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Hand In Hand  作者: 和希
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───その日は、悲しいくらいの満月だった。








遼と出会ったのは中学三年の夏。鬱陶しいくらいに鳴く蝉の声がまだ街中に響いていた頃。


私は高校受験の為に母が調べた塾へと通っていた。

少しでも良い高校へ行きたいという周りのみんなの必死さは、夏の暑さを更に上げている気がして、勿論、私もそれなりに頑張っていた。



遼が塾へとやって来たのは、そんな暑い夏の日。



程良い茶色に染められた髪の毛は、黒髪の子しかいない塾では目立っていて注目を集めのもあっという間で。


中には、格好いいだとか、タイプだとか、受験に大切なこの時期に色恋に浮き足立っている女子の声も聞こえたが、私はまったく興味が湧かなかった。


今は勉強が一番大事って、そんな感じで。



そもそも誰かと付き合ったことのない私には色恋なんて、関係ない以前に無縁なものだろうと考えていたから。





そして、遼と何の接触もないまま二週間が過ぎたある日、


遼がたまたま私の隣りの席へと腰掛けた。






「なぁ、ここクーラー寒くね?」




遼が発した最初の言葉は、何ともマヌケなものだった。


いや、当の本人にとったら真剣なことだったのかもしれないけれど。



「…上着、ないの?」


クーラーが直接あたるここの席は、寒くなることがみんなに知られていて滅多に誰かが座ることはない。

つまり、二人掛けの机を一人で占領することができる確率が上がるのだ。


そんな訳で、私はほぼ毎回この席へと座っていた。


「上着なんか、持ってねぇよ」


半袖のTシャツだけを着ている彼にとったら、この席の寒さは苦痛だろう。


けれど、講義が始まった今、席を立つ訳にもいかない。



(…うーん、)


「…膝掛け、使う?」


上着を貸すと私も寒くなるから膝掛けくらいならまぁいいかと、深く考えずに彼に尋ねてみた。


「えっ!いいのか?」


彼は私の提案に驚いた様子で、だけど、期待に瞳を輝かせながらそう言った。


その顔がまるで子供みたいで、思わず笑いそうになる。


「うん、いいよ」


彼に私が持っていたオレンジの膝掛けを渡すと



「ありがとな」



彼はそう言って笑った。





「っ、」


その時の遼の笑顔を見て、彼が何故人気なのか少しだけ分かった気がする。


ニカッと爽やかに笑う彼は、無邪気で、けれどカッコ良くて、この私が思わず息を呑んでしまう程だった。


膝掛けを貸したにも関わらず、さっきよりも上昇する体温。顔に熱が集中するのが嫌でも分かる。


(わけ分かんない…)


自分の今までにない体の変化に内心、大きく戸惑ってしまったが、気付かないフリをして無理矢理講義に集中した。



「ほら、」


「?」


そんな私の横から手が伸びてきて、視線を向けると、彼の手には一粒のレモンキャンディ。


どういう意図か分からずにキョトンとしていると


「やるよ。このお礼」


彼は膝掛けを指差しながら、優しい表情でそう言った。



「あ、ありがとう…」


「ん。…俺、この飴、スッゲ好きなんだよね」


彼はそう笑いながらレモンキャンディを口に含む。



…変わった人だなと思った。

こんな勉強一筋ですってオーラを放っているようなつまんない私に、優しくしてくれるなんて…相当変わり者だと。





だけど、


(…おいしい)


そんな風に優しくしてくれる彼が居てくれたことが嬉しかった。


彼には不釣り合いなオレンジの膝掛け。


甘酸っぱいレモン味のキャンディ。


偶然隣りに座った人懐っこい変わり者の彼。


そのすべてが、よく分からないけど、私を不思議なくらい温かい気持ちにさせてくれた。









─…今考えると、きっとこの時にはもう、彼に、遼に、惹かれ始めていたんだと思う。










それから私達は毎回、隣りの席になった。


私が先に座わり、その後に遼が隣りに座って、私達はたわいもない話をする。


何故遼が私の隣りへと座るのかは分からなかったけれど、それが私には何よりの楽しみとなっていて、


遼と過ごす時間は本当にあっという間だった。



夏の暑い中、塾に行くことが嫌でなくなったのも遼と会えると思ったから。


クーラーが効きすぎて寒い席だった筈が、その時にはもう、私にとって掛け替えのない空間へと変わっていた。




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