溶ける
穴が空いている
おおきな おおきな穴よ
真っ暗で底は見えない
底があるかもわからない
この穴を塞いで欲しいの
そして
「一緒にイきましょうね?」
貴方のやさしい顔が歪んでいる
いつもやさしい顔をしている貴方の顔を私が歪ませている
貴方のふたつの眼にわたしが映っている
いつも姉さんを映していた眼にいまわたしが映っている
貴方の最期のおんなになれるのね
嬉しい・・・
小さな林の中
ふたつのからだはじりじりと焼付くような夏によって
あっという間に溶けて混ざり合った
どちらがどちらなのか区別がつかなくなりやがて一つの土になった
蝉の声が弔うように響いていた
「有栖川病院・・・ね、」
「そう。虎太郎、子供の時入院していたでしょう?」
有栖川病院。そこの2代目であった有栖川清一には少し世話になった。
彼の様な医者になりたいと、医者を志すきっかけとなった人物だ。
常に優しい笑みを絶やさず、垂れ目が更に彼を優しい、物腰柔らかな男に見せていた。
正直、理解できなかった。
「・・・遂に取り壊すことになったのね」
彼の最期、死に様を。
「結局真相は、解らなかったんだな」
「不思議ね、凶器のナイフは病院内で見つかっているのに
からだが見つからないなんて。骨まで融けてしまったのかしら?」
新聞をめくりながら姉が呟く。
ここのところ、化粧が濃くなった。しかし目の下の隈は隠せていない。
白粉のせいもあるが肌が青白く、顔色が悪い。
「あら、もうこんな時間ね。一寸出掛けてくるわ」
「また?最近毎日じゃないか。父様に嫁入り前の娘が、って怒られるよ。
顔色も良くないし、やめたら?」
「心配してくれて嬉しいけど、約束なの。行ってくるわ」
そう言って姉は足早に出て行った。
何故か有栖川清一と姉が重なった。
有栖川清一はきっと女に殺されたのだ。何だかそんな予感がした。
そして、姉が最近外出が多い理由も、たまに訛ったような言葉を使う理由も、何だか解ってしまった気がした。
蝉が、鳴いている。
この家は、僕も含めて何だかおかしい。