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緑の丘  作者: 白雪
第1章 つかの間の平穏
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2 ピクニック

「……何であなたがここにいるんですか?」

 ヴィラとの待ち合わせ場所にメルファン、ミラと共にやって来たソレーユが唖然と目を見張った。そこで彼等を待っていたのはウィリアムとクレアの兄妹だ。ここにいるはずが無いのに……。因みに、メイビーナは朝早くに出かけてしまったらしい。急用で今日は来れないとミラに伝えていったらしいが、どこに何しに行ったのかは把握してはいない。把握しなければならない理由も無いが。

「ヴィラが楽しそうにしているから理由を聞いたら君たちとピクニックだって言っていたんだ。だから、俺たちも混ぜてもらおうかな、と。ヴィラは知っているけど、聞いていない?」

 初耳だ。慌ててミラを見ると彼女もきょとんとした表情で首を振っている。知らなかったらしい。

「驚きました。殿下とヴィラはお知り合いで?」

「俺達も魔術師だよ?知り合いでもおかしくないでしょう?」

 確かにそうだが、ウィリアムもクレアも魔術師である前に王族だ。そう簡単に他の魔術師と親しくなれるとは思えない。

「俺やクレアが立場を気にすると思うか?」

 まるで心を読まれたかのような絶妙な言葉にソレーユは小さく首を振った。確かにそうは思えない。黒の塔の事件が片付いて然程時がたっていないのに、彼はあの時とは違う砕けた口調でソレーユと話す。簡単に彼女と親しくなる彼等が他の人と距離を置くはずが無い。

「つくづく、王族らしくない方たちですよね」

 呆れたような口調のソレーユにウィリアムはクスリと笑みを零した。

「好きであの場所に生まれたわけでは無いからな。ま、それは俺に限らず、誰にでも言えることだがな。貴族も、平民も、お前のような異能者も皆何も変わらないのに、何で誰も気づかないんだろうな」

 どこか遠くを見るかのような目で語るウィリアムにどう言葉をかけるべきなのか逡巡した。彼は時折不思議な表情をする。王族に生まれ、何の不自由も無く生きてきたように見えた彼は、きっとソレーユたちには想像も出来ない程の苦しみを抱えているのかもしれない。何の傷も、苦しみも無く生きていける人なんているはずが無いのだから。

「お兄様、いつまでソレーユを独り占めしているつもり?ヴィラとアルシャークも来たし、そろそろ行きましょうよ」

 クレアに言われ、振り向いたソレーユはヴィラの隣に立つ見覚えの無い青年に軽く会釈した。顔立ちはどこと無くヴィラに似ているから、彼女の弟だというのは簡単に頷ける。……彼とヴィラがまるで恋人同士のように手を組んで立ち、見詰め合ってさえいなければ。

「驚いたろ?あいつはアルシャーク・リゼルド。正真正銘ヴィラの弟だが、離れていた期間が長いからか、他聞稀に見るシスコン、ブラコン姉弟だ」

 引きつったような表情のソレーユを見かねたのか、ウィリアムが教えてくれる……が、だからと言ってソレーユの表情は変わらない。あの二人は姉弟と言うより、恋人だと言った方があっている。絶対に。そもそも姉弟なのに、何故、こんなに空気が甘いのだろう。

「ま、諦めろ」

 クスクスと笑うウィリアムの顔を今日ほど憎いと思った事は無い。







「ヴィラ、何でピクニック先がここなんだ?」

 呆れて、というよりは「ふざけるな」と表現した方が良さそうな雰囲気のウィリアムを見返すヴィラの表情に焦りの表情は無い。たとえ、アルシャーク以外の全てから睨まれているとしても。

 何故、ピクニック先が古の森なのだと、ソレーユでさえ疑問に思う。古の森は薄暗く、人が好んで近づく場所では無い。過去、神々が座したという時代から古の森には数多の魔物が存在する。古の森から出てくる事は殆ど無いが、魔物の数が増えれば街に出てくるモノもある。それを避けるために魔術師や騎士団が魔物退治をしている。ここにいるのは全員何らかの形で魔物を倒す力を持ってはいるが、好んで魔物と関わりたいとは思わない。ピクニックで古の森に入るなど論外だ。

「あはは……実はさ、ハルク様に〝どうせ、そのメンバーでピクニックに行くならちょっと魔物退治でもしてきてよ〝って頼まれちゃったのよね」

 ジリジリと後ろに下がり、苦笑いをするヴィラを見る目はどこまでも冷たい。

「頼まれたって、ハルク・ティフォーネにそんな話をしたの?」

 ミラに視線を向けられ目をそらすヴィラを見つつ、ソレーユは小さく首を傾げた。ハルクという名は彼女の知らない名前だ。

「ハルク・ティフォーネ様は騎士団長の一人で、陛下の近衛隊長です」

 そんな彼女に説明をしてくれたのはアルシャークだった。ここに来て初めて口を聞いた彼もまた、ソレーユを普通に扱ってくれる一人らしい。

「ありがとうございます。私たちは魔物退治をする事になるんでしょうか?」

「恐らく。相手がハルク様では我々に逆らう術なんてありませんからね。彼の言葉はイコール陛下の言葉ですから。恨むならヴィラではなくウィリアム殿下を恨んでください」

 ニッコリ笑顔でとんでもない事をのたまうアルシャークに、ウィリアムがキッと鋭い視線を向けた。

「ちょっと待った。それ、酷くない?」

「陛下に今日の事を話したでしょう?」

 ギクリと顔を強張らせるウィリアムにアルシャークが小さく頷く。

「そういうことです。食事の前に一人五体と言うことでどうですか?二人一組で動くのが無難ですから、二人で十体です」

 アルシャークの提案に皆、いやいやと言う表情で了承した。断る権利なんてあるはずが無い。







 ソレーユはウィリアムとペアになった。アルシャークとヴィラが組むのは当然の事のような気がしたが、ソレーユはできることならクレアとが良かった。それなのに、ウィリアムが勝手にソレーユをペアに決めてしまい、必然的に残りの三人が組むこととなった。

「殿下、何故、私……」

 ウィリアムについて森に足を踏み入れたソレーユはその場でピタリと歩みを止めた。頭の奥からガンガンと鋭い痛みを感じ、目の前が真っ暗になる。余りの痛みに蹲り、呻いたソレーユの背中に暖かな何かが触れる。優しく触れるモノは落ちて行くソレーユを捕らえてくれたような気さえして、徐々に痛みが引いて行く。

「……ユ!!ソレーユ!!」

 耳元で響いた声にソレーユはのろのろと目を開いた。ぼんやりとしていた視界が徐々に線を結び、覗き込んでいるのがウィリアムの今にも泣きそうな顔であると、漸く気がついた。

「……殿下……」

「よかった、突然倒れたからビックリした」

 額に触れるウィリアムの手が濡れている。魔術を使って癒してくれたのだろう。

「兄様、ソレーユは?」

「大丈夫だ。メルファンはどうだ?」

「こっちも平気」

 ウィリアムとクレアの兄妹の会話にソレーユはのろのろとクレアのいる方に目を向けた。少し離れた、やはり森との境目でメルファンが倒れている。

「ソレーユ、何があった?」

「判りません。突然鋭い頭痛がして、何も見えなくなったんです。……一体何が……」

 ぼんやりと宙を見ていたソレーユの視線が一点で止まった。古の森の、奥深く……本来ならこの場所からは見えないであろうところでよどむ空気を感じる。何か嫌なモノが徐々に広がりを見せているような、そんな気がする。

「ソレーユ……?」

「わかりません……でも、何か嫌な感じが……」

 口を噤んだソレーユの下で一度、地面が小さく揺れた。目を見張ったソレーユの下で、再び、今度は大きく地面が揺れた。突然の揺れに、ソレーユを支えていたウィリアムが地面に転がる。それは彼だけではなく、そこにいた全ての人間が地面の上に投げ出された。

 何が起こったのかわからない。でも、まるで、大地が泣いているようだと、そんな気がした。


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