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藍色の傘一本に二人が入る為には必然的に距離をつめなくてはいけない。
傘に入れてもらっている身分の私が言うのもなんだけど、コイツと肩が触れ合うような至近距離にいると思うと、溜め息を零しそうになる。
「ねぇ、楓ちゃん。せっかくだからどこか寄ってかない?」
更に、そんな私に追い討ちをかけるかのように矢島 圭介は満面の笑みで私に話しかけてきた。
話しかけるな。
鬱陶しい。
「寄ってかない」
「えー、いいじゃん、ちょっとくらい」
隣で不満そうな声をあげるコイツには、気付かないフリをして私は歩みを進める。
アンタにとっては『せっかく』かもしれないけど、私にとっては災難以外の何物でもないんだよ。
「あっ!そうだ!俺 飴ちゃん持ってたんだ」
あげるよ、と今まで話していた事柄と何の関係もないことを言い出したコイツに、私は軽く目眩を覚える。
こういうマイペースで突飛よしもない性格の人間はどうも苦手だ。
「ほら、レモンキャンディ」
「っ」
制服のポケットから、取り出されたその黄色パッケージに私は釘付けになり、息を呑んだ。
それは、一見、何の変哲もないただのひと粒の飴だ。
結構有名なメーカーが出していて、コンビニやスーパーでも普通に販売されている。
だからコイツも何を考えることなく、その飴を私に差し出したんだろう。
だけど、それは、私にとってただの飴なんかじゃないんだ。
私にとって、その飴は、
『俺、この飴、スッゲ好きなんだよね』
そう言って笑うアイツを連想させるものだったから。
「─…楓ちゃん?」
急に黙ってしまった私を不振がるような、矢島 圭介の声が聞こえて、ハッとする。
駄目だ。
しっかりしなきゃ。
コイツに悟られるわけにはいかない。コイツに私の心に付け入る隙を見せちゃいけない。
「…ありがと」
私は震えそうになる唇でかろうじてそう呟き、ヤツの手から飴を受け取った。
その手が震えていないことに、内心ホッと息を吐いて。
普段なら、あれくらいのことなんかで動揺したりしないのに、今は気を抜いていたせいで少し驚いてしまった。
不覚だ。
情けない。
「ねね、楓ちゃん」
レモンキャンディを食べようにも、なんだか気が乗らず、飴を握り締めていた私に、頭上から再び声がかかる。
私は割と素直に、その声主の方へ顔を向けた。
背の高さの違いでコイツを見上げなくてはいけないのが、仕方ないとは言え、なんだか理不尽に思えて嫌だ。
なんて思っていると
「俺、傘持ってて飴の袋開けれないから、食べさせてよ」
なんて、嬉しそうに提案してきた目の前の馬鹿。
ヤツのそんな爆弾発言に私は暫し、フリーズ状態。呆気にとられる。
食べさせてだと?
どの口がそんな馬鹿馬鹿しい言葉を言うのか?
「…傘持っててあげるから、自分で食べて下さい」
ふざけるな。
調子に乗るのも大概にしないと、痛い目に合わせるわよ?
私は怒りで怒鳴りつけそうになったが、なんとか冷静に、そう返事をした。
「それじゃあ意味ないじゃん!楓ちゃんが俺に食べさせてくれるってところがミソなんだか…」
「自分で食べな、変態」
まだ何か言おうとしたコイツに、私はとうとう耐えきれなくなり、キツい口調で言い放った。
「っ…はい」
そんな私を見て、諦めたのか、がっくりと肩を落とす矢島 圭介。
…まったく。
コイツと一緒に居ると、必要以上に疲労が溜まってしまう。