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緑の丘  作者: 白雪
第5章 動き出した刻
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2 異能者のありか

「ソレーユ、魔術師団に入らないか?」

 何の予告も無く、突然現れたウィリアムの言葉にソレーユは読んでいた本から顔を上げた。奥で整理をしていたメルファンにも聞こえたのだろう、彼女も驚いたような表情で顔を出す。

「……殿下、今、なんと?」

 あんぐりと口を上げ、まじまじとウィリアムの顔を見るが、彼の顔に冗談や嘘を言っている様子は無く、真剣そのものだ。

「うん、だからね、俺が今度師団長を務める事になるシントゥアンに入ってくれないかな?」

 シントゥアンという名前にソレーユは軽く首を傾げた。聞き覚えが無い。そんな彼女の様子にウィリアムが簡単に説明してくれる。

「魔術師団にはそれぞれ師団ごとに名前が付いているんだ。ジーン・メヒャーニクが師団長を務めているのがシエル、ミラやクレアが所属しているのがチェーロだよ。他にも色々あるけど、ソレーユの知り合いはそんな感じかな。で、ソレーユ・ブロックウェイには……」

「ちょ……待って下さい。ブロックウェイ?」

 ソレーユは元異能者だっただけに家名を持たない。メルファンが調べてくれるといっていたが今更家族の事を知りたいとも思えなかった。というより、できれば知りたくないし関わりたくもない。

「あれ?聞いてない?ブロックウェイ家の養女になったんだよ。メルファンの提案で、戸籍上はメルファンの姉。……話してないのか?」

 後半はメルファンに対する問なのだろう、後ろから苦笑するような声音が聞こえてきた。

「忘れてたわ。今更だけどよろしくね、お姉ちゃん」

 ニッコリ笑顔、忘れてたなんて嘘に違いない。この頃わかってきたメルファンのこういう性格にソレーユは諦めたように溜息をついた。一度言い出したらもう人の話を聞かない。それが、メルファン・ブロックウェイなのだ。

「で、私を魔術師団にとは本気ですか?そんなの許されるわけが……」

 言葉を濁したソレーユの前で、ウィリアムの表情が変わった。いつものふざけたような雰囲気は一変し、冷たい鋭利な視線の王族の顔になった。彼にそういう顔が出来るとは思ってもいなかった。

「これは、命令で、城の決定だよ、ソレーユ」

「な……に……を……」

「今回の件で異能者を半解放するのが決まったんだけど、その上で異能者が生きていける場所を作らなければならない。そこで、君だ。魔術師団にかかわる事で異能者とは言われているような邪悪なものでは無いと知らしめる必要がある。申し訳ないが、君にはその礎となってもらいたい」

 申し訳なさそうな声で、それでもまっすぐな表情で言われ、ソレーユはのろのろと頷いた。ここで断る事なんてできるはずが無い。

「ありがとう、ソレーユ」

 ウィリアムが笑うと、さっきまでの鋭くぎすぎすした雰囲気が一転した。その事にソレーユはホッと息をつく。ようやく息が出来たようなそんな心地を感じた。






「殿下、異能者をどうするおつもりですか?」

 さっきのどこかよそよそしい様子とは一変し、和やかな雰囲気でのお茶会の席でメルファンが軽く首を傾げる。確かにウィリアムは半解放するとは言っていたが、具体的にどうするつもりなのか、全く見当も付かない。印による拘束が無くなったとしても、現存する異能者が人の輪に入れない事は事実で変えようが無い。今更変えられるとも思えない。

「まず、改築、かな。異能者の寮を完全に取り壊して、魔術科の生徒が使っている寮と同じような雰囲気のものにするよ。それと異能者と接する事ができる人間を整理する。そして、異能科の授業を機能させる」

「……それだけで異能者が普通の輪に入れるとは……」

「もちろん、無理だろうね。まず、今から育てる人たちは魔術師団に入る事を前提に育てるよ。それと、後天的な異能者の能力を安定させて魔術師団に入れられるようにする」

 ウィリアムの思想は理想論だとしか思えなかった。後天的な異能者やこれから育つ異能者は人の輪に入れる人間になれる可能性もある、が、今までと何も変わらない人間が育つ可能性もある。そして、それだけで何百年も続いた人の思考を変えられるはずが無い。

「これは単なる理想論に見えるだろうな。たしかに、長く険しい道のりで、もしかしたら何も変わらないかもしれない。今すぐは無理だろう。でも、今できる事を一つづつしていくことで、今では無い未来に異能者に対する偏見が消えていればいい」

 今生きている人を犠牲にしているようにも聞こえる言葉。それでも、ソレーユもメルファンも反論できなかった。ウィリアムの言っている事は間違っていない。ウィリアムが言う通りだ。今すぐにこのセレスティアに生きている全ての人の思考を変える事は出来ない。今できる事は今までとは違う一歩を踏み出す事だけだ。

「……異能者に人としての権利を与える事を、他の人は認めますか?」

 強い眼差しで尋ねたソレーユを見るウィリアムの目もまた力強い眼差しをしていた。彼の言う事は信じられる、そう人に思わせてくれる強い目だ。これが、人の上に立つ人間が持つ独特の空気なのかもしれない。

「イレウス様の名前を借りる。今までずっとほったらかしてきたんだ、こういう時くらい役立ってもらうさ。……だから、ソレーユ、メルファン、俺たちを信じて欲しい」

 頭を下げるウィリアムにソレーユは何も答える事が出来なかった。どう転ぶかわからない未来を、彼等に預けてもいいかもしれない、と思うくらいの力強さと真剣さを彼から感じた。

「ウィリアム殿下。信じてもいいんですね?」

 ソレーユの問に彼は大きく頷いた。


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