葵佐奈 重荷
ただいまも言わず、佐奈は玄関を開けそのまま自分の部屋に駆け上がった。扉を開けるや否や、バッグを放り投げベッドに倒れ込む。
だめだ。こんなんじゃ。
一度気にし出したら止まらない。昔からの悪い癖だ。
心配性な自分が嫌で嫌で仕方ないのに、常に心の中には心配事がうじゃうじゃしている。必要悪のように悪意に満ちているのにもかかわらず、そこにいるのが当然のような顔をしてのさばっている。こんな事考えても辛いだけなのに。
愛美は親友だ。愛美だってそう言ってくれている。
けど、愛美の近くにいればいるほどその自信が削られていく。何をしていても置いていかれるような焦りが止まらない。最近はその傾向が特にひどい。親友なのに近くにいるだけで息が詰まってくる。こんなに辛いのならいっそ断絶してしまえばいいのではないか、そう思ったりする事もある。しかしそんな事は佐奈には出来るわけもなかった。
これまで佐奈は上手く人間関係を築く事が出来なかった。整った容姿のおかげか最初は声をかけてくれるがそれに対応出来るだけのスキルが備わっていなかった。みるみるうちに人は離れ、ほとんどの人間は自分の周りに残らなかった。それでも少ないながら自分と言葉を交わしてくれる存在はいた。でもそれはどこかよそよそしく打ち解けていると呼べるようなものでは決してなかったように佐奈には思えた。
そんな佐奈の気持ちを知ってか知らずか、高校二年の時父が誕生日プレゼントに一眼レフを買ってくれた。昔から写真は好きだったが、カメラが欲しいだなんて一言も言ってなかったので佐奈は不思議に思ったが、初めて自分が撮った写真を見てこんなにも素敵な物を与えてくれた父に心から感謝した。それからはもう無我夢中でシャッターを切っていたが、撮った写真を人に見せる事は家族以外にはなかった。
「ねえ、お昼一緒に食べない?」
大学の広い講義室で一人ぽつんと座っていた佐奈に愛美はいきなり声をかけてきた。本当に私で合っているのかと周りを確認したが、どうやらその言葉が間違いなく自分に向けられていると分かった時、はいと答えたつもりだったが、そのたった二文字ですら佐奈は上手く言葉を発する事が出来たか怪しい程動揺した。
何を喋ったかは覚えていない。愛美が一方的に喋っていたような気がする。ただ一つはっきりと覚えているのは佐奈の写真を褒めてくれた事だった。そしてそれがとても嬉しかった事を覚えている。そんなきっかけを与えてくれた空見さんと父に改めて感謝した。
なのに。今の自分はなんだろう。
ベッドから体を起こし、クローゼットを開ける。昔は地味目な服が多かったが、気付けば最近は少し派手目な服が増えてきたような気がする。どれもこれも愛美に近付きたいという思いの表れだった。
愛美みたいになれたら。自信を持ってあんな女性になれたら、こんな心配もしなくなるんだろうか。
友哉君、私どうすればいいのかな。