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砂の棺  作者: 天海六花
立ち止まる事、振り返る事
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「どうしてシーアさんがそこに寝ているんですか?」

「気にしない気にしない」

「気にしますっ」

 シーアの部屋は隣のはずだ。だが、奴はカルザスのベッドに寝転び、どこで調達してきたのか、ウラウローの地図を眺めておるのだ。

「やっぱ、エテル経由が一番近道だよな。山脈を越えるための山道も近いし」

「シーアさん。僕の言葉、ちゃんと聞こえてますか?」

 面倒臭そうに首をこちらへ向け、シーアはため息を吐く。

「うるさいよ、カルザスさん」

「ご自分のお部屋があるでしょう? 僕の寝る場所を占領しないでください」

「一緒にいていいって言ってくれたの、嘘な訳?」

「嘘じゃないですけど、同じ部屋で寝泊まりするという意味ではありません」

 シーアは長い髪を指先に絡め、上目遣いにカルザスを見つめる。

「私、せっかく今夜は甘えようって思ってたのに。酷いわ、カルザスさん。私が夜伽よとぎの相手じゃ不服なのね」

「都合のいい時だけ女性の真似をして、気味の悪い事を言わないでくださいっ! 僕にそういった趣味も興味もありませんから!」

 女装しておる時のような艶っぽい笑みを浮かべていたシーアだが、むすっとした表情になり、ベッドの上で胡座を掻く。

「……おれが情夫なんてやってたから気味ワリィって思ってるの? 男に体触らせる男なんて最低って思ってる訳? 言っとくけど、おれだって好き好んであいつに押し倒されて弄ばれてた訳じゃねぇよ」

「誰もそこまで考えてません!」

 セムにさえ手出ししないなら、自分は同性の育ての親とまぐわってもよいという思考は、俺には全く理解できんな。男に自らの体をいいように弄ばれるなど、考えただけで鳥肌が立つ。いくら女のように育てられたと行っても、そのような性的虐待に何も感じはせんかったのだろうか?

「僕が指摘したいのは、どうしていきなり僕にべったりになったかです。ここまでくっ付いてこられると、返って不自然で気味が悪いですよ」

「あんたに惚れてるから」

 即答したシーアの言葉に、思わず身を引くカルザス。

「冗談だよ。本気にするなよな」

 シーアが茶化すように笑う。

「半分は本当だけどね。惚れてるってのは、兄貴とか父親みたいな雰囲気だからかな。細かいトコまでいろいろ世話やいてくれて、何しててもちゃんと見ててくれて、そういうの、おれは知らなかったからさ」

 なるほど。シーアの場合、世話をされるという事は将来の暗殺者を育成するため、行動を見守られるという事は不審な動きをしないか監視されるため、という事になる。それらは親や兄弟から与えられる愛情とは明らかに異なる。

「そういう事でしたか。思わず邪推してしまいました」

「おれって信用ねぇの……」

 頬杖をつき、シーアは眉をひそめる。カルザスは両手を広げて、肩を竦めた。

「でも僕がシーアさんのお兄さんというのは変ですよ。だってシーアさんの方が、僕より年上なんですよね? 今まで、とてもお子さんがいらっしゃるようには見えなかったですし……」

 孤児院でニュートから聞いた話では、十年ほど前の段階で、シーア・セムは十五歳だった。現在生きておれば二十代半ば。

 俺の見た夢の中で、シーアがセムと同じ年齢や年下だとは考えられぬから、その辺りを踏まえても、シーアは二十二であるカルザスより年嵩としかさのはずだ。

 シーアは両足を床へと下ろし、口許に手を当てて考え込む。そしてカルザスを見上げた。

「カルザスさんやセルトさんは幾つなの?」

「僕ですか? 僕は二十二です。セルトさんは分かりません。物知りですし、語り口調からして、多分年上だとは思いますが」

 シーアは目を細めて笑みを浮かべる。

「ふーん。やっぱ思ってたより若いね。あの時カルザスさんは九歳か……じゃあええと……シーアはカルザスさんより六つ上。おれはシーアより二つ上、かな。シーアが死んだのは今から十三年前。はい、計算して。あ、ちなみにおれもシーアもあくまで孤児だったから、実際の生まれ年は分かんないからね?」

 シーアに言われるままに、カルザスは慌てて指を折り始める。……おい、こら待て。お前は一応商人の息子だろう。頭の中で計算せぬか。

「え、えと、セムさんが僕より六つ上で、シーアさんがセムさんより二つ……え? ええっ? さ、三十って、本当ですかっ?」

「そういう年寄り見るような目はやめろよな。さっきも言った通り、おれは孤児だから、正確な生年月日は分からねぇんだって」

「は、はぁ……」

 驚いたな。この男、もうそんな年齢だったのか。見た目はカルザスとほとんど変わらん上に、あの優れた身体能力。むう……やはり年齢不祥としか言えん。

「シーアさんてお若く見えてましたけど、僕より八つもお兄さんだったんですね。申し訳ありません。これからは言葉遣いに気をつけます」

「やめてくれよ。カルザスさんにそんな風に改まられちゃ……これから……た、頼れないだろ……」

 俯き、唇を噛むシーア。この者の心の成長は、セムを失った時に止まっておったのかもしれん。それがようやく動き出したのだ。カルザスの大らかさと優しさによって。

 今にも泣き出したいとでも思っているのか、僅かに奴の双肩が震えている。必死に泣く事を堪えているようにも見える。これは……放り出せんではないか。そこまで無情になる事など、俺にもカルザスにも絶対できんではないか。

「すみません。あの……いいですから。これまでのように、僕の袖を掴んでついて来てくださっていいですから」

 シーアはカルザスの言葉を聞き、手を伸ばしてその袖を掴む。

「……頼むから……もう泣かすなよ。おれ、ホントはすごく弱いんだから。シーアもセルトも、もうおれの手の届かない所に行っちゃって、おれの手が届くの、もう、あんたしか……カルザスさんしかいないんだから」

「はい。僕でよければ、頼っちゃってくださっていいですよ。すみません、意地悪言っちゃって」

 シーアが頷くと同時に、その手に力がこもる。カルザスは幼い子をあやすようにシーアの髪を撫で、目を細める。

 確かにシーアは……脆く、弱い。

「大丈夫です。僕はこの手を離しませんよ。だから僕と一緒に、セムさんとの約束を果たしましょうね」

 返事はなく、頷きもせず、シーアは俯いたまま、カルザスの袖を掴んでいるだけだった。

 果たしてカルザスは、セムの代わりとなる事ができたのだろうか? いや、セムの代わりなど、誰にもなれるはずがない。セムがシーアに、シーアがセムに向ける愛情のひと欠片ですら、誰にも真似る事はできないのだ。

 今夜は星の綺麗な、静かな夜だった。

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