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Hand In Hand  作者: 和希
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───それは、忘れもしない、二月十日…私の誕生日の三日前。


夜空に、不自然なくらい綺麗な満月が、顔を浮かばせている時間



『─…楓ちゃんっ!りょ、遼が…女の子を庇おうとして、事故に…!』



遼の母親から私の携帯にかかってきた一本の電話が、これから私を襲う酷く長い暗闇の、全ての始まりだった。






電話をもらった時のことは、記憶にない。


驚いただとか、ショックでわけが分からなくなっただとか、そんなこと何ひとつ覚えていない。


ただ、遼の母親の言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になって、次に気が付くと病院に居た。


いつ電話を切ったのかも、どうやってここまで来たのかも、まるで意識を失ってしまってたかのように、記憶が欠落している。


いっそ夢かと思ったが、有り得ないくらいに脈打つ自分の心臓の痛みに、これは夢じゃなく現実なのだと教えられた。


遼が居る筈の病室の扉に手を掛ける。でも、なかなか開くことができない。


見なければ、これは嘘だと本当ではないんだと、自分を誤魔化すことができる。


一度見てしまえば、受け入れなくてはいけなくなる。



『─…今、…瀕死の状態で…っ』



遼の母親のその言葉も、


その言葉が指す意味も、


全部受け入れなくてはいけなくなる。




──見ても見なくても、現実には変わりない。


頭の中で、自分の声がそう囁く。


そんなこと、分かっていた。


分かっていたからこそ、この現実から少しでも遠いところへ行きたかったのだ。











───ガラッ


震える手に力を入れ、やっとの想いで扉を開ける。


驚く程静かな病室、涙を流す遼の両親。



「──…楓ちゃ…っ」



私の姿を見た時の、遼の母親の悲痛な表情。



…それで、全て悟った。



悟りたくなんてなかったけれど、全力で否定したかったけれど、悟ってしまった。



そんな中、一歩一歩、ゆっくりと、遼が寝ているベットへと近付く。


包帯で巻かれた体や、血で濡れた服が酷く痛々しいくて、事故にあった時の凄まじさがひしひしと伝わってきた。


そして、遼に触れようと手を伸ばす。


自分の心臓が、今まで経験したことのない速さで鼓動して。


今まで意識せずともしていた筈の呼吸が、上手くできない。



一瞬とも、永遠ともとれる間、さ迷っていた私の手が遼に触れ、




動かない遼の体と



「…ついさっき、息を引き取ったんだ…」



遼の父親が発した言葉に


酷く残酷な現実を、突き付けられた。






(うそ、だ……)


触れた遼の体はまだ温かくて、ただ眠っているだけのよう。


それなのに、そんな遼が、目の前に居る遼が、死んでいるなんて思えない。


もう二度と動かないなんて、信じられない。



「遼…起きてよ…?」


唇が震え、吐き出した言葉は酷く弱々しい。


私が名前を呼べば、いつも『ん?どうした』って優しい笑顔で振り向いてくれた遼。



「ねぇ、遼…」


だけど、私がどんなに名前を呼んでも、どれだけ体を揺すっても、起きてくれない。

いつものように、優しく微笑んでくれない。



「遼…」


ほら、寝てるフリなんてやめて、起きてよ。

今ならこの冗談も、怒らないで笑って許してあげるから、いつものように笑ってみせて。


『ばーか。嘘だよ、ごめんな』


そうやって、これが嘘なんだよって私に教えて。



「遼っ…!」


もう十分だよ。


もう十分驚いたから、今すぐ起きて。


起きてよっ、


遼っ…──










「─…楓ちゃんっ!」





病室に響いた、遼の父親の声にハッとする。


遼の体をガタガタと大きく揺らしていた筈の私の手が、気が付くと遼の父親によって抑えられていた。



「─…。」


「…楓ちゃん」


そっと、

遼の体から手を離す。


何も考えられなくて、ただ呆然と立ちすくむしかできない。


嘘だと、思いたかった。

悪い夢なら今すぐ覚めてほしかった。


でも違う。

これは質の悪い冗談でも、悪夢でもなくて、現実なんだ。



そして、遼は




「─…遼はもう、死んだんだよ…」




もう二度と、私に笑いかけてはくれない。











「─…っ」


涙がゆっくりと私の頬を伝う。

その涙はとどまることなく後から後から溢れ出て止まらない。



悲しいとか、ツラいとか、そんなちっぽけな言葉で片付けられる程、簡単な感情じゃなく、


もっと深くて、もっと鋭利なものが私を襲う。


こんな感情、私は知らない。こんな痛み、私は知らない。


ついさっきまで、幸せだった筈の世界が一瞬にして色を失い、豹変した。




遼と出会ってから変わった私の世界。


その色鮮やかな世界を知った今の私には、遼が居なくなってしまった世界なんて、何の価値もないのに。


なのに、どうして…─。





「楓ちゃん、これ…」


何の言葉も発せず、ただボロボロと涙を零す私に、遼の母親からあるものを差し出される。


長さ15cm程の細長く白い箱のそれは、まったく見覚えのないもので。


「…こ、れ?」


「遼が最期に持っていたものなの」


どうしてこの箱を渡されたのか分からないでいた私に、遼の母親は応えてくれた。


(遼が…)


最期に持っていたもの…?


そう意識した途端、私の手にあるこの白い箱が、何よりも大切で重いものに思えて、手にギュッと力が入る。


「…本当は、綺麗に包装されていたのだけど、中身を確かめる為に一度開けてしまったの」


そう申し訳なさそうな表情をする遼の母親に、私は左右に緩く(かぶり)を振る。


遼が最期に持っていた、綺麗に包装されていた、


その箱の中身。



それを見た遼の母親が、私にこれを渡したのにはきっと理由がある筈。



「……。」



私は震える手で、

その箱をそっと開いた。




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