

 シーアは顔を上げ、息を飲む。

「あなたにはまだ体術がありますけれど、これはけじめです。意味、わかりますよね?」

「……う、うん……」

 震える手で荷物を漁り、赤黒い染みが微かに残る鞘つきの短剣を差し出した。

「僕こそ……すみませんでした。あなたに隠れて、こそこそと過去を嗅ぎ回るような真似をしてしまって。僕はもうあなたに隠し事はしません。だからあなたはちゃんと僕に付いてきてください。あなたの指針になる事はできませんけど、前を歩く風除けくらいにはなれますから」

 従順に頷くシーア。

「今夜中にラクアを出ましょう。また夜中の強行軍ですけど、しかも雨上がりの夜道ではありますけど、シーアさんは夜目が利くんでしたよね?」

「う、うん……大丈夫……」

「どうか安心なさってください。今度はちゃんと剣が振れますから、あなたを護れます。もう暗殺者なんかに負けませんよ」

 意識を失っておる暗殺者を見下ろし、カルザスは肩を竦める。

「あの、えっと……」

 シーアが意を決したように口を開く。

「おれも……行かなきゃって思って、宿に戻って、カルザスさんの分も勝手に荷物纏めてきたんだ。その……勝手にごめん……」

 と、差し出すのは宿に置いてきたカルザスの荷物だ。カルザスはにこりと微笑み、受け取る。

「手間が省けました。行きましょうか」

「うん……」

 町を出るためには砂塵の進入を防ぐための防砂堤を乗り越えねばならん。比較的壁の低い箇所といえば、スラムのあたりだろう。そのため、再びスラムを目指そうとした時だ。

 シーアがカルザスの袖を掴んで引き止める。

「どうしました?」

「……囲まれてる……」

 気配は感じぬが、シーアが言うのだから間違いないだろう。それに……つい先ほど、暗殺者と一戦交えたばかりだ。仲間が近くにおってもおかしくはない。少し考えれば分かる事だ。

「さっきの雑魚……ううん。さっきの奴より、ちょっと上くらいの奴が多い。一人で大丈夫?」

 不吉な事を言いおったたな、シーアめ。

 先ほどの暗殺者は、カルザスは比較的簡単に倒してしまったようだが、シーアははっきりと雑魚と言い放った。しかも、今、囲まれておるのは先ほどの者より実力が上だとか。

「何人くらいでしょうか?」

「……七人……くらいかな。あいつらも足音消せるから正確には分からない」

「分かりました。じゃ、最初から手加減無しの本気でいきます。シーアさんは手出ししちゃ駄目ですよ」

「……短剣は……カルザスさんが持ってる」

「そうでした」

 カルザスは苦笑し、剣の柄に手を掛けた。

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