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カサッという微かな音を立てて、飴を取り出した矢島 圭介。
私が仕方なしに傘を持ってやろうと手を伸ばしたが、やんわりと避けられ、拒まれてしまった。
ちょっとムッとした気分になったが、ヤツはそんな私を見て苦笑するかのように微笑む。
コイツはあくまでも私に傘を持たせたくないらしい。
男としてのプライドか、はたまた優しさなのか、どっちにしろ分からない。大人しく傘を渡したらいいものを。
すると矢島 圭介は、唇付近にその飴を持っていき、ピリッと歯でパッケージを破り捨て飴を口に含んだ。
その一連の器用な動作に私はついつい見入ってしまう。
…何ていうか、唇から覗く歯や舌が妙にヤらしくて、居たたまれない気持ちに駆られた。
コイツ、絶対、確信犯だ。
自分の顔が良いことを利用して、多くの相手を誘惑してきたんだろう。
それが自然と身に付いていて、私を誘惑する気がなかったにせよ、この私が思わずドキッとしてしまったんだから。
まったく、質が悪い。
「楓ちゃん、食べないの?」
私がいつまで経っても飴を食べないことを、不思議に思ったのか、コイツにそう尋ねられた。
「嫌いだった?」
コイツは不安そうな表情で私の顔を覗き込んできて、その表情は私に軽く罪悪感を感じさせる。
「……。」
違う。
そんなワケじゃない。
嫌いとかそういうことじゃなくて、…できるなら食べたくないだけ。
この味は、
私に思い出させるから。
「…バスで食べる」
さすがに、食べたくないとは言えなくて私がそう返事をすると、そっか、と微笑んだ矢島 圭介。
普段からただでさえタレ目気味のコイツの顔が、笑うともっとタレ目になる。
その表情で一体何人の女性を虜にしてきたのかと思ったが、その優しさに満ちた顔は、たまに私の中に訳が分からない感情を生み出させる。
嫌いな筈なのに、
優しくされると、思わず泣きそうになってしまう。
手を伸ばして、抱き締めて、まるで子供が母親に募るように、
泣き叫んでしまいたくなる。
「っ」
そんなこと、
絶対にしたくない。
コイツに…コイツだけじゃなく誰かに募るなんてこと、しちゃいけない。
あの日、誓ったことを
私は貫き通すって決めたから。
「楓ちゃん」
「…?」
「俺この飴ちゃん、大好きなんだぁ」
そう、なんでもないことのように告げて、白い吐息を吐き出したコイツ。
その言葉に私は一瞬、息をするのを忘れてしまった。
『俺、この飴、スッゲ好きなんだよね』
(─…どうして、)
どうしてコイツが、同じような言葉を言うのか。
矢島 圭介は、アイツのことなんか全く知らない筈なのに、どうしてこんな風に私にアイツを思い出させるんだ。
人懐っこい性格や
レモンキャンディに
さっきの台詞
どうしてそんなにも、コイツは似ているんだろう。
…私をこの暗く汚れた世界にひとり、残していった アイツに。
「楓ちゃん、着いたよ」
その声に反応して顔を上げると、目の前はもうバス停だった。
もうそんな所まで来ていたのかと、ボーっとして気付かないでいた自分に苦笑する。
「バスが来るまで、待ってるよ」
藍色をした傘がコイツの手によってたたまれる。
便利なことに、このバス停には屋根が付いているから、濡れる心配はない。