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それだけでいいから。
他には何も望まないから。
「─…ん、」
「!」
微かに聞こえた彼の声に、俯いていた顔をバッとあげる。
重ねていた手に思わずグッと力が入り、
「…あれ?楓ちゃん…俺、」
言葉を発したコイツを見て、更に涙が溢れ出した。
ポタポタと流れ落ちる涙が地面を濡らして、歪な染みを作っていく。
──生きていた。
そのことが私に酷い安堵と脱力感を与える。
そんな私に対して
「怪我ない…?楓ちゃん」
矢島 圭介はそう呟き、私の手のひらをグッと握り返した。
「っ」
彼のその言葉に、溢れるような優しさに、息を呑む。
私なんかよりもアンタの方が明らかに重傷で、今だって痛みで動くことができないくせに、どうして私のことを気にするの。
「─…うん、」
どうしてアンタは
「大丈夫…」
私みたいな人間に、アンタの話に耳を傾けさえしなかった人間に、
どうしてそんな、惜しみない優しさを与えてくれるんだろう。
アンタに優しくしてもらえる資格なんて、価値なんて、私にはないのに。
私に怪我がないと知って、ホッとしたように柔らかい笑みを浮かべる矢島 圭介。
そして彼は、
「…俺、二人のことは知っていたけど、彼氏さんが事故死したことは知らなかったんだ」
痛みに掠れる声で、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「─…え」
体に響くから、あまり喋らない方がいいのではないかという考えが、頭の中に浮かんだけれど、矢島 圭介のその言葉にそんな考えはかき消されてしまう。
私達二人のことは知っていたのに、遼が死んだことを知らなかったって、
(一体、どういう…)
「彼氏さんが事故死する前に、引っ越しして塾変わってたから、知らなかった」
痛みのせいで荒くなる彼の息。それと共に彼はそう私に告げた。
引っ越しって…、
「じゃあ、私のこと…本気で…?」
矢島 圭介が遼の死を知らなかったということは、私をからかっていなかったということで、
それを理解した瞬間、私はその言葉を無意識のうちに吐き出していた。
『私のこと…本気で…?』
その言葉は彼の気持ちを問うたもの。
彼が私を好きだと言ったのが、からかいでなく本気だったのかと、
本気で私を好きでいてくれたのかという問い。
もしそうだとしたら、彼が本気で想ってくれていたのだとしたら、私はなんてことをしてしまったのだろう。
勝手に誤解して、喚いて、おまけにこんな風に彼に怪我まで負わせてしまって。
本当にどうしようもない、最低なことをしてしまった。
そんな風に考え、俯いている私に矢島 圭介はフッと優しい笑みを浮かべ、
「前にさ、どうして優しくするのかって、楓ちゃん俺に訊いたじゃん?」
そう言った。
彼の言葉に反応したかのように記憶が呼び戻される。
あの雨の日。コイツが私をバス停まで送り、私に好きだと伝えてきた日。
矢島 圭介に好きだと言われた衝撃から忘れていたけれど、確かに私は訊いた。
どうしてアンタみたいな奴が、私に優しく接するのかと。
「好きだったっていうのもあるんだけど…」
「……。」
「もう一度、笑ってほしかったんだ」
そう言うと同時に、彼はゆっくりと瞳を閉じた。まるで何かを、思い出すかのように。




