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To be Best Friend

「お邪魔しまーす。」

 友哉の暮らすアパートに足を踏み入れたのは初めてだったが、さすがというか好青年な見た目通りきれいに整頓された部屋だった。

「悪いね、急に呼び出して。」

「ううん、全然。来てみたかったんだけど、さすがにそれはなんかまなちゃんにも悪いかなって思って言わなかったんだ。でも友哉君の方から声掛けてくれるなんて、ちょっと嬉しい。」

「愛美の事なんて気にしなくていいのに。それにしても。」

 急に振り返った友哉の顔が佐奈の顔にぐっと寄ってくる。一瞬どきりとするも、その距離は互いの鼻先が当たる少し手前で止まった。

「な、なに?」

 しげしげと佐奈の顔を見つめた後、友哉は満足そうに笑った。

「すっかり愛美だね。」

「そう、かな?」

「うん。化粧とか雰囲気とか。喋り方もだいぶ良くなったよ。何より、自信が違うね。昔は閉じこもってた自信も、今は溢れる程外に出てるよ。」

「そりゃ、まなちゃんの為だもん。親友の為なら頑張るわよ。」

「ははっ。さすがだね。まあゆっくりしといてよ。」

 そう言い残して友哉は部屋の奥へと消えていった。部屋着にでも着替えるのだろう。

 友哉のおかげで、佐奈はすっかり愛美のように変わった。最初は自分自身に対しての違和感が強くてなかなか慣れなかったが、割り切ってしまえば案外どうという事もなかった。何より、そんな自分を周りが評価してくれたのが大きかった。今の方がいいよだなんて言葉をもらって佐奈は有頂天になっていた。これでよかったんだ。愛美も喜んでいてくれたように思う。

「友哉君、飲み物とかって何か適当にもらっても大丈夫?」

「ああ、いいよ。」

 喉の渇きを癒そうと台所に目をやった。

 少し不思議な光景に思えた。冷蔵庫の右隣に隣接するように存在している台所スペース。

 そこには紙パックのお茶やペットボトル、おにぎりと言った食材系統がいくつも出されている。これから何か作るにしてもその配列はちぐはぐに思える。

「ねえ、この台所の上にあるお茶もらうよ?」

 すると部屋の奥からああ、いいよと了承の返事が聞こえたので、佐奈は紙パックのお茶に手を伸ばそうとしたがその時、あ、いやと再び友哉の声が聞こえたので伸ばしかけた手を引っ込めた。

「なに?」

「ごめんごめん。それなら冷蔵庫にちゃんと冷えたものもあるからそっちを飲んでくれていいよ。」

「あ、そう?じゃあそうする。」

 じゃあこれらの品も冷蔵庫に入れればいいのにと思いながら、佐奈は上段、中段、下段と三段にくぎられた冷蔵庫の一番面積をとっている中段部分に手を掛けた。ぐっと手前に扉を開くと冷気が外にこぼれ出した。そして次の瞬間、あり得ないものが目に飛び込んできた。

「いやっ…!」

 途端足が体の支えを放棄し、力の抜けた佐奈の体はそのままどたっと勢いよく尻から地面に倒れた。

 飲み物なんてないじゃない。

 そんなものどこにもない。

 その代りにすっぽりと中におさまっていたモノ。

 初めそれはマネキンかと思った。だがそれにしては質感が生々しいように見える。

 そこにあったものは、首下から腰先部分までの女性の裸だった。

 首元と肩口、太ももから先の部分は荒々しく切り落とされている。

 それは無理矢理、冷蔵庫という空間に収める為だけに行われた処置のようだった。

 心臓の鼓動が急速に速まる。 

「後で見せたげようと思ったんだけどさ、自分で開けてもらうのもいいかなと思って。」

 不意に近くで聞こえた声に驚き、勢いよく首を後ろに回すといつの間にか自分の真後ろに友哉が佇んでいた。

「友哉君……これ、何……?」 

 本当に知るべき事だろうか。知る必要なんてない。むしろ知らない方がいいに決まってる。こんなものがこんな所にある意味なんて関わらない方がいいに決まってる。それに信じたくなどないが、これが何かなんて事は佐奈にはもう見当がついていた。

 これはマネキンなんかではない。

 人間の死体だ。

 ただ問題は、これが誰だったのかという事だ。

「おいおい冗談だろ。佐奈ちゃんなら一発で分からないと駄目でしょ。」

 へらへらと笑いながら、へたりと地面に腰を落としている佐奈の横を通り抜け冷蔵庫が手に届く位置にまで移動する。

 友哉の言葉は佐奈の頭にすぐ答えを導かせるのに十分なものだった。

 じゃあ、やっぱりこれは……。

 友哉が冷蔵庫の上段に手をかける。

「うっ……!」

 どちらにしろ死体である事はもう覆らない。その時点で状況は至って異常である。だがせめてそれだけは、それだけはと佐奈は必死で願った。

 だが、願いなど所詮、人間が創り出したどうにもならないものに対してすがりつくためだけの、逃避行為に過ぎない何の結果も生みださないものなのだ。

 開かれた小さな扉の先に見えた愛美の首が見えた瞬間、佐奈は願いの虚しさを知った。

 愛美は目を閉じ穏やかな表情をしていた。そこだけ見れば安眠に身を委ねているように見える。しかし同じく荒く切り落とされた首のつけね部分が、彼女がすでに死へと繋がっている事実を表していた。

「佐奈ちゃんに会わせる前に捨てるわけにもいかなかったからね。無理矢理だけど、なんとかちゃんと入ったよ。」

 笑顔を崩さず友哉は佐奈に話しかける。この男は何で笑っていられるのだろう。

「……殺したの?」

 そう尋ねると、そうだよとさも当然のように友哉は答えた。

「これね、佐奈ちゃんの事、裏切ったんだよ。」

 “これ”という言い回しが、愛美に対してのものである事に佐奈はおぞましさを感じた。もはや友哉にとって愛美は人ではないという認識なのだ。

あんなに仲良さそうに笑い合っていたのに。幸せそうに見えたのに。

「俺が佐奈ちゃんと出来てるんじゃないかって。馬鹿だろ?くだらなすぎてさ、もうこれ駄目だなって思って。」

 その発言は佐奈にとって少なからず悲しい言葉ではある。愛美が自分と友哉の事をそんな風に見ていたなんて。愛美が生きていればそんなふうにちゃんとショックに思えただろうが、そんなものは耳に入ってこない。そんな理由で愛美を殺した友哉の行為に比べればかわいいものだ。

「それに、佐奈ちゃんが頑張ってるってのにさ、全然それを理解してなくて。」

 バタンと冷蔵庫が勢いよく閉じられ、愛美の首が見えなくなった。

「あーあ、ほんとにがっかりしたよ。二人は親友だって信じてたからね。それに羨ましかったよ。互いに互いを大事に思って、互いを必要としてて。羨ましいな、なんて思ってたのにな。」

 はあっとため息をもらし肩をすくめる。

 狂ってる。この男は完全に狂ってる。

 見知っていたはずの友人の恋人は、いまや未知の恐怖そのものだった。

 逃げなきゃ。一刻も早くここを立ち去らないと。

 しかし、体は思うように動いてくれない。完全に体がすくんでしまっていた。

「でも。」

 友哉がぐっとこちらに近寄ってくる。

「……いや……。」 

 そしてそのまま馬乗りになるような形で佐奈の上に友哉が屈む。

 近くで見た友哉の顔は、やはりもう知らない何かだった。

 じっと友哉は佐奈の顔を見つめる。

 ついさっき玄関で同じように顔を突き合わしていた時に見た温和なものではない。

 まるで値踏みでもするかのような遠慮のない視線。

 心が自分に見えるようにと脅迫してくるような暴力的な視線。

「佐奈ちゃんは、違うよね?」

「……え?」

「佐奈ちゃんは、あれとは違うよね。」

 友哉の言葉の意味を汲み取り、佐奈は必死で首を縦に振った。

 その反応に、友哉は懐疑的に目を細める。

「ほんとに?」

 低く、恫喝するようなこれが最後のチャンスだと言わんばかりの声。

「ほんと、ほんとだよ!」

 それでもしばらく細めた目を解かなかったが、やがて友哉の顔が今まで見知った柔らかい笑顔に変わった。

「だよね。」

 ほっとした。まだ生きている。危機が完全に去ったわけではないが、首の皮はつながった。しかし、どうすればいいだろうかと思案にくれようとした思考は友哉から伸びた両腕に遮られた。その両腕の先にある佐奈の首元はごつごつとした友哉の両腕でしっかりと包み込まれ、ぎりぎりと締め上げられた。

「あっ……!ぐっ……!」

 パニック状態の脳内で様々な言葉が飛び交う。

 なんで。なぜ。どうして。

 多くはそんなものだったが、一つ一つを識別する余裕などない。

 友哉の両手をはがそうと抵抗を試みたが、馬乗りになった友哉の両足がしっかりと佐奈の両腕を踏みしめていた事でその試みは叶わない。

「さすがだね。やっぱり佐奈ちゃんは違うと思ったよ。」

 笑っているのか、この男は。この状況で。

 佐奈の中で恐怖が加速していく。

 目の前にいる男は、人ではない。

 死んでしまった愛美の生首の方がまだよっぽど人間に思えた。

「あれ、どしたの?死ぬの嫌なの?」

「……ぐ……がっ…!」

 友哉の力が更に強まる。ぷちぷちっと圧迫された血管が切れるような音が聞こえた。

「佐奈ちゃん。がっかりさせないでよ。親友なんでしょ?いつまでも一緒にいたいんでしょ?」

 いつまでも一緒。

 愛美と親友としてずっと。

 でもそれは、この世では叶わなかった。

 ずっと一緒にいれると思ってたのにこんな風に終わるなんて。

「だったらこんな所で生きてちゃ駄目でしょ。ちゃんと傍にいてあげなきゃ。」

 視界がぼやけ、意識が薄れていく。

 ああ、死ぬんだ。ここで終わりなんだ。

 そう実感した時、急激に恐怖が一転した。

 薄れゆく意識の先に、愛美がいた。

 そこにいる愛美の姿はやっぱり綺麗で、魅力的だった。

 そうだ、こんな風になりたかった。 それなのに。

 かわいそうに。あんな姿にされて。

 怖かっただろうな。私だってすごく怖かったもん。

 一人で寂しいよね。

 待ってて。私も多分すぐそこにいくから。

 ちゃんと探すからね。

 今度こそずっと一緒にいよ。

 だって私達。

 親友でしょ。

 消えかける意識の中で、友哉の高笑いが遥か彼方の方で聞こえた。


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