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葵佐奈 相談事

「ごめんなさい。急に呼び出して。」

「いいよ、気にしないで。」

 柔らかな友哉の笑顔が佐奈の心を安堵させる。学校から二駅程離れたレストランで佐奈は友哉と対面した。友哉から声をかけられる事はあっても、自分から呼び出したのはおそらく初めての事だった。

 メールを打つ時、まるで初恋の相手に告白するかのように緊張した。今まで何度も話している相手なのに。変に意識してしまっているせいかいつも以上に友哉の顔を直視できない自分がいた。

「それで、相談って何?」

 今日友哉を呼び出したのは他でもない。自分の胸に抱える悩みを解決する為だ。

「えっと、その……。」

 しかしここに来て、今更ながらこんな事を人に打ち明けるべきなのだろうかと躊躇した。それじゃ意味がないのに。もじもじと口ごもっていた所に友哉はすっと言葉を置いた。

「愛美の事だろ。」

「えっ。」

「当たりみたいだね。そうだろう思ったよ。」

「どうして?」

 友哉にも愛美にも何も言っていない。なのに何故。まさかの返答に更に落ち着きを失い、テーブルの上に置いた両手の指をせわしなく動かしてしまう。そんな佐奈の様子を見て、友哉は軽く笑いまあ落ち着きなよと佐奈の目の前にある水の入ったグラスを少し近づけた。好意に甘えて佐奈は水をぐっと飲み込んだ。喉がすっきりするのと共に心も少し落ち着いたように感じた。

「なんとなく分かるよ。愛美の事で悩んでるんだろうなって。」

 ことりとグラスを置いて一呼吸置いたタイミングで友哉は話し始めた。あまり会話の上手くない佐奈に合わせていつも通り主導的に話す事にしたようだ。

「最初の頃はさ、愛美の話を出しても羨望っていうか、憧れてるんだろうなっていう感じで、すごく愛美に対していい感情を持ってるんだろうなって感じだった。でもなんか最近は愛美の話になると急に日陰に入ったみたいに暗くなってるような、そんな感じはしてたんだ。」

「……私って、分かりやすいね。」

 思わず顔を下げてしまう。自分一人で抱え込んでいたと思い込んでいた気持ちを、友哉は既に気付いていたのだ。それを一世一代の告白と思って今日を迎えた自分が恥ずかしく情けなく思えた。でもそのおかげで気が楽になり、佐奈は自分の思いを友哉に打ち明けた。

「つまり、愛美への気持ちは変わってないけど、自分自身への気持ちが変わっちゃったって事なのかな。」

「そう、だと思う。今でも愛美の事は親友だと思ってる。でも自分に自信がどうしても持てなくて。こんな私が親友の立場にいて大丈夫かなって。」

 そばに居たいのに、離れたくないのに、近付けば近付くほどに心も体もきつく締め上げられるように苦しくなる。とんだジレンマだ。なぜこんなふうになってしまったのだろう。それもこれも、自分に自信を持てずに生きてきたこれまでの自分自身のせいだ。そのツケが回ってきたのだ。

「ほら、またいろいろ考えてるよ。」

 友哉の声にはっとして思考を無理矢理に止める。これではいけないのだ。このままでは私は何も変わらない。

「親友ってさ、なんなんだろうね。」

 ぽつんと、友哉がそうつぶやいた。それはまるで独り言のようだった。

 それはと佐奈が答える前に友哉が話し始めた事で、佐奈は友哉の声に耳を傾ける事にした。

「中学の体育の先生がさ、お前達には今、親友と呼べる存在はいるかって。授業中急に言い出した事があったんだ。いるのなら、親友と友達の違いってなんだって。」

 親友と友達。どう違うのだろうか。仲の深さだろうか。いや、そんな単純なものでくくりきれるものではないと思う。

「親友っていうのは、そいつの為に命を捨てても惜しくないと思える存在だ。先生はそう言った。」

「命を?」

「すごいだろ。それまで考えた事なかったよ。だからその当時、それまで俺にもなんとなく友達よりも仲の良いやつらがいたから、そいつらを親友だって思ってた。でも、その瞬間に全てが覆ったよ。そこまで出来る存在がいるかって。」

「それで?」

「その基準に乗せた途端、そいつらも自分にとってはせいぜい友達レベルに過ぎない事に気付かされたよ。」

「……。」

「それからかな。親友ってのに憧れ出したの。」

 その先生の言葉は佐奈にとってひどく極端に思えたが、だからこそとても分かりやすく伝わってきた。親友の定義。それも一つの区切りとし納得出来た。それだけ大切だと思える存在だからこそ親友なのだ。

「佐奈ちゃんにとって、愛美は親友?」

 改めて友哉が尋ねる。そこに求める答えは、暗に親友という意味をもう一度よく考えた上でのものだ。

 私にとっての愛美。

 愛美は。まなちゃんは。

 大事な親友だ。

「親友だよ。」

 そう答えると、友哉は満足そうに顔を綻ばせた。

「だよね。分かってたけどね、そう答えるのは。」

「でも……。」

「大丈夫だよ。佐奈ちゃんは自分に自信がないだけ。そして愛美に対して強烈に憧れを持ってる。佐奈ちゃんが悩んでる理由って言葉にするとただそれだけの事なんだ。」

「それだけの事……。」

「そして、その二つはある事を実践すれば、一気に解決出来る。」

「ある事を?」

「愛美になればいいんだよ。」

「え?」

 愛美になる。一体どういう意味だ。友哉の言っている意味が分からず首を傾げていると、簡単な話だよと自分のスマホを取り出して、こちらに見せた。何かと思って見ると、そこに映っているのはどこかの街頭でとられたのか頭から足先まで画面に収まった愛美の姿だった。

「真似しちゃえばいいんだよ。」

「真似?」

「そう。佐奈ちゃんが今着ている服だって愛美程じゃないけど、影響受けてる証拠だろ。」

「うん、そうだね。」

「もっと思い切ってみればいいんだよ。それこそ同じ恰好をするぐらいに。」

「……そこまでしちゃうの?」

「それだけじゃない。もっと大事なのは内面だ。これは少し難しいと思うかもしれないが複雑に考える事はない。これも真似をするだけでいいんだ。愛美の喋り方や振舞い方をね。いつも近くにいる佐奈ちゃんならじっくり観察できるはずだ。」

「そうすれば、私はまなちゃんの親友でいられる……。」

「そうだよ。愛美に劣る佐奈だなんて自分を思う必要はない。愛美になる事が自然と自信に繋がるんだ。それに佐奈ちゃんは既に前々から愛美になろうと努力をしている。佐奈ちゃんのやり方は間違ってないんだよ。だからまず、自分のやり方に自信を持つことだ。」

 最初は何を言ってるんだと思った。だが、言われてみれば自分は既にそれを実践していたのだ。そうだ。私が愛美になればいい。愛美じゃない佐奈だと思うから辛いんだ。私は愛美なんだ。そう思えればこんな思いをせずにすむんだ。

「大丈夫。佐奈ちゃんなら、ちゃんと愛美の親友でいられるよ。いつまでもずっと。」

 友哉に相談して正解だった。

 私がやるべき事は分かった。

「ありがとう、友哉君。」

 私達は、ずっと親友だよ。まなちゃん。


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