1 異能者と魔術師
小刻みに揺れる地面の上にソレーユは立ち上がった。足に力をいれ、何とか安定を保とうとする。そうしなければ再び転んでしまいそうだ。
「殿下?」
いっこうに動こうとしないウィリアムに近づこうと一歩を踏み出したソレーユは思わず息を呑んだ。ゆらゆらと顔を上げたウィリアムの目が暗くよどんでいた。いつも彼がソレーユや他の人たちに向ける表情とは似ても似つかない、恐ろしく、そして嫌な表情だ。
「で……殿下……」
シャーー、と唸るような声と共に真っ赤な炎に包まれた巨大な猫がソレーユめがけて飛び掛ってくる。それが、ウィリアムの使い魔のウルラであると、すぐには気がつかなかった。ソレーユが彼の使い魔の本来の姿を見たのは今が初めてだ。
「ウンディーネ」
ウルラからの攻撃を避けつつ、ウィリアムに目をやると、彼の持つ石が赤い光を帯びた。それが、魔術師が魔法を使おうとしている合図なのは聞き知っている。
ソレーユの声に呼ばれ、現れたウンディーネが手を振ると大きな水の塊が四方に散った。彼女の力はウィリアムやウルラだけではなく、ヴィラとミラと彼女の使い魔のアブニールの事も捕らえている。
「な……何事……?」
思わず呟いたソレーユの問に答えてくれる人はいない。ただ、正気を失ったのがウィリアムだけではない事が怖い。何か嫌な事が起ころうとしているような、そんな気がした。
「……ここだけじゃないわ」
「え?」
「セレスティア中で魔術師と異能者が暴れている。一体何が……」
魔法石が光を帯び、遠くを見ていたメルファンの目がソレーユに向いた。
「騎士は?」
「止めるのに出てはいるけれど……」
言葉を濁すメルファンにアルシャークは顔を曇らせた。心配そうな表情でヴィラを見ている様子にソレーユが小さく息を呑む。騎士は恐らく異能者を力づくで止める事に抵抗は無いだろうが、魔術師相手にはそうはいかない。魔術師は彼等にとって家族だったり、友人だったり、はたまた恋人だったりする可能性もあるのだ。眠らせるだけならば良いような気もするが、簡単に遅れを取ってくれるほど甘い相手では無い。殺す気でかからなければ難しいかもしれない。逆に今の魔術師は彼等を傷つける事に何のためらいもしないだろう。
「ヴィラ!!」
突然悲鳴を上げてヴィラに駆け寄るアルシャークに目をやるとウンディーネの力にとらわれているヴィラがぐったりと意識を失っていた。それは彼女だけではなく、ウィリアムやクレアやミラ、そして彼等の使い魔も同様だ。突然の展開にソレーユとメルファンが目を見合わせた。
「何が……あったの?」
「判らない、けど……セレスティア中の魔術師や異能者が意識を失っているみたい」
「とにかく、こいつらを家に運んで、城に行ってみよう。何かがわかるかもしれない」
「ええ、そうね」
ウンディーネの力が全員の周りを取り巻く。彼等が向かうは、図書館。




