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『…私のことはもう、放っておいて』
私がそう言ったあの日から、二週間が経った。
風邪気味だった私の体ももうすっかり完治していて。
だけど、私の心はあの日から暗く沈んだまま。
むしろ、あの日よりもずっと重症だった。
その原因が何なのか、私は薄々気付いている。でもそれを認めることなんて、たとえ崖っぷちに追い詰められようと、できる筈もなかった。
『楓ちゃんっ』
そうやって脳天気に笑うアイツが居なくなったからだなんて、認められる筈がないんだ。
「─…。」
終礼が終わり、私は黙って自分の席を立つ。忘れ物がないかもちゃんと確認して。
流石にあの日、私にああ言われたからか、アイツはもう私の元へ来ることはなかった。
休み時間も朝のHRも放課後も、まるで今までが嘘だったかのように、アイツはパッタリと姿を消した。
クラスメートも担任でさえも、初めの一週間はどうしたんだという視線を私に向けてきたが、二週間も経てばそんなものもなくなって。
そして私は、アイツが現れる以前の、平穏な生活を取り戻すことができた。
これは全部、私が望んだこと。
あの日、矢島 圭介を傷付けてまで、遼のことを話してまで得たかった現実。
「─…。」
なのに、それなのに、どうして私の心はこんなにも虚しさで溢れているのだろうか。
今の現実に、どうしてこんなにも胸が軋むのだろうか。
遼のことを忘れたくなくて、遼だけを好きでいようと誓って、その気持ちに嘘や偽りは無いのに、どうして私は、
『…さよなら』
『っ、かえ…─』
あの時、彼に、今にも壊れてしまいそうな表情をさせてしまったことを、こんなにも悔やんでいるのだろうか。
───後悔
その二文字が私の頭に浮上して、私は思わず自嘲した。
──自分で望んだクセに、どの口がそんな言葉を言えるのか。
…そんなこと、口が裂けても言えない。
(…やめよう)
この二週間、矢島 圭介が、私の頭の中を占める割合は圧倒的に増えた。
そしてアイツのことで思うのは、いつも同じようなことばかり。
あの脳天気な笑顔や、あの日の悲しみに満ちた表情。
そしてあの雨の日に、
『好きなんだ』
私にそう告げたあの真剣な瞳。
気が付けば、いつもアイツのことを考えていて。
大嫌いで仕方ない筈の、アイツのことを。
その度に私は頭を振って、アイツを自分の中から押し出そうとする。
まるでグチャグチャに絡まってしまった電話線を見て見ぬふりをするかのように、自分の気持ちに蓋をして。
何でもないふりをした。
だって、絡まったコードの先に行き着くと、もう後には戻れないような気がして、現実と向き合わなくちゃいけないような気がして、解く勇気なんて私にはない。
『好きなんだ』
そうやって、誰かを信じるなんて、未来に希望を持つなんて、私には無理だ。
そんな勇気なんてどこにもない。
そんな余裕なんて、どこにもない。
だからもう、誰も好きになんてならないって決めた。
私は私を、遼を守るためにそう決めたんだ──。
ねぇ、なのにどうして?
「圭介ってばー」
「……。」
アイツが他の女の子と一緒に居るところを見ただけで、
どうしてこんなにも胸が痛いんだろうか…──?
帰宅しようと校門に近付いた時、見慣れた姿と見知らぬ女の子が居ることに気が付いた。
見慣れた姿とは、アイツ…矢島 圭介のことで。
私はその二人を見た途端、
「─…っ」
無意識のうちに駆け出してしまっていた。
二人の目の前を通り、校門を抜け、バス停までの道のりをひたすらに走る。
他の生徒が見ていることなんて、気にする余裕もない程に必死で。
一瞬だけ合ったアイツの目は、驚きで見開かれていて、私は胸がかきむしられるかのように感じた。
傷付いたから?
まさかアイツと目が合うと思っていなかったから?
(─…違う、)
そんなんじゃない。
そんなことじゃない。
胸がかきむしられるような想いがしたのは、あの目に、矢島 圭介の目に、
『私』が映ったからだ。
『…さよなら』
あの日以来、現れることのなかった彼の瞳が私を捉えたことに、
喜びを感じてしまったから──。




