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Hand In Hand  作者: 和希
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その瞬間、私の思考は停止する。


彼の真剣な眼差しに飲み込まれてしまったわけでも、手の力強さに感化されてしまったわけでもなく、


『理由』


彼が言ったその言葉に、遼との出来事や遼を失った時の痛みが私を襲い、考えるなんてできなかった。


(り、ゆう…?)


上手く働かない頭の中をその言葉がグルグルと巡り、暗闇が私を包むような感覚に陥る。


コイツの告白にOKを出せない理由なら、確かにある。


だけど、そんな簡単に言葉にできる感情ではないし、何よりコイツに話す必要なんて私にはない。


話したところで、きっとコイツは私の感情の半分も分からないだろう。


痛みも悲しみも、


…大切な人を失う恐怖も、


完璧に伝えることなんて、きっとできない。


なのに、それなのに、コイツに理由を言う義務がどこにある?


遼のことを話して、私の傷を曝して、そんなことをして何の意味があるっていうんだろう。



言葉にすれば何かが壊れてしまいそうで、遼が過去になってしまいそうで…怖い。


そんなリスクを背負ってまで、コイツに理由を話すことは、したくない。



そう思い、何も話さないでおこうと決め、



──いい加減にして。



その言葉を言おうと、再び彼の目を見た時だった。




「…っ」


彼の瞳が告げる意志の強さに、私が思わず息を呑んでしまったのは。



自分の気持ちを考えるのに精一杯だったから忘れそうになっていたけど、


コイツも本気で、おそらくコイツは先程言った『諦めるなんてできない』その言葉通りに、簡単に諦めることはしないだろう。


どうして彼が私のことを好きだと思うのかは分からないけれど…誰かを好きになる、その感情なら私にも分かる。


そしてその感情は、時には自分自身でもコントロールできなくなるってことも。理屈ではどうにもできなくなるってことも。



『楓ちゃんが好きだから』


…それはきっと、

理屈じゃないんだろう。


そもそも簡単に諦めることができるなら、少なくとも私は、誰かを好きになったりなんかしない。


だから、私は、




「─…いいわよ」



「え、」



「理由、話してあげる」




コイツを諦めさせる為に、諦めざるを得なくさせる為に、


全てを話そうと決めた。





彼に全てを話すことに抵抗がないわけではないし、彼のことを完全に信頼しているから話すとか、そんなことでもない。


言葉にすることで遼が過去になってしまうのではないかという恐怖も、確かに私の中にある。



じゃあ何故、全てを話してしまおうのかと思ったのか。



そりゃ私だって、話さないで済むのなら話したくはない。


けれど、遅かれ早かれ話さなければ済まない時が来るのではないかと、避けては通れない道なのではないかと、そんな風に思ったから。


コイツの瞳が声が表情が、私をそんな風に思わせたから。


だから私は決断したんだ。



コイツに話そうと。


そしてそれは、できるだけ早い方がいいだろうと。



『楓ちゃんっ』



これ以上、彼を私の心に踏み込ませない為に。


矢島 圭介に一刻も早く諦めてもらう為に…─。












「着いたわ…」


それから私は矢島 圭介に着いてきてほしい場所があると告げ、二人、電車で移動した。

その移動中、二人の間には会話は無く、沈黙しか流れなかったが。


そして、そこに到着し、私達はゆっくりと歩みを止め、目の前のものを見つめる。



「─…え、」


戸惑いに満ちた彼の声が風に紛れ、私を酷く物悲しい気持ちにさせた。



──藤原家一族



そう刻み込まれた石はどこまでも冷たく、触れても温もりがないことを、私は嫌っていう程知っている。


そう。

私がコイツを連れて来た場所は、遼が眠るお墓だった。


墓石は綺麗に掃除されていて、お花やお供え物も真新しいものばかりで、遼の家族がまめにここへ来ているのが分かる。


私も、もう何度もここへ来た。でも、何度ここへ来てもこの場所に慣れることはない。


遼が亡くなった頃はここへ来ると遼の死をまざまざと知らしめてくるようで怖かったけれど、今では別の意味で怖いと思うようになった。


その恐怖や痛みが薄らいでいくようで、遼がもっと遠くなりそうで、怖い。


遼を忘れてしまいそうで、怖いんだ。






「ここには…」


線香の匂いや、花の香りが風によって運ばれくる中、私は口を開いて言葉を発する。



「私の恋人が眠ってるの」



酷く悲しい現実を、糸を紡ぐように手繰り寄せ、ひとつひとつ話していく。



遼との出会い。

遼と付き合うことになったキッカケ。

幸せだった日々。


そして、遼を失ってしまった日のこと。



今まであったことの全てを思い出して、私の気持ちを何ひとつ零すことのないように、コイツにも私の気持ちが分かるように言葉を紡いだ。


遼とのことを言葉にする度に胸が軋んで、容赦なく私の心を突き刺したが、その痛みを表情に出すなんてことは、けしてしない。


話すのはあくまでコイツを諦めさせる為であって、同情を買いたいわけじゃないから。




『誕生日おめでとう』


あの日、遼が死んでしまったのは私の誕生日プレゼントを買いに行ったから。


「…これが、そのネックレス」


遼から貰ったあのネックレスを、私はなくすことのないようにいつも肌身離さず持っていて、それを矢島 圭介に見せた。



太陽の光に照らされて、綺麗に輝くネックレス。



一見すると何の変哲もないネックレスだけど、私にとっては何よりも大切な物。


遼が私に残してくれた最期の物だから。



「遼が死んだ時、もう誰も好きにならないって決めたの」


遼の笑顔。遼のキス。

動くことのない遼の冷たい体。


ネックレスを見る度に蘇る、幸せな記憶とツラい記憶。


それは、人を好きになるというとても温かで幸せな気持ちを私に教えてくれたけれど、同時に失うツラさと悲しみを私の胸に刻みつけた。


それはきっと、失ったことのある人にしか分からない感情で、分かってからでは、もうどうすることもできない。

現実は残酷で、変えられない。


だから私は、もう誰も好きにならないって決めた。


遼を想い続けて、忘れないようにする為でもあるけど、


もうこんな想いをするのは嫌だから。



もしも、誰かを好きになって、だけどまた失ってしまったら、私は今度こそ壊れてしまう。



今度こそ、本当に、この世界には居たくないって、


死にたいって思ってしまうだろうから。





残される人の痛みを知っていても、きっとそう思ってしまうだろうから。



「私は誰かを好きになって、また失うのが怖いのよ…」


未来がどうなるかなんてそんなこと誰にも分からないから。


今こうして話していても、一秒後には地震で死んでいるかもしれない。明日には事故でこの世に居ないかもしれない。


極端な話だと、人は思うだろう。

でもけして、極端な話なんかじゃないんだ。


だって私は思わなかったもの。


遼が明日死んでしまうだなんて、そんなこと、あの頃は考えもしなかったもの。




「─…楓ちゃん」


静かな周囲に溶けるよう、矢島 圭介が私の名前を呼ぶ。


その声は驚きと戸惑いと悲しみが混ざっていて、私は思わず苦笑した。


アンタがそんな悲しそうにする必要なんて、どこにもないのに。


「同情ならいらない。だから…」


可哀想だとか、気の毒にだとか、そんな言葉はいらないの。

同情も憐れみも慰めも、そんなものいらないから、だからどうか、そっとしておいてほしい。



「…私のことはもう、放っておいて」



私の心に、入ってこないでほしいの。






私はもう二度と、失うのが怖い程大切な人をつくるつもりはないのだから…─。



「…じゃあ、話はもうおしまい」


「─…、」


何て言葉を言えばいいのか分からないのだろう。

俯いている矢島 圭介に対して、私は言う。


話すことは全て話した。

上手く言えたかどうかも、ちゃんと伝えれたかどうかも分からないけれど、きっとコイツももう、私に構うことはなくなるだろう。


こんな面倒な私のことなんて、きっとすぐに諦めるだろう。


(─…うん、)


これでいい。大丈夫。


私はこれでまた、遼だけを想って生きていける。


私の下した決断は、





「…さよなら」




何ひとつ、間違ってなんかいないんだ…─。






「っ、かえ…─」


背を向け、去ろうとする私を呼び止めようと、彼が言葉を発したのが分かったが、私は止まらない。


二人で来た道を、一人、夕日に照らされながら歩いていく。


これでいい。

私は何も間違ってはいない。


その言葉を、まるで呪文のように繰り返しながら。



だけど、そんな私の頭に浮かんでいたのは


遼の姿でも、あのネックレスでもなく、



『…さよなら』



私がそう告げた時の、



苦しみや悲しみに満ちた矢島 圭介の顔だった。








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