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彼を遠ざけて、傷付けて、胸が痛まないわけではない。
あんな困惑した表情や、悲しい表情をさせたいわけではない。
ただ、譲れないだけ。
遼という存在を、遼を好きでいると、想い続けると決めた私の決意を譲れないだけだ。
その為にはなんだってする。他が邪魔なら、容赦なく切り捨てる。
遼を失った痛みも、遼と一緒に居た思い出も、全部私だけのものだ。
誰かに話してこの痛みを分かち合ったり、遼のことを思い出話にしたりなんてしない。
だって、私はまだこんなにも遼のことを想っているのに、まだこんなにも好きなのに、
遼を過去になんて、できる筈がない。
(─…過去に、)
過去になんて、しちゃいけないんだ。
それから私は、矢島 圭介を徹底的に避け始めた。
『また、来るから』
矢島 圭介はその言葉通りに、休み時間毎に姿を現した。
けれど私は、トイレへ行ったり、他の教室へ移動したりして彼との接触を避けた。
一回だけ隙を突かれ、話し掛けられたが、まるで彼の声なんて聞こえていないかのように無視をして。
無視だなんて、子供っぽいって分かっている。避けてるだけじゃ、きっとアイツは諦めないだろうってことも、分かっている。
だけど、私にはこの方法しか思い付かなかった。
アイツを避けて、無視して、関わらないようにする以外でしか、私は私自身の守り方を知らなかった。
「楓ちゃん、」
「─…。」
「楓ちゃんっ」
終礼が終わり、いつものように私に会いに来た彼のことも、無視をする。
周りの人間は不思議そうに私達のことを見るが、そんなものには構っていられない。
私はただ、無言のまま、帰宅する為の道を歩く。
けれど、そんな私に流石に痺れを切らしたのか
「…楓ちゃん!」
矢島 圭介は私の左腕をグッと掴んだ。
「─…何?」
これはどうやっても無視はできないと思い、そう冷たく言い放つ。その声は自分でも驚く程低く、彼を避けるという私の決意が本気だと、ハッキリと示していた。
彼に掴まれた腕が、まるで氷のように冷たく感じて…火傷してしまいそうだ。
「…昨日のキスで怒ってるなら謝るから、無視はやめてほしい」
いつもの底抜けに明るい声とは違い、どこまでも真剣な矢島 圭介の声。
その声色から、私に無視をされることが彼にとって、相当な痛手となるのだということが分かった。
「……。」
「…ごめん、」
私の目を真っ直ぐ見る彼の瞳は微かに揺らいでいて、不安と悲しみが瞳を通して伝わってくる。
『…キスで怒ってるなら、謝るから…』
違う。
私は別に、コイツがしたことに対して怒りを感じているわけじゃない。
腹立たしいとか、憎らしいとか、そんな風に感じているわけじゃない。
だから別に、コイツに謝ってもらいたいわけではないんだ。
「─…楓ちゃ、」
「私はアンタの気持ちに応えられない」
矢島 圭介の言葉を遮り、私は言う。
「好きだと言われても、キスをされても、私はアンタに同じ気持ちは返せない」
どれだけ好きだと言われ優しくされようと、私がアンタを好きになることはできない。
誓ったから。遼を失ってしまった時、私は、遼以外の誰かを好きになることはしないって。そう誓ったから。
「だから、アンタとは付き合えない」
その誓いを破ることはできない。
「私のことはもう諦め…」
「諦めない」
先程までの声とは違い、力強くそう言う彼。
私の左腕を掴んでいる彼の手に、グッと力がこもる。
彼のその手の強さが、その声の真剣さが、彼の『本気』をありありと示していて、
「楓ちゃんが好きだから、そんな簡単に諦めるなんてできない」
──鼓動が早くなる。
「…なに、言って…」
「しつこいって分かってる」
明度の高い色の髪が、陽光に照らされて更に明るく光り、その間から覗く瞳の力強さに射抜かれてしまいそう。
飲み込まれてしまいそう。
そして彼は、
「でも、理由もなく諦めるなんて絶対に嫌だ」
動揺している私に、その言葉を発した。




