柚葉愛美 出会い
「これ、また撮ってみたんだ。」
カフェのテーブルの上に遠慮がちに佐奈が広げた数枚の写真を愛美は遠慮なく自分の手元へと手繰り寄せた。いつ見ても本当に見事だと愛美は感心した。
「本当にさーちんの写真って綺麗だよね。心が洗われるっていうか。」
写真が趣味だという佐奈はいつでも鞄の中に一眼レフをしのばせ、何か彼女の琴線に触れるものが見つかるとその度にシャッターを下ろした。一眼レフといっても本物の写真家が使うような立派なものではない。でも単なる日常を切り取るだけにしては少し図体が大きいように思えた。
佐奈はそんな相棒を”空見さん”と名付けて大切にしていた。カメラに名前なんて正直どうなんだと思われかねないが、彼女のどこかふわりとした、舞っている酸素すら彼女を甘やかしかねない甘くとろけた雰囲気がそれを違和感なく浸透させた。
空見さんの写す景色はどれも素晴らしかった。
海、川、山。特に自然を写した写真が多く、空見さんが見せる世界ははなんてことのない日常にあふれる自然が、とてもかけがえのないものだと気付かせてくれた。そして空見さんなんて名前が付いている通り、最も多く彼(彼女?)が捉えるものが空の写真だった。他の自然に比べ一際美しく伝えてくれた。そして佐奈はそんな写真を少し照れくさそうに、でも少なからずの自信を携えはにかんだ。
「ほんと、いい写真だよ。」
「ありがとう。」
褒めてあげると本当に心の底から佐奈は嬉しそうな顔をする。時にそこまでと大袈裟に感じる瞬間もあるが、それが彼女の本心だと知ってから、ますます愛美は佐奈の事が好きになった。
どちらかと言えば派手でアグレッシブな愛美に比べると、佐奈は文学少女のようなしとやかで穏やかな女の子に愛美の目には映った。大学に来て佐奈を見た瞬間、地味さを残しながらもはっきりとした存在感を魅せる姿に何か惹かれ、愛美は彼女に興味を持った。
すとんと直線的に落ちた肩甲骨あたりにまでかかった黒髪は日差しを浴びた清流のようにきらめき、すっとした顔立ちは着物が映えるような日本美人的であり、自分のくっきりとした顔立ちや雰囲気とはまるで正反対のものだった。
友達になりたい。こんな子にはそうそう出会えないなと直感的に思った愛美はいつも通りの積極さで話しかけた。
が、最初の反応で彼女が人付き合いに関して決して得意なタイプではない事がすぐに分かった。それは彼女自身にとって、とてつもなくもったいない事に思えた。それから愛美は早速佐奈と連絡先を交換し、彼女との仲を深めていく事にした。
佐奈と時間を共有する事で分かった事が、彼女は本当に見た目通りの女性だなという事だった。おしとやかな雰囲気は彼女の内面の表れであると。
優しく、とても気が利く。とにかく周りの事をよく考えている深い気遣いがあった。そんな内面も自分にはないものだった。人は自分にないものを他人に求める。佐奈に惹かれたのもそういった本能的なものがあったのかもしれない。
だからというわけではないし偉そうに振舞うわけでもないが、これで後は人に対しての積極性があればとやはり口惜しく思った。その点については、佐奈にないもので愛美は持っているものだ。それは私から提供してあげなきゃ。佐奈の人生がもっとよくなるように。それが、私が彼女に出来る事。
「私の持ってるものは、さーちんにも分けてあげなきゃ。」
親友として。
そんなふうに愛美は思った。