1 太陽と死神
「あ……」
ブロックウェイ家の図書館の戸が開く音にカウンターに座っていた少女が読んでいた本から顔を上げた。パチクリ、と目を見張り彼女を見るその顔に覚えは無いが、向こうは彼女を知っているはずだ。異能者である彼女を受け入れてくれる人はほとんどおらず、大抵彼女がこの場所にいるのを見るなりきびすを返す。だから、彼女が店番をするのは余り良くないと思うのに、ここの主は気にしない。それどころか、静で丁度いいなんて笑うくらいだ。
今日の客もまた、彼女の姿を見たら出て行くと思っていたのに、そんなそぶりは一切見せず、とことこと彼女の前に足を進めた。
「ディオス、よね?あ……ごめん、今はソレーユだっけ?クレア様もいい名前をつけたわよね」
ニコニコと笑みを零し、カウンターの前に立つ女性のいでたちは魔術師のもので、だからこそ余計に信じられない。魔術師の異能者に対する態度は他と比べてかなりヒドイものだ。例外もあるが、例外はほとんど無いからの例外なのであって、今その例外が訪れるとは思えない。
「あの……」
「ああ、ごめんなさい。私はヴィラ・リゼルド。ミラの友達よ」
笑う彼女にソレーユは体の力が抜けるのがわかった。ミラ・メヒャーニクの友達が異能者に対して偏見を持っているとは思えない。そう考える事が出来る程度には彼女を信用している。
「ミラ様の……今日は何を?」
「魔術書を見に来たの」
「ご自由にどうぞ」
ソレーユが一枚の札を差し出すとヴィラは慣れた手つきでそれに魔力を流した。ここには何度も来ているのだろう。でなければここまで簡単にこれをこなす事は出来ない。魔術師が魔術書を見る事はそれだけの重大事だ。
ソレーユはその札に文様が浮かび上がるのを確認するとそれをヴィラの手の上に乗せた。これで、魔術書が保管してある場所への道が開かれる。
「ありがとう」
いとも簡単にお礼の言葉を口にしたヴィラにソレーユが小さく目を見張った。メイビーナもミラも良くしてくれるし、一人の人として彼女を扱ってくれる。だが、未だにその扱いに慣れる事が出来ない。
「ね、ソレーユってどういう意味か知ってる?」
クルクルとカードを弄んでいたヴィラからの突然の問にソレーユは軽く首を傾げた。どういう意味か、以前名付け親であるクレアに聞いたことがあるがその意味を教えてくれた事は無い。
「知りません」
「太陽よ」
「太……陽……?」
「ええ、あなたは異能者を救う光となるかもしれない。いい、名前ね。私はディオスと言う呼び名よりよっぽど好きだわ。じゃあ、見させてもらうね」
驚いたように固まったソレーユの態度なんて気づいてもいないかのようにヴィラが奥に足を進める。ソレーユはそんな彼女を呼び止める事さえ出来なかった。
太陽……光……?彼女の事を言い表すのにここまで不適切な言葉も無いだろう。彼女に、太陽と呼ばれる資格など無いのだから。
「こんにちわ」
ニコニコ笑顔でカウンターの前を陣取ったヴィラにソレーユは呆れたような表情を向けた。
「ヴィラ様。又いらしたのですか?」
毎日のように来るヴィラは、その殆どは本を借りることなく帰って行く。何しに来ているのか些か疑問だ。
「なに?来ちゃ駄目なわけ?」
「そういうわけでは有りませんが……お仕事はよろしいのですか?」
確か彼女は魔術師団に所属していたはずだ。それがどのくらい忙しいのかも、何をしているのかさえソレーユは知らないが、毎日毎日ここに通えるほど暇だとも思えない。
「ちゃんと仕事はしているもの、問題ないわよ。それはそうと、いつになったら普通に話してくれるの?」
笑顔なのに目が笑っていない。敬語はまだともかく、頼むからもう少し普通に話してほしいと毎日のように言われてはいるが、どうやって話せばいいのかソレーユにはわからない。その点、彼、ウィリアムとは話しやすかったな、と思う。彼みたいなのは珍しいのだ。
「申し訳ありません」
「謝ってほしいわけじゃないんだけどね。……ね、この頃メルの顔を見ないんだけど、どうしてるの?」
「学院に通っていらっしゃいますが、他の時には部屋に篭って何か書かれています」
メルファンは落ち着いていて、達観しているようにも見えるから忘れてしまいがちだが、未だ王立学院に通う学生なのだ。そのためか、ソレーユが来るまではここは休日にしか開かれていなかったらしい。
「ふーーん、時々メルって、何考えているのか判らなくなるのよね。ねぇ、ソレーユ。今度メルが休みの日にピクニックにでも行かない?」
「ピクニック……でございますか?」
予想外の言葉にソレーユが目を瞬いた。ピクニック、言葉として知ってはいるが当然やった事は無い。いきなりなんでそんな言葉が出てきたのだろうか?
「そ、ソレーユと私、メル、メイ、ミラ、そして、私の弟のアルシャークの六人で。何か、楽しくなって来た。決まりね」
パッと顔を輝かせたヴィラにソレーユは唖然と目を見張った。決まり、と言うが今ここで言っただけで他の人たちの意見は一切聞いていない。だが、楽しそうに語るヴィラの表情を見ていると、そんなことは言えない。
「ソレーユ、メルに言っておいてね。他は私が誘うから」
ニコニコ笑う彼女におずおずと頷いてしまったのは仕方が無いことだろう。彼女の勢いに逆らう事なんて出来るはずもない。
「何……あれ……」
大慌てで帰って行くヴィラを唖然とした面持ちで見送ったソレーユの呟きに答えたのは小さく笑ういくつもの声。かすかにしか聞こえないが、こちらにも聞こえるくらいだ。異界で彼等はさぞかし大爆笑をしている事だろう。その光景が思い浮かんで、ソレーユの口元に小さく笑みが浮かんだ。
「さて、メルファンを誘わないとね」
ポツリと呟き、その気になっている自分がおかしくてソレーユは小さく笑った。




