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Hand In Hand  作者: 和希
5/31

5

カサッという微かな音を立てて、飴を取り出した矢島 圭介。


私が仕方なしに傘を持ってやろうと手を伸ばしたが、やんわりと避けられ、拒まれてしまった。


ちょっとムッとした気分になったが、ヤツはそんな私を見て苦笑するかのように微笑む。


コイツはあくまでも私に傘を持たせたくないらしい。


男としてのプライドか、はたまた優しさなのか、どっちにしろ分からない。大人しく傘を渡したらいいものを。



すると矢島 圭介は、唇付近にその飴を持っていき、ピリッと歯でパッケージを破り捨て飴を口に含んだ。


その一連の器用な動作に私はついつい見入ってしまう。


…何ていうか、唇から覗く歯や舌が妙にヤらしくて、居たたまれない気持ちに駆られた。


コイツ、絶対、確信犯だ。


自分の顔が良いことを利用して、多くの相手を誘惑してきたんだろう。


それが自然と身に付いていて、私を誘惑する気がなかったにせよ、この私が思わずドキッとしてしまったんだから。


まったく、質が悪い。



「楓ちゃん、食べないの?」


私がいつまで経っても飴を食べないことを、不思議に思ったのか、コイツにそう尋ねられた。


「嫌いだった?」


コイツは不安そうな表情で私の顔を覗き込んできて、その表情は私に軽く罪悪感を感じさせる。


「……。」


違う。

そんなワケじゃない。

嫌いとかそういうことじゃなくて、…できるなら食べたくないだけ。


この味は、

私に思い出させるから。






「…バスで食べる」


さすがに、食べたくないとは言えなくて私がそう返事をすると、そっか、と微笑んだ矢島 圭介。


普段からただでさえタレ目気味のコイツの顔が、笑うともっとタレ目になる。


その表情で一体何人の女性を虜にしてきたのかと思ったが、その優しさに満ちた顔は、たまに私の中に訳が分からない感情を生み出させる。


嫌いな筈なのに、


優しくされると、思わず泣きそうになってしまう。


手を伸ばして、抱き締めて、まるで子供が母親に募るように、


泣き叫んでしまいたくなる。


「っ」


そんなこと、

絶対にしたくない。


コイツに…コイツだけじゃなく誰かに募るなんてこと、しちゃいけない。




あの日、誓ったことを

私は貫き通すって決めたから。



「楓ちゃん」


「…?」


「俺この飴ちゃん、大好きなんだぁ」


そう、なんでもないことのように告げて、白い吐息を吐き出したコイツ。


その言葉に私は一瞬、息をするのを忘れてしまった。


『俺、この飴、スッゲ好きなんだよね』


(─…どうして、)


どうしてコイツが、同じような言葉を言うのか。


矢島 圭介は、アイツのことなんか全く知らない筈なのに、どうしてこんな風に私にアイツを思い出させるんだ。


人懐っこい性格や

レモンキャンディに

さっきの台詞


どうしてそんなにも、コイツは似ているんだろう。



…私をこの暗く汚れた世界にひとり、残していった アイツに。





「楓ちゃん、着いたよ」


その声に反応して顔を上げると、目の前はもうバス停だった。


もうそんな所まで来ていたのかと、ボーっとして気付かないでいた自分に苦笑する。


「バスが来るまで、待ってるよ」


藍色をした傘がコイツの手によってたたまれる。


便利なことに、このバス停には屋根が付いているから、濡れる心配はない。




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