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白昼夢  作者: Haku
3/21

不可避

三女 九条凜子 十四歳 




然うして毎回、無駄に色気を漂わせて、気怠く甘い声で

彼は私を「アリス」と呼ぶのです。








「凜子ちゃん、」


鈴の様な声があたしを呼ぶ。菫姉様だ。

菫姉様は鼻筋の通った瓜実顔で、とても綺麗な方。

最近はお友達のお呼ばれや御稽古でお忙しくて外出している日が多い。

昨日は泊まり込みでダンスのレッスンだったみたい。


「菫姉様!早かったのね。何時帰ってきたの?」

「夕方よ。あら…?」

「なあに?」

「最近、何か有ったでしょう。例えば… 恋とか」

「……え?」

「あら、違ったかしら。だって凜子ちゃん、雰囲気が前と違うわ」

「私は変わっていないわ、気の所為だわ、姉様」



――――――吃驚した。


あたしが一番好きなのは姉様達。

夢だって有るし、華族に生まれたからって諦め無いわ。

女学校の皆は恋愛小説やらエスの小説やらについて頻りに盛り上がっているけれど

私は一切興味が無いの。

だって、馬鹿みたいじゃない、唯の夢物語でしょう?

そうね、家の仕来りの通りに、馬鹿みたいに言いなりになるのも嫌。

けれどね、私達は、女は、お父様に逆らう事なんて出来っこ無いんだわ。

無理矢理結婚させられるに決まってる。恋なんてしても無駄なのよ。


だから、私が、恋なんて野暮なものをする訳が無い・・・









だからあんな自分勝手で節操が無くて

女誑しの放蕩息子で快楽主義で

見てくれだけは良くて少しばかり器用な

あんな如何し様も無い男の事、



















…………………好きになんて為ったら、本当に馬鹿みたいじゃない













私はその日も、内証で活劇を見に行っていた。

何時もは一度家に帰って着替えてから行くのだけれど、

その日は女学校の先生にお説教を喰らっていて遅くなってしまったから

制服の儘浅草に行ったわ。本当はいけないことなのですけれどね。

でも、森先生ったら、あんなに怒ること無いと思うわ。

私は正直に自分の将来の夢を作文に書いただけなのに・・・

そんなにいけない事かしら、

“活劇女優に為りたい”って…………



「御嬢さん、御嬢さんたら」

「えっ、何か・・・?」

「その制服はお茶の水の女学校か。御嬢さん、まだ学生だったのかい」

「…?どちら様でしょうか…何故、私の事を?」

「イヤァ、これは失礼。

 御嬢さんは毎週此処に御出でになるでしょう。よく見掛けるんだ。

 儂はこの劇場の責任者でね。尾崎という者だ」

「そうですか…私に、何か御用でもお有りですか?もう、帰らないと…」

「ああ、済まないね。少し、聞きたいことがあるんだが…

 君は、活劇が好きかい?」

「ええ、勿論です。だから毎週見に来るのですもの」

「では……女優に興味は、有るかい?」

「ええ。私の将来の夢です。皆には内証だけれど」

「そりゃあ良い。是非うちの劇団に入って呉れないか?

 丁度若い女優を探して居たんだ。

 勿論今はまだ学生だから舞台には出れないけれどレッスンには出られるだろう?」

「えっ……!女優?私が…?」

「本当さ。君は大人びているし賢そうだし、何より美人だ。

 観客の男共が噂をしていたぞ。美人写真コンテストの子だ、と」

「コンテスト?あ、ああ・・・」

「兎に角!今日、少しで良いんだ!見学だけ、して呉れんかね?」

「はあ、じゃあ・・・少しだけ」



案内されたのは舞台裏であった。

「一番奥が、桃の部屋で、合い向かいがタケ、おっと」

「どうしたんですか?」

「鍵を忘れてきて仕舞った。少し、待っていて呉れ」






「…………………」


「……、……!」

静かな廊下に、微かな声が聞こえる。

奥の部屋、だろうか?




「…ぁ……ゅ…く……」






「………良い、優作…」







試しに捻ってみてしまったドアノブ……

現れた天蓋付の寝台(ベッド)、其処にはあの有名女優、(モモ)と――――――




「ん……優作、はぁっ、良い、良いわ……」

「桃、良い時だけど…

 お客さんがお見えだよ」

「嫌な客ね、こんな時に…

 なぁに、尾崎さん?」




「あっ……!」

「これはまた可愛らしいお客さんだ」

「あんた、誰?なんでこんなとこ居るの?」

「済みません、尾崎さんに連れられて……か、帰ります。失礼しました」

一寸(ちょっと)待ちなよ。君の顔、見た事有るなあ」

「やだ、知り合いなの?」

「確か、この間の全国美人写真コンテストで二等を取った……

 名前は………九条、凜子」

「なんでそんなに詳しいのよ」

「僕は美人には目が無いからね。

 桃だって応募していれば賞を取れたんじゃないか?嫌がっていたけど」

「嫌よ、写真なんて。嫌いだもの」

「ああ!此処に居たか。済まないね」

「ちょっと尾崎さん、誰よ、この子」

「美人だろう。女優にならないかと、儂が持ち掛けたんだ。すかうとって奴だ」

「スカウト?ふーん」

「……もう時間なので、帰ります。失礼しました」

「あ、御嬢さん…!」

「一寸!優作!」









「アリス、次脱いでみようか?」

「……ふざけてるの?」

「僕は大真面目だよ。君みたいな美しいレディのヌード写真だったら、

 飛ぶように売れるだろうね。考えただけでわくわくするよ」

「下劣ね。男って皆お金と裸しか頭に無いのね」

「それは強ち間違ってはいないかもしれないね。男の脳味噌は下半身に有るんだよ。

 男性諸君は常に女の裸を見たがっている。例え帝大生だとしてもね」

「…そんなに裸が見たければ、どこぞのストリップ・ショウに行くか

 カフェーの女給にチップを渡したら直ぐ見せてくれるわ」

「そう云う事が出来るのは金持ちだけだ。絵にすれば苦学生も見れる」

「そこは分け隔てが無いのね」


「ねえ、それよりこんなに綺麗な肌を布の下に隠しているのはとても勿体無い」

「あたしを私娼と一緒にしないで」

「おや、アリスは花魁だったのかい?」

「あんたみたいな売れない画家に花代なんか到底出せないでしょうね」

「君と寝れるなら、金も家も他の女も要らないさ」

「訂正するわ、助平で大ボラ吹きの口だけは達者な売れない画家さん」

「……ははっ、明日も仕事頼めるかい?僕のアリス」

「貴方が改心したら考えるわ」

「それじゃあ何時になるか分からないよ」







有栖川優作、世の中の駄目な人間を濃縮したような男。

彼はあたしを”アリス”と呼ぶ。

自分勝手で節操が無くて女たらしの放蕩息子で快楽主義で

見てくれだけは良くて少しばかり器用などうしようもない男。

彼は公家の血を汲む名門、有栖川家の次男の癖に売れない画家をやっている。

尤も、家は長男が継ぐのが普通で、次男以下の息子は

彼の様にダラダラと遊んで暮らして、適当に暮らしても何ら問題無いのだ。

寧ろ男子の居ない家の養子となってそこの家を継ぐより

彼の生活はずっと良いと言えるかもしれない。

この時代は長男優遇であって、それ以外の子供の扱いは長男とは大きく違う物だったから。

彼もその渦中に居た様であった。

その証拠に帝大を卒業した後、本家からほど遠いこの小さな借り洋宅で

たった一人の老いた世話係と二人で暮らしている。

この家に越してきてから両親が訪ねて来た事は一度も無いと云う。

客人は殆ど無い。(彼は家に女を連れ込まない)

週に一度、ある女学生が遣って来る以外は。


私と彼はある劇場で出会った。

彼の有名女優と愛人関係だったのには驚いたけど、

あの薄暗闇に映し出されたその整い過ぎた容姿にはもっと驚いた。

そう… そう、色々あって、ある時から

私は彼の絵のモデルをしている、勿論如何わしいものじゃなくて、

流行のファッションだったり、着物だったりを着た絵。

あのお父様や兄様達や姉様達には秘密だけれど ……

そうして週に一度、こうして彼の家に通っている。



そうして毎回、無駄に色気を漂わせて、気怠く甘い声で

彼は私を「アリス」と呼ぶのです。










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