間章 神の苦悩
もと来た道を戻っていったメルファンとソレーユを見送ったイレウスがその場にずるずると座りこんだ。ぼんやりと彼等の消えた方を見ている彼に、いつもの強い様子は見えない。どこにでもいる、ただの人に見えた。たとえ神と呼ばれる存在であっても全知全能ではなく、全てを管理しているわけでもない事をマドンナはここ数日間で知った。セレスティアに住む人々が神と呼ぶ存在であるイレウスさえも利用し、管理し、見張っている存在がいる。それが何なのか、マドンナは知らないし、イレウスに問う事もしなかった。
今起こっている何かは、イレウスよりももっと上の存在が関係しているのかもしれない。
「イレウス……様」
のろのろとこちらを見上げるイレウスの表情はひどく憔悴していて、今にも倒れてしまいそうだ。
「……メルファンは、大丈夫でしょうか?」
本当に聞きたいのはこんな事では無い。でも、どうしてもたった一つの疑問を口にする事が出来なかった。
「わからぬ。神域は本来我の管轄外だ。神の思惑を超えられるのは人しかおらぬ。我には……何も出来ぬ」
苦悩に満ちた顔。たとえ憎んでも、嫌っても、それでもこのセレスティアはイレウスの愛するものなのかもしれない。だからこそ、最後には力を貸し、救ってくれた。
何を言えばいいのかも判らず、マドンナはイレウスの手を握った。まるであやすように力をこめたマドンナにイレウスが小さく肩を震わせる。軽く笑ったように見え、マドンナも嬉しくなった。
「神域は、最高神が我を閉じ込めるために造ったもの。……セレスティアは我にとっては牢獄だ。そして、最高神の思惑を崩す力を我は持たぬ。今まで起こった事も、これから起こる事も、すべては我の罪だ。我への罰だ」
「……ても、あなたになくても、一人じゃ無理でも、私がいます」
「?」
マドンナの言葉に目を見張ったイレウスの表情に構うことなくマドンナは言葉を続けた。
「私と、イレウス様と、メルファンと……それに、過去のレーセや、これから生まれてくるレーセも。皆が一つに力を合わせれば、最高神の思惑を崩せるはずです」
「は……?」
「一人でやる必要なんてないんです。いけすかない、最高神に一矢酬いてやりましょうよ」
唖然としたイレウスの目をマドンナがまっすぐと見る。間違った事は言っていない。絶対に目をそらすものかと言うような、そんな強い意志を持った彼女の目をイレウスは見た。
次の瞬間イレウスの楽しげな笑いが黒の塔に響き渡る。何故彼が突然笑い出したのか、マドンナにはわからなかった。それでも、さっきまでの憂いが消えた事が嬉しくて、マドンナの顔にも笑みが浮かぶ。
今はまだ翻弄されるだけであったとしても、いつか、全てを終わらせる日が来る事を願って、力を溜めよう。そう心に決めた時でもあり、セレスティアが守られる事を強く願った時でもあった。
「メルファン、お願い」
マドンナの真実の願いは、誰の耳に聞こえる事もなく消えていった。




