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砂の棺  作者: 天海六花
か細く脆い幸福の中で
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   か細く脆い幸福の中で


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 昨夜のあまりに突っ込んでしまった失言を詫びようと、身支度を整えたカルザスはシーアの部屋を訪れた。ノックし、どうせ鍵が掛かっていて開かぬだろうと、高をくくって返事も待たずにノブを捻るカルザス。だがドアは簡単に開いた。

 ん? 昨夜シーアは鍵を掛けたはずだが開いているようだな。まあいい。

「シーアさん、昨夜はすみま……」

 ドアを開けるなり胸倉を掴まれて壁に押し付けられ、喉元に鋭利な短剣の切っ先が突き付けられる。カルザスは仰天して声も出ない。

「……なんだ。あんたか……脅かすなよ」

 短剣を下ろし、シーアはカルザスから手を離す。そしてこちらに背を向けたまま、短剣を鞘へと収めた。

「お……驚いたのはこちらですよっ!」

 激しい動悸の治まらぬ胸元を押さえ、カルザスは抗議の声をあげる。

「訪問者に対していきなりそういう事をするのって、よくない事ですよ」

「……それ、本気で言ってる?」

「当たり前です」

 シーアは腰に手を当て、呆れたように首を振る。

「危機感のない人だねぇ、カルザスさんて」

 椅子へと腰を下ろし、片膝を立ててその上に頬杖を付くシーア。女装は解いておらんせいか、その仕草は行儀を知らん下品な女のようだ。

「昨夜はよく眠れた?」

「はい。とても」

「じゃ、一晩中見張ってた甲斐はあったね」

 シーアは苦笑し、肩を竦める。

「見張る?」

 一体何を言っているのだ、シーアは。俺もカルザスと同じで、状況がいまいち飲み込めんのだが……。

「すっかり寝こけてるあんたを起こさないように、来る奴を片っ端から追い返すのは大変だったんだぜ。残った店の連中には睨み効かせなきゃなんねぇし、目撃者があんなにいるせいで、自警団の連中には何も知らないって突っぱねる訳にはいかねぇし」

「はぁ、あの……おっしゃる事情がよく飲み込めないんですけど……」

 やや憔悴した印象を受けるシーアは、ため息を吐いて持っていた短剣をベッドの上へと投げ出した。

 磨きこまれたそれは、銀色に輝いている。数え切れんほど大勢の血を吸ってきたものだというのに、曇りひとつない。

「昨夜あんた、後始末は自警団に任せろって言ったじゃん。誰がいつ呼んだのか知らないけどさ。あんたが部屋に引っ込んでからすぐ、自警団が来て大騒ぎだったんだぜ。店の連中はほとんど拘束されちまうし、宿泊客は事情聴取の後で他の宿に移れとか言われるし」

 まあ、確かにそれが普通ではある。しかしカルザスはここにおるのだが?

「それにハドムや店の奴らはみんなおれの正体を知っておとなしくなったんだ。残った奴らが自警団の連中におれの事を告げ口しちまったら、おれもあんたもマズイじゃんかよ」

「ああ……確かに。そう言われてみれば、それもそうですねぇ……」

 カルザスは間延びした声で相槌を打ち、のほほんとしておったが、ふいに息を飲んで悲鳴染みた声をあげた。

「シ、シーアさん! あのっ……シーアさんが後継者さんだったって事、ばらされちゃったんですかっ?」

「うわ。反応おせぇ……」

 呆れたように首を振り、嘆息するシーア。

「さっきも言ったように、脅して黙らせたよ。さすがにおれに逆らおうって奴はいなかったしな。しつこい自警団の連中にはちょっと色目使って嘘八百並べて追い払ったんだ。あんたは熟睡中だったし」

 そうか……シーアは自分の正体を明かす事で、店の連中の口や行動を封じ、女の色香で自警団の追求を逃れたのか。そのお陰でカルザスは昨夜、安心して休息を取れたらしい。

 皮肉っぽく口許を綻ばせ、シーアは頬杖を付いたままカルザスを見上げている。

 カルザスのためとはいえ、シーアには辛い思いをさせてしまったな。辞めたいと願う暗殺者として振舞う事で、カルザスに休息を与えたのだ。本来ならば、自分とて一介の詩人として何食わぬ顔で休息を得たかったに違いない。

「……あの……すみません、僕のために。昨夜もまた余計な事に頭を突っ込んじゃったみたいで……」

 シーアは笑みを絶やさぬまま、小さく首を振った。

「別にいいよ。それに最初に首突っ込んだのはおれ」

 椅子から立ち上がり、シーアは両手を上げて体の筋を伸ばし、欠伸をする。

「その内、話せる気分になったら話すよ。だから今は忘れてくれよな。昨夜おれがうっかり口走った……“名前”の事とかさ」

「あ、はい。気が向いた時で結構です」

 多少はカルザスに対して、心を開こうという気になっておるのかもしれんな。でなければその内話すなどとは決して言い出さんはずだ。

「じゃ、おれ、昼まで寝てるから、誰が来ても追い返してくれよな。それくらいできるだろ、傭兵さん」

「ええ、それはもちろんですけど……あ、あの……シーアさん?」

 ベッドに横になるなり、微かな寝息をたて始めたシーア。どうやら昨夜は本当に一睡もせずに不寝番をしていたらしい。元暗殺者がこうもすんなり他者の前で無防備な姿で眠るとはな。それだけカルザスに対し、心を許しているのだと信じたい。

「何だか僕がシーアさんに護衛されてるみたいですね。シーアさんが僕の依頼主だというのに」

 カルザスは苦笑し、自嘲気味に呟く。共に存在しておる、俺にしか聞こえんような、声にならん声で。

 ──仕方あるまい。お前とは明らかに修羅場の数が違う。

「修羅場というか、過ごしてきた世界の違いです。傭兵は確かに危険な仕事ですけど、常に命を狙われるというような経験なんてありませんでしたから」

 カルザスの言う事ももっともだ。

 他の傭兵はどうだか知らんが、カルザスの場合、命の危機に陥るような仕事などあまり無かったのだ。せいぜい有象無象に湧き出てくる盗賊どもとの乱戦程度のものだからな。カルザスにそこそこの剣の腕があったためか、ただ単に幸運に恵まれていたのか、死ぬか生きるかというような極限の緊張感など、毎日の生活を送る上で必要なかったのだ。

 それがここへきて、連日に及ぶ命の駆け引き、緊張の連続。本来は呑気なカルザスとはいえ、かなり精神を摩耗しているようだ。自警団が発てる物音にも気付かんほど、熟睡しておったようだしな。

「たまにはいい所、見せたいんですけどね。僕、シーアさんにはみっともない姿ばかり見せていますから」

 カルザスは苦笑しながら部屋を出る。

 ──おい、中にいてやった方がいいのではないのか?

「確かにそうかもしれませんが、こればかりは世間が許さないでしょう。無防備にお休みになっている女性と同室でいるなんて」

 む……。ため息を吐きたくなった。

 ──カルザス。あやつは成りはあれでも男だぞ……。

「あ。そうでした」

 本気で忘れていたのか、とぼけているのか……。たびたび思うのだが、俺にはカルザスという男が本気で理解できん時がある。今がまさにそれだ。

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