3 王の決定
「君が、ソレーユ?」
今か今かと緊張した面持ちで空を見上げる面々の中で、ジッとソレーユを見ていた人がいた事には気がついていた。その視線は決して愉快なものではなく、どちらかといえば不快に感じるような嫌な感じだったが、まさか今声を掛けてくるとは思っていなかった。
ミラの兄であるジーンは妹のミラとは似ても似つかない雰囲気をしている。
「はい」
こっくりと頷いたソレーユは空から視線をずらした。
今日、この時間国から大事なお知らせがあると聞いているからか、様々な場所にセレスティアの人々が出てきている。空を見る事のできる場所でなければそのお知らせは聞けないのだ。国からのお知らせはいつもその方法でなされてらしい。とはいえ、異能者であるソレーユにとってはこれが初の体験になるのだが。
そのお知らせが一体何なのか詳しい事はわからないが、この間の事件の事に関してであることは容易に想像がつく。
「私は、異能者が好きでは無い」
ソレーユは目をまん丸に見開いた。そういう人間が多いのは事実だが、だからといってまさかそれを堂々と宣言する人間がいるとは思ってもいなかった。
そんなソレーユの表情のジーンが苦笑を浮かべた。それは嫌悪感が混ざるものではなくて、意外な思いを感じる。
「だが、異能者が言われているほど恐ろしい存在では無い事はわかったつもりだ」
ジーンはそれだけを言うとスタスタとメイビーナやメルファンがいる方へと歩いていった。一体全体何が言いたかったのかわからず、首を傾げるソレーユの側で今度は本当に楽しそうな笑い声が聞こえた。
「ミラ様?」
「本当に素直じゃないな~~。あれはね要約すれば、今まで無視していてごめんなさいってこと」
絶対に嘘だ。そうは聞こえなかった。そう語るソレーユの表情にミラは困ったように笑った。
「信じられないかもしれないけど、本当よ……あ、始まるみたいね」
ミラに言われ再び空を仰ぎ見たソレーユは空が渦をまき、その場所にレクス陛下が出てくるのを見た。これはセレスティアで家の外にいれば誰もが同じように見る事が出来るものだ。魔術知識と能力の無駄遣いな気もするが……。この方法が国にとっても、民にとっても楽といえば楽なのかもしれない。
静で、力強い声音がセレスティア中に響き渡った。
《先日、魔術師や異能者が我を失い、人々を襲った事は記憶に新しい事と思う。その事件について調査、協議の結果をここで伝えることとする。あの事件は、神の怒りによるものだった。イレウス様は異能者に対する我等人のあり方に憂いておいでだった。異能も魔術も全ては神から与えられた聖なる力。それを悪のものとして扱う人に天罰を与えようとお考えになったのだ。それがあの結果であり、倒れたのは異能者も魔術師も神の力が抗い、人を傷つけぬようにとした結果だった。……我等は、その事について一つの決定をなす。異能者に人としての戸籍を与え、人権を与えることとする》
ザワリ、と空気が揺れた。このメヒャーニク伯爵家の敷地内で嫌な空気をかもし出す人間はいないのに、肌を刺すような嫌な視線を感じた。思わずミラの手を握り締めると、彼女が優しい笑みを浮かべ、ソレーユの手を強く握り締めてくれた。
「大丈夫よ。大したこと無いわ」
彼女が言うと本当にそうみたいでホッと体の力が抜ける。
まるで民が落ち着くのを待つかのような一泊の後、レクスが再び口を開いた。
《今後、異能者を迫害する事を法律で禁じる。異能者を迫害した者は相応の処罰が待っているものと思え。今、国の管理下にある異能者を親元へ帰すかどうかは、今後の調査の結果随時決定することとする。これは、神の願いであり、意だ。反論は許さぬ》
再び空が渦を巻き、色が終息していく。詳しい説明は何も無かった。突然の異能者解放宣言。一体どれだけの人間がこの説明で納得するのだろう。だが、恐らくこれはこのまま通るだろう。
魔法を介して伝わる空気が和らいだ事にソレーユは大きく息をついた。ぐったりと倒れこんでしまうような、そんな圧倒的な力とカリスマ性をレクスから感じた。
「多分、人々の認識はともかく、異能者への対応は変わるわ」
「本当にそうでしょうか?簡単に変えられるとは……」
「変わるわよ。そのために神の名前を利用したのだから」
きっぱりと言い切るミラの言葉にソレーユは大きく息を呑んだ。このセレスティアにとって王や貴族に反逆する事がありえても、創造主たるイレウスに反逆する事はありえない。それは万死に値するほどの大罪とみなされる。そして、この国で神は絶対だ。神の意向がある以上、今までのように異能者と接する人間はいないはずだ。
あの、乱心や、下手をしたら黒の塔の事件すらも神の怒りだといわれてしまえば、それは絶対の力となるはずだ。
「後は、君次第だ」
不意に聞こえた声にソレーユは軽く瞬いた。いつの間にか集まってきていたヴィラ達の中から、ジーンが言葉を発していた。冷たい声音だが、不思議と嫌な気分はしない。
だが、言っている意味はさっぱりわからない。
「どういう……?」
「異能者が魔術師と同じだと、何も変わらないのだと、君が証明するんだ」
ジーンの言葉が青空に吸い込まれていく。これからのソレーユの言動が、異能者のこれからを変える。強いプレッシャーと、恐怖にしり込みしてしまいそうだった。それでも逃げる事は許されない。
「はい」
きっぱりと頷いたソレーユにジーンが目を見開いた。ここまではっきりと返事をするとは思っていなかったのかもしれない。だが、すぐ破顔する。それは、今まで見た事も無いくらい、のびのびとしたいい笑顔だった。
「期待しておこう」
彼の言葉がソレーユの中にストンと落ちた。
今までとは違う、新しい日々が始まろうとしていた。




