赤/青
ミカとあたしは、中学を卒業したときから2人暮しをしている。
いや、卒業式の日にオヤジに勘当されて、あたしが勝手にミカのアパートに転がり込んだというのが正しいんだけど。
クローゼットのなかの宝物、中学時代のなけなしのお小遣いで買ったロリータ服数着と枕とCD何枚かをボストンバッグに入れて真夜中に家を飛び出したもんだ。残念ながらパニエはかさばりすぎるから、泣く泣くバイバイしてきた。15のあたし、我ながらかっこよすぎるわ。
そしてそんなこんなで今日までお互いバイトしながら暮らしてきたわけです。
「そうよ、最初っからあたしの話聞いて、メイクされてればよかったんだから」
憎らしいけど、ミカのほうがメイクは上手だし、どうメイクすればあたしがもっとかわいく見えるかはミカのほうが知っているんだ。大事なワンピースは汚さないように、タオルをケープ代わりに使う。
「失敗して目の下パンダにしないでよね」
「分かってるっつーの」
そう言うミカはアイラインがギャルばりに太い。そこまで真っ黒にしなくても元々目デカイんだから要らないのに。
「ユーコも自分でお出かけの準備くらい出来るようになってほしいわ」
「なってるのにミカがやらせてくれないだけでしょ」
だーかーらー、と思いっきりあたしを睨んでくる。
「あんたにはまだ足りてないのよ」
何が、と聞くと、「女の子パワーが」と返ってくる。
「全然分からない」
「早くゲットしてほしいもんだわ」
女の子パワーを。ミカは繰り返す。あたしには、そういうの分かりません。
こうやって半ば喧嘩腰の会話を続けながらも、ミカはメイクをやってくれていた。
んー、こんな感じね。と、手鏡が突き出される。
「すごーい、すごいすごい」
「でっしょー」
やっぱりすごい。頭の中で描いてる理想のあたし、きらきらでふわふわなあたしの顔が鏡の向こうにあるよ。
ラインストーンで縁取った手鏡を脇に置いて、髪の毛を梳かし直してヘッドドレスを装着する。もうこれでバッチリね。
「じゃあ早く行こうよ」
今日は特別な日。久しぶりにミカと一緒におそろいのロリータ服を来て、お出かけできる。玄関で靴を履いて準備万端。
「あんたのお陰でまだあたしの準備ができてないでしょ!」
ミカが、ああ、ピアスの片方見つからないんだけど! と一人でキレていた。
地下鉄と山手線を乗り継いで、原宿まで出る。それまではおじいちゃんにこの世のものではないようにギョッと見られたりするけれど、原宿に来てしまえばこっちのもの。もう誰もあたしたちを気にしない。
ラフォーレで冬物の新作を見ながら、二人でこれがいいあれがいいって言い合う。コートもマフラーもかわいいなあ。全身ピンクで揃えてしまいたいくらいピンクはかわいい。
ミカとおそろいで着たいから、冬物はとりあえずチョコ色のカーディガンを買った。
「久しぶりですねー、お2人で来てくれるなんて」
ショップのお姉さんにレジでそんな風に言われると嬉しい。あたしたちのこと覚えててくれるなんて。
「えへへ、来るのすっごく楽しみにしてたんです。デート」
「デート言うな」
ミカが隣でつっこみを入れる。すごくふてぶてしい。
「それじゃ、また来てくださいねー」
お姉さんにバイバイして、あたしたちはフロアへ出る。ショッピングのあとはお気に入りのカフェに行く予定だ。
「あ、ユーコ待って、トイレ行ってくる」
ミカが階段の踊り場で、ふと足を止める。トイレ、と聞いてどきんと心臓が跳ねあがる。
「あたしも」
身がこわばる。でも大丈夫。今日はちゃんと女の子だから大丈夫だよ。
トイレの前には、青と赤のイラストが描いてある。あれがこわくて仕方ないのだ。どうして青と赤で分けられなきゃいけないのよ。
トイレの入り口でためらうあたしを察したのか、「はいはい漏らす前に行きましょうねー」とあたしの手首をつかんでミカが赤のほうに入ってくれた。
「今日はちゃんと女の子なんでしょ?」
トイレには他は誰もいない。誰もいないその空間に向かって、ミカが声を張る。
「う、うん」
「ならビビってんじゃないわよ」
こんなときはミカがすごく頼もしい。呪文がいいほうに効く。
あたしは女の子だ。でも身体のほうが、生まれたときから男だった。
神様も時々仕事を間違えちゃうんだよ、忙しいから。ミカはそう言って、あたしがまだ「ぼく」と言っていたころに慰めてくれた。
中学生になったらヒゲは生え始めるし背は伸びるし、クラスメイトの女の子みたいな柔らかい曲線を、あたしの身体は描かなかった。いつか大きくなるんだろうな、と思っていた胸もいっこうに膨らむようすもなくて、なんじゃこりゃあ、と思ったのが中2だったかな。
ボーボーになったスネ毛を剃っていたところをオヤジに見られて、大喧嘩。ネットの友達に送ってもらったロリータ服が卒業式の朝見つかってしまって、朝から一家で修羅場になった。卒業するのが寂しくて泣いているわけではないのに、校歌を歌いながら涙をぼろぼろ流した。
入学許可書が届いていた高校も、もうどうでもよかった。オヤジから逃げられるんなら学歴なんかいらねえよ、って感じで15年の思い出詰まったスイートホームを出た。月がすごく綺麗に見える晩だった。