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柚葉愛美 ひび

「友哉さあ、最近さーちんに会ってる?」

 友哉の暮らすアパートに来た愛美は、上り込むや否やそう切り出した。ソファーの上でくつろいでいた友哉は、なんだよ急にと特段なんとも思っていないといったいつも通りの調子だった。そんな友哉の態度がいつにも増して愛美の感情を逆撫でてくる。もやもやとした心の霧が色濃くなっていく。

「あの子、最近ちょっとおかしくない?」

「何言ってんだよ。普通だよ。」

 普通?何も分かっていない。何にも友哉は分かっていないのだ。平然とした友哉の様子に愛美の怒りは急騰した。

「普通じゃないわよ!」

 最初は地味な佐奈が愛美の影響で変化していってる事も、彼女の口から直接聞いたことはないが佐奈自身がそうなろうと努力してくれている事も知っているつもりだ。健気で気配りの出来る親友。

 今思えば、その頃から既に始まっていたのかもしれない。しかし、最近になって佐奈が愛美が今持っている鞄と全く同じものを自慢気に見せて来た時、さすがに愛美は違和感を覚えた。自分に近い服装や物を佐奈が使うようになっていた事ももちろん気付いていた。昔の佐奈では絶対着なかったようなものや使わなかったであろうもの。佐奈はその度に気恥ずかしそうにどうかな、と愛美に伺いをたててきた。そんな事いちいち気にしなくてもいいと思っていたし、もともとの素質が高い事もあってそれらの品はすんなりと彼女に馴染んでいた。でも、全く同じものを揃えてきたのは初めてだった。しかもそこに遠慮や恥ずかしさなどが感じられない。

 物以外にも言動にも変化が表れ始めた。おしとやかで落ち着きのあるものから、いつの間にかフランクで崩れた悪く言えば馴れ馴れしいものになっていった。人が変わったようだと周囲も驚いていたが、不思議とそんな佐奈の姿に対して周りは好意的だった。今の感じもなかなかいいねとか、ポジティブな感じで好感がもてるだとか。

 だが愛美にはそう思えなかった。いや、愛美だけはそう思えなかった。

「今のさーちん、まるで私みたいじゃない!」

 目の前に立っている佐奈は、もはや佐奈ではなく愛美のような姿をしたものだった。出来の悪い鏡を見ているようで気分が悪くなった。そして今日、決定的な事が起きた。

 授業が終わり、佐奈からお茶しようと呼び出され正門の方へと向かった愛美の目に映ったものは信じがたいものだった。

 佐奈の身に着けていた服は、愛美が着ているものと全身そっくりそのまま同じものだった。

「いいじゃないか。変わろうとしてるんじゃないか。今までの自分から。」

「だからって、なんで私そっくりになる必要があるのよ!」

 そこで友哉は少し不機嫌そうに表情を歪めた。そんな事も分からないのかと侮蔑するような視線だった。

「それは、佐奈ちゃんにとって愛美が親友だからだろ。」

 親友。親友だから、親友の私みたいになろうとする。

 え?なんで?親友ってそういうものなの?

 言っている意味がまるで分からない。

 理解してあげられない、私が悪いの?

「お前、佐奈ちゃんの親友だろ?今のお前の反応、とてもじゃないけど親友に対してのものじゃないと思うんだけど。」

 責められている。悪いのは私。

 違う、そんなわけない。おかしいのは佐奈の方だ。

「でも、気味悪いじゃない!そう思うのが普通でしょ!?だって全く同じ格好よ!嫌でしょ普通!」

「嫌じゃないよ。親友なら尚更そうじゃないか。」

 自分の感覚に間違いなどない。主張も間違っていない。なのに、友哉にその声はどうしたって届かない。 

 どうして?どうして?

 ……まさか、友哉。

 ずっと抱えていた針の痛みほどの小さな傷跡。それが今大きな亀裂となって口を広げた。

 そういう事か。なんだやっぱり、そういう事だったのね。

「友哉。あんた、出来てんでしょ。あの子と。」

 こうもあっさりと口に出せてしまった自分自身に少々驚いたが、どこか胸のつかえがとれたように感じたのも事実だった。

 図星なんでしょ。そうなんでしょう。結局こいつもただのそこらにいる男と一緒だったのだ。ちょっと顔立ちが人より整っていて、他人と上手く付き合えるからって人生なめているのだ。私みたいな女一人、手玉にとって遊ぶなんてわけなかったのだ。

 ぐつぐつと煮えたぎる怒りが勢いを増していった。

 しかし、勢いづいたはずの怒りは急速に冷えていった。

 友哉の目。射るように見つめる視線には何の温度も宿っていなかった。感情がどこにもない。何を思えばこんな冷たい目で人を見れるのだろう。

 違う。

 人だなんて思ってない。

 友哉の目に私はもう、生き物として扱われていない。

 そうとでもみなさなければ説明がつかない。

 自然と体が後ずさろうとする。

 それを見越してか、のそりと友哉はソファーから立ち上がる。無表情のまま、愛美の方へと近付いてくる。

 この一瞬で、彼の中の何かが大きく変わってしまったのか。とすれば、やはり悪いのは私だったのか。

「所詮、その程度だったんだな。」

 その瞬間に何が起きたのかは分からなかった。ただ、気付けば自分の視線が床と平行に並んでいる事と頭に残る鈍重な感覚から、何か強い衝撃を頭に受け自分が床に倒れ込んだ事が理解できた。

 何、これ。

 え、友哉?

「親友失格だな。」

 再びはしった頭部への衝撃を境に、愛美の意識は消滅した。


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