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Hand In Hand  作者: 和希
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その瞬間、もう駄目だと思った。


蓋をして気付かないふりをしてまで押さえていた感情が、後から後から溢れ出て止まらない。


目を塞いで耳を塞いで、そんな風に何も知らないふりをして過ごすことは、もうできそうにもない。




好きなのだ。


私は、大嫌いだった筈のあの男が、



『楓ちゃんっ』



そうやって、馬鹿みたいに明るく笑う、


矢島 圭介が、好きなのだ。








遼を、遼だけを思って生きていくと誓って、だから私は私を癒やそうとするアイツを近寄らせてはいけないと思った。


そして私はアイツに、酷い言葉を散々浴びせて、これ以上私の領域にアイツが入る隙を与えないようにした。


でも、その時にはもう遅かったのだ。

そうやって『好きにはなれない』と自分に言い聞かせている時点で、『近寄らせてはいけない』と危機感を抱いた時点で、もう引き返せないところまで来てしまってたんだ。


だって、本当に何も思わない相手なら、そんな風に言い聞かせなくても済む筈だから。ふりなんかじゃなく本当に、何でもないと受け流せる筈だから。



自分に言い聞かせた時点で、もう答えは出てしまっていたんだ。




(─…遼っ、)


遼との出来事がまるで走馬灯のように私の中に蘇る。


私はまだこんなにも遼を想っていて、こんなにも胸が苦しいのに、その気持ちは嘘なんかじゃないのに


どうしてアイツを好きだと思ってしまったの。


いつの間にアイツを好きになってしまったの。





(分かんない…っ)



だけど、それはもう誤魔化しようのない事実で、



(…遼、)



遼に対する罪悪感が私の心を締め付けて、上手く息ができない。


どうすればいいのか、


もう分からない…──。











「──楓ちゃんっ!」


周囲を切り裂くような今まで聞いたことのない程の大きさで、私を呼ぶ声が聞こえた。


「っ」


その声に私が思わず息を詰まらせてしまったその刹那、



「─…捕まえた」



矢島 圭介が私をグッと抱き寄せた。


一瞬、何が起きたのか分からなくて頭の中が真っ白に染まる。


他の生徒が抱き合う私達のことを見ているのに気付いていたが、まるで何かに取り憑かれたかのように、体を動かすことができない。


ただ、お互いの荒い息遣いだけが、私の鼓膜を揺らして。





「…なん、で」


無意識のうちに、その言葉が私の口から零れ落ちていた。


何で、どうして私を追いかけてきたのか。



「さっきの女子は向こうが勝手に話しかけてきただけで、別に何でもないから」


今の状況を上手く処理できていない私に、矢島 圭介は言葉を連ねていく。


走ってきたせいで荒くなっていた息はもうだいぶ落ち着いていて、私に話しかけるその声はどこまでも優しかった。


…そうだ。

コイツは何だかんだいっても、一見馬鹿そうにみえても、いつだって優しかった。


私がどれだけコイツに酷い言葉を浴びせても、コイツは一度だって私を傷付けるようなことは言わなかった。



コイツはいつだって、


全身で、私のことを想ってくれていたんだ。



「俺、今日は楓ちゃんに言いたいことがあって、待ってた」


どこか吹っ切れたようなハッキリとした彼の口調。


そこからは、もう迷いも不安も感じられない。



「…あれから、色々考えたんだ」


彼のその言葉に、私の肩が反射的にピクッと揺れる。


──あれから


それはきっとあの日。

私が彼に遼のことを話した日のことだろう。





あの日、私は私を守ることに精一杯で考えもしなかったけれど、コイツは私の言葉を聞いてどう思ったのだろう。


可哀想な女だと、面倒くさい女だと思ったのだろうか?


それとも、自分が慰めてやろうとでも思ったのだろうか?


『ツラかったね』とか、『頑張ったね』とか、


同情からくる言葉なら、慰める為の言葉なら、いらないのに。


そんな安っぽい感情なら、いらないのに。



下手な同情や慰めをするくらいなら、何も言わないでほしい。




だけどそう思う私に対し、コイツは予想もしていなかった言葉を告げた。








「─…俺、知ってたんだ。二人のこと」



「…え?」



「楓ちゃんは俺のことなんか知らなかっただろうけど、同じ塾だったから知ってたんだ」



私達を知っていた…?


同じ塾だったから…?





矢島 圭介が告げた事実に、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。


上手く頭が働かないどころか、何も考えることができない。思わず息をするのを忘れてしまいそうな程、驚いて。


ただ、コイツが言った言葉を噛み砕くように、頭の中で繰り返すことしかできない。





形にできない想いが後から後から溢れ出て、私の中をグルグルと巡る。


その想いを何とか言葉にしようとするのだけど、上手くいかなくて、私は口を開きかけてはやめ、開きかけてはやめ、を何度も何度も繰り返した。


グチャグチャになり、窒息しそうな思考で何とか言葉になった想いは



──じゃあどうして、


私に近付いたの──?



そのたった一言だけだった。




けれど、それがまるで何かのスイッチだったかのように、言葉が想いが洪水のごとく私に押し寄せてきて、


その想いに私は押し潰されてしまいそうになる。



私の過去を知っていたのなら、何故私に近付いたのか。


遼とのことを知っていて、なのにどうして私に遼のことを話させたのか。


あんな真剣な目をして、好きだと言って、私の中をメチャクチャに掻き回してまで、コイツは何がしたかったのだろう。


全部知っていたのなら、何故──



(─…じゃあ、)



私が遼のことを話していた時、コイツは一体、何を思っていたの…─?





その疑問が頭をよぎった時、私の中で何かが切れたような気がした。





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